05.ミス
前回(金曜日くらい)まで話の番号を付け間違えていました。申し訳ございません。
2月19日の修正でやや内容が変わりました。
「ミカちゃん鬼です。酷いです……」
「だ、だから、ごめんね。ほら好きなラーメン奢るから!」
不機嫌なサキにメニューを進める。此処はサキの大好きなラーメン屋。見た目からケーキやアイスクリームといった甘味で機嫌が取れそうなサキは、その実昔からのラーメンマニアだ。勿論甘味も好きではあるが、それ等は食べるより作る方が好きみたいで、機嫌を直すのには向かない。
「すみませーん。こってり味噌ラーメン大盛り、麺バリカタ、肉味噌とニンニク多め、トッピングに味玉。それと餃子ください」
「はいよー!」
コイツ! ガッツリ容赦無く注文したー!
トッピングはまだ良いけど、大盛りにして餃子付けたら値段が三百五十円も跳ね上がるじゃん。
コソコソ財布の中をチェック。ギリだった。やっぱりリトも引っ張って来るんだった。部活など関係無く。
後悔しても遅いのだが、この後軽~くなってしまう我が財布のことを思うと、どうしても内心涙を堪え切れない。故に少しでも気を紛らわせようと思った。
「ねえサキ、アンタ日向って子と接触した事ある?」
教室で疑問を投げかけたけれど答えが返って来なかった問いを再びする。
「日向さんですか~? 心当たりはありませんねぇ」
「うーん、じゃあ今日変わった事無かった? 熊以外で」
「変わった事ですか、普段通りいくつかありましたけど」
普段からいくつも変わった事があるの!?
「だ、男女関係の類、ある?」
全部聞いてたら頭痛薬が幾つあっても足りない気がしたので、なるべくサキが話題を絞れるようにすると、
「それなら、良い感じのカップルさんの横を通り過ぎた後で、彼氏さんに穴息荒く話しかけられました。『体育倉庫で一発お願いします』なんて、おかしな事言ってましたね」
「え……何その男、最低」
生活指導室に連行しなくちゃいけない奴だよ。
「私も流石に気持ち悪くて、力いっぱい壁に叩き潰しちゃいました」
まるで蠅か蚊のような扱いだ。サキってば意外と容赦の無い子。でも……もしかしたらそのカップル、日向さんと攻略キャラだったのかも。だからサキが人形術で攻撃された可能性は否定出来ない。
「あ、追加で蟹クリームコロッケと天津飯も――」
「お馬鹿ッ!!」
ムス~っとした顔でメニューを戻すサキ。そこから、私達は少しの間互いに無言になってしまった。
今まで、会話途切れた事無かったけど、珍しい事もあるなぁ。そう思った矢先、サキが戻ってきてからずっと疑問だった事が、ポロっと口から出る。
「サキ、今日の二時間目からずっと何処行ってたの?」
「前半は秘密のさぼりスポットです。後半は校舎をずっとグルグルしてましたね」
またか……。
ほんの少し虚しい気持ちになる。
一年くらいか一年と少し前からか、正確にどのくらいかは判断出来ない。しかし、サキは私にもリトにも秘密を作るようになった。何かと授業もすっぽかすようになり、その度に『秘密のさぼりスポット』という単語が口から飛び出す。
「重たくて暑苦しい系の恋人じゃあるまいしさ、秘密作っても良いけど教えてくれる方が、私たちは嬉しいのにな」
ハッと、した時にはもう遅かった。今の台詞、本当は口に出す気など無かったのだ。でも、サキの本来の性分を知っていたから…………私、やらかした。
高校でこの事を知ってる人なんて私とリトくらいだが、本当のサキは、根が真面目な子なのだ。初めてこの子が唐突にいなくなった日、サボりなんて誰も考えなかった。それなのに、こんなサボリ魔になるなんて、ただ事とはどうしても思えない。だから、本当は何か気に病むような事が有るんじゃないかと、思って……しまった。
「ふえ? 秘密なんて作ってませんよ?」
注文したラーメンを前に、サキが割り箸を割りながらケロっとした表情を見せる。
「は?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私、てっきりもう言ったと思ってたんですけど?」
…………。
「今の私の後悔返せー!」
「もぎゅー! ら、らーめんがたゃべれまひぇんよー!」
片手でサキの顔面を鷲掴みにして吊るし上げる。不思議な事に今日はどんな物も軽く感じる。あら? 私ったらこんなに怪力だったかしら?
「おいコラ子娘供! 揉めんなら外行きな!」
ぎゃっ、山姥! じゃなくてお婆、もとい顔馴染みの店長に怒られて私達は静かに席に座った。
「ひゃうぅ、顎外れるかと思いました……」
「あっそ。それで? アンタ一体いつも何処行ってんの?」
「うーん……それを話す前に私がやってる事について話――」
その時、サキがまだ一口も手をつけていないラーメン丼ぶりに、何かがボチャン! と降ってきて嵌った。
「千寿様、おかえりが遅いのでお迎えに上がりました!」
これでもかってくらい丸いボディの鳥が視界に入る。だが、
「服にスープがぁぁああ!!」
「私のラーメェエエエン!!」
今はそれどころじゃ無かった。
「何だい何だい? 今日はいつも似まして騒がしい……って」
「お婆ー! 拭く物と着替えないぃ!?」
「お婆ー! ラーメンのおかわりタダでくださぁい!」
「ぐぉらっ子娘供! いい加減『お婆』っつーんじゃ無いよ! せめて『お姉さん』と呼びな!」
『せめて』ってどういう時使う言葉だっけ? まあいいや。
なんだかんだで布巾貰えたのでそれでせっせとスープの水分を取る私。ちなみに、ラーメン丼ぶりから勢いよく飛び出したスープの大部分は机を汚し、私にかかった量はそんなに多く無かったので火傷の心配はいらないだろう。
「何だいこのデブ鳥は?」
台詞を聞いて視線を服から戻す。
お婆が、この事態を招いた諸悪の根源へと、ギラリと眼を光らせていた。片手で鳥の頭を鷲掴みにして持ち上げるお婆。完全にフィットしたらしく、ラーメン丼ぶりごと持ち上がっている。
お婆怖ッ! もう一方の手に中華包丁持ってるんですけど! 山姥だよ! 完全に山姥だよ!!
「なっ! ……失礼な! 私はこう見えて――」
「うちの客に出したもんに入り込んで、風評被害出そうってかい? いい根性だ。その喧嘩買ってやる。おい馬鹿息子! 今すぐ鶏ガラ取る鍋用意しなッ! モタモタしたらお前を鍋にブチ混むからね!!」
ひぃっ。喧嘩っつーか一方的に殺しにかかっている。
「せせせ千寿様お助け下さいませ――――!!」
なんか可哀想だったので、サキと一緒にお婆を止めた。命懸けだったのでもう次は助けない。
――と、そんなやりとりしたのが昨日の事。
結局あの後、サキが普段どこにサボりに行ってんのかって話は聞きそびれた。
にしてもあの鳥、何だったんだろ? サキを迎えに来たって言ってたし、サキが両腕で抱えて帰ってったから危ない魔獣の類じゃ無いと思うんだけど。
いや、あの子のアホな前科一つ思い出した。小学校の臨海学校で、イカに似た化け物手懐けてた気になって、食われかけてたわ。
『あはは~、急に足を巻き付けてどうかしましたか? 私は食べられませんよ――って、冗談じゃ無く本気で食べようとしてます!? ミカちゃぁぁああああん!!』
『私もどうにもできな――イヤー!! こいつの足ヌメヌメしてるー!!』
…………やばいかも。
「ミカさん、当てられてますよ」
「え!?」
リトの声で、私は今が授業中である事を思い出す。
授業と言っても数学や国語のような真面目なものでは無い。美術が自習になった事と担任の空き時間が重なって、今は遠足の行先決めを行なっているのだ。
「この中以外で行きたい場所はありますか?」
学級委員の真辺さんが穏やかな口調で、こちらに微笑みかけて来る。彼女が指した黒板には、五か所の行先候補が書かれていた。
昨日の事思い浮かべててリアルの内容が頭に入ってなかったけど、もうだいたい分かった。今は、窓際の席から一人一人順番に意見を聞いている最中らしい。
クラスの三割くらいはもう答えているのに、行先案を出したのは五人なんだ……意外とこのクラスの人達って非協力的だな。
で……、えーと何々? 『遊園地』、『樹海』、『ラーメン博覧会』、『ヴェネツィア』、『山』。
これ、実質二つしか候補無いじゃん。ていうか誰ですか『樹海』に行きたがってる人? まだ早まるな!
「土筆寺さん、どうしたの? 目元が引き攣ってるよ?」
真辺さんが心配そうにこちらの表情を窺う。『どうしたの?』は逆にこっちが聞きたい。何を馬鹿真面目に変な場所を候補に採用してるの真辺さん。吃驚するよ。
大きく息を吐いて、どうしようか考える。
「そう……だなぁ」
どうしよう。非協力的だなんだと言ったが、私もこれと言って行きたい所が浮かばない。何も無い時は「~行きたーい」って、ポンと口から飛び出すけれど、いざちゃんとした場で尋ねられると難しい。
うん、しょうがない。これは私も積極的じゃ無い組に入って、さくさく勝手に進めてもらおう。スムーズな方が皆良いよね。どうせ最後は多数決で決めるんだろうから、その頃にはもう少しまともな案が増えてる事を願って――……適当に口を開こうとした瞬間、私は思い出した。
下手したら、遠足の目的地が魔導科と同じになるかもしれない事。もしそうなれば、一年生の春の遠足で、ハーレムエンドにおける私のバッドエンドフラグが立ってしまう事を。
「あっぶなかった! ギリギリで思い出せて良かった!」
「へ? 土筆寺さんどうしたの?」
目を丸くしてる真辺さんと、彼女と同じ表情でチラホラ私を見ているクラスメート達。
自分では気付かなかったけれど、感情に引っ張られ過ぎて思わず口に出てしまったらしい。私は「なんでもないの、個人的な事だから!」と、慌てて誤魔化した。変な顔をされたけれど、気にしている場合では無い。
魔導科との合同になるような場所は回避! そのためには、奴等が何処へ行く予定だったかを思い出し、そこ以外の場所――アクセスに使うバスや電車すら被らない行き先を提示しよう。
私は、チョークを手にしている真辺さんに真剣な眼差しを送った。
「『フェアリー・ミード』はどうかな?」
「あ、良いね!」
パアッと、可愛らしい笑顔を浮かべて真辺さんは黒板に書き込む。
『フェアリー・ミード』とは、一昨年の冬に開かれたテーマパークだ。その名の通り妖精種の村をイメージした場所で、建物、食事、雑貨など、様々な彼らの文化を味わえる。
教室内がフェアリー・ミードの話で盛り上がってきた。これなら十中八九もう決まりだろう。私はニコッと口元に弧を描いた。魔導科がゲームで向かう先は、確か綺麗な海の見える水族館のはず。フェアリー・ミードは正反対の山奥。
よし! 主人公が攻略対象の誰かと良い感じになるとこに遭遇しない。つまり、小夜曲さんが暴走して私を巻き込むかもしれないフラグは折れた!
……………………と、思ったのに……。
「楽しみですねミカちゃん。私も前々からとっても行きたかったんですよ。それにナリちゃんも一緒なんですよ! リト君も誘って四人で色んな所行きましょうね」
全てが決まった後の休み時間。
背後にポワポワとお花を浮かべた笑顔でサキが告げた。
『ナリちゃん』……初めて聞いたけれど、これが一体誰を指すのか、分からない私では無い。私の知る限り、小夜曲得子さん以外にサキからそんなあだ名を付けられそうな子はいない。
「さ、ささ……サキ? どゆこと、かな?」
「え、知らなかったんですか? 魔導科のBクラスもフェアリー・ミードに行くらしいですよ」
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃がまず一発。
「す、水族館は? 海方面は?」
「んーと、そういう話もあったみたいな事、確かにナリちゃん言ってましたけど……つい最近話題になってる猟奇殺人事件の現場が、その水族館の近所だったらしいので、変更したそうです」
腹部を刺されたような激痛がもう一発。
あー、そういえばニュースでやってたわ。不幸な事に犯人がまだ捕まってない連続殺人。殺した後で脳みそだけ持ち去るっていう……思い出したら気分が悪くなってきた。
「でも、浅はかさんですよねぇ」
「え?」
サキらしからぬ言い草に違和感を覚え、私は一度彼女から逸らした視線を戻した。
「だって死体の脳みそなんて、使い物にならないですよぉ~。優秀な頭脳は生きててこそ価値が有るんですもの」
花のような笑顔を浮かべているけれども、それは何か? アンタもしかして頭良い奴を手の平で転がそうとしてない? 馬鹿なのに……ドの付くような馬鹿なのに。
「サキ……もうちょっと賢い子になってからそういう事言いな。アホは逆に手の平で転がされちゃうからね?」
「はい?」
サキは変わらない表情でただ首を傾げていた。
「土筆寺さーん」
あまり交友関係の無いクラスメートの女子の声が聞こえたのは、そんな時だ。
自然な動作でそちらを向くと、私を呼んだ女子が教室前方の出入り口で手招きしている。
「お客さん来てるよー」
「あ、分かった! ちょっと行ってくるね」
「はいはい行ってらっしゃーい」
小さく手を振るサキに背を向けて進んだ私が、『お客さん』とやらの顔を拝んだのは僅か数秒後の事。
「はいはい、どちらさ……ま?」
頭の中が、氷河期を迎えた気がした。
「アンタが土筆寺さん?」
そこに居たのは、椎倉颯太郎という男子生徒。背は低めだけどアイドル系の綺麗な顔立ちで、芯の強そうな瞳と笑った時の顔が最高! と、友人Aが悶えていたのを憶えている。彼は小夜曲さんの婚約者――私が一番気を付けなくてはならない攻略対象だ。
2月19日の修正でやや内容が変わりました。