10.遠足 (五十嵐)
今日は一年生の遠足の日だ。というか、全学年色々なとこに行ってクラスの親睦深める日だ。
俺も本当は有名なネズミのテーマパークに行ってなきゃならないんだが、今日は此処で厄介な事件が起きる。
その一。日向環菜が椎倉颯太郎を色目使い、椎倉が浮気をする。
……椎倉、ホンットに阿保すぎてどうしようもない奴だ。
そして次、日向環菜と小夜曲得子の言い合い合戦が勃発(ただし、小夜曲さんが一方的)。
これな……回避出来たらこの先、日向の馬鹿ハーレム無双は完全回避出来ると思うんだよ。でも何回やってもこれだけはどうしようもなかったんだ。間に割って入ろう物なら某ご令嬢が「邪魔ですわ」って、物理的に首を飛ばしにくるから。
で、メイン。ミカが日向にキーホルダー万引きの罪を着せる。
これは、一番初めはどうだったか知らないし知りたくもないが、阻止に成功しても最後、公開処刑みたいに「土筆寺さんがあの時――」って日向が言って、ミカが日向に危害を加えた話がでっち上げられる。しかも全員それを信じる。
今回こそ、今回こそ俺は阻止したい。今日起きる大事件を。
だから……白い目で見ないでください一般の通行人の皆さん! 俺はこそこそ物陰に隠れて移動してるけど怪しい人じゃありません!
「三年生は、ハムチーランドではありませんでしたか?」
「きゃー!」
背後から耳元で囁かれた声に心臓が跳ねた。
「婦女子のような悲鳴を上げないでくださいまし」
「そう思うのなら、もう少し生き物っぽく出てきてください。今のじゃ丸っきり幽霊でしたよ」
気配無かった。全然無かった!
バクバクと鳴る心臓の具合を一切隠さず幽霊――では無く、小夜曲得子に抗議の声を上げた。
「そういう貴方は、丸っきり土筆寺さんのストーカーですわよ」
彼女は呆れたため息を吐くばかりだ。
「ぐっ……薄々そんな自覚はありましたが、いざ人に言われるとショックですね」
「薄々でも自覚した時点でお辞めなさいな。警備員さんがずっと貴方を張ってますわよ」
え……。と背後を見たら、警備員と言うか、警備員の恰好をしたゴリラが殺る気満々のオーラでこっちを見ていた。
あれ警備員ですか、そうですか。殺し屋かと思いましたよ。わー、やばい。
「至急、癒しアイテムが必要ですね。小夜曲女史、ちょっと売店でラッコの帽子かスナメリのヌイグルミを買って来てください」
「私をパシリにするとはいい度胸ですわね。どっちを買っても、ゴリラに追いかけられる貴方が容易に想像出来ますわ」
チッ、駄目か。
「それより、コソコソしていないで普通に話しかけて一緒に館内を回れば良いでしょうに」
「そうするとほぼ高確率でいらん女狐が張り付いて来るんですよ」
「あー……あの目に余る方の事ですね」
とても疲れた表情の小夜曲さん。
場合によっては、彼女とあの女がまだ一回も話し合っていない段階なのだが、どうやら今回は、既にファーストコンタクトを果たしていたらしい。
ちなみにどんな感じだったんだろう? 巻き込まれる可能性も否定出来ないから一応聞いておこう。
「彼女とどんなやりとりをしたんですか?」
「颯太郎の事で少し」
あぁあ~……。ただ普通に談笑しているだけだった二人を見て、嫉妬から日向に言葉の真珠湾攻撃でも加えたかな?
「あんな馬鹿男、最初から熨斗付けてくれてやると言ってますのに。彼女ってば『もっと言う事あるでしょ! 私を罵倒するとか! 叩くとか!』って……。マゾっ気が強いのでしょうか?」
俺の知ってる会話と大分違った。
あと、椎倉に同情した。
「あれ? 五十嵐先輩じゃないですかー!」
ソプラノの声と一緒に、緑と白の色素が嫌でも視界に入って来る。
最悪だ……こんなに早く日向に見つかるなんて。
「なんで此処に居るんですか? もしかして三年生の遠足の場所が急遽変更に? って事は、もしかして的神先輩も居たりします!?」
何故だか知らないが、毎度毎度この女は俺とアイツが友人関係にあると思い込んでいる。
そんな事実も噂も全く無いだろう。本当にどうしてそんな妄想に至ったんだか。
俺の内心など露知らず、日向は腕を組んで猫のようにその身を摺り寄せて来た。
おい、この前ちょっと話しただけだろう。馴れ馴れしいにも程が有るぞ。どうなってんだコイツの脳内!!
「私、丁度今一人なんです。先輩もそうでしょ? 一緒に回りましょう」
どうも日向の目には、小夜曲さんが全く映っていないらしい。
あ、横からやや不機嫌なオーラが……。空気扱いが嫌だったみたいだ。笑顔は絶やさず、しかし背後に禍々しい何かを背負ってる器用な令嬢がいらっしゃる。
「すみません日向さん。小夜曲さんと回りたいので」
「小夜曲さんは、手を叩けば取り巻きさん達が寄って来るじゃないですか。先輩が居なくなっても寂しい思いはしませんよ」
あ、殴りたい。こいつ彼女の友人達を犬か鯉だと思ってるんだろうか? つまり、ミカの事も……。小夜曲さんにアイコンタクトをとってみる。
ヤ ッ テ イ イ デ ス カ ?
コ ロ シ ハ 、 モ ミ ケ ス ノ ガ メ ン ド ウ デ ス ワ
くっ……五十嵐は勿論だが、天下の小夜曲グループでもやっぱりそうなのか!
※今更だが、俺と小夜曲さんが仲良さげなのは家の繋がりが有るからだ。
「さ、行きましょう五十嵐先輩! クリオネ、可愛いですからクリオネ見ましょう!」
グイグイと引っ張られた俺が、どうにかこうにか日向とはぐれる形を装い逃げる事に成功したのは、丁度昼食時間だった。
そして俺は、自分のしでかした大ポカに気付く。
「しくった……」
昼食時間に俺が日向と居れば、小夜曲さんが泣く要因は一切消えるのだ。ついでに最後の買い物の時に張り付いとけば、ヤツのポケットにキーホルダー入れた真犯人も見つけられたし。仮にもし本当にミカだったら俺が身代わりになるのも簡単だったのに!
あぁぁああああ! と、ウミガメに凝視されながら悶えてたら、背中に何かぶつかった。
「ご、ごめんなさい! ……お兄さん?」
「……へ?」
見知った美少女が、今日はリュックを背負って立っていた。
「まさか同じ場所に来ていたとは……」
「(今まで)気付かなかった」
彼女の歩調に合わせて歩くこと数分。
水族館の食堂スペースに辿り着くと、とりあえず中の様子を観察した。小夜曲さんはミカや他の女友達と昼食中。椎倉はクラスメイトと馬鹿笑い中。日向が居ないのが不穏だけれど、今までより良い傾向だ。特に、小夜曲さんと日向の言い合いが無いってのが。
「お兄さんは、何食べる?」
橙色の天使が、可愛い顔で見上げて来る。あんな事が有って、結構泣かせてしまったのに……。一応こうして話しかけてくれるというのは、物凄い奇跡なんじゃないだろうか?
「ではキミのお弁当を……」
地雷を踏んだらしい。「駄目」とか「嫌」という類の言葉が来ると思ったが、ドンヨリとした重たい空気と青い表情で迎撃されるとは思わなかった。
「無いの」
「…………忘れたんですか?」
「ううん。私、もう作ってもらえないから。でも、一人で料理しちゃ駄目だから」
ずっと出入り口に突っ立っている訳にもいかないので、俺と彼女は大きな窓際のカウンター席に着いた。




