42.閑話④
ぼくの名前は‘‘らいと’’です。ほんのちょっと……あれ? ちょっと? ……まあいいや、たぶんちょっと前に八才になりました。ぼくはここ最近、ずっと気持ちがふわふわしてます。ごはんも食べてるし、ふかふかのお布団で眠ってます。
でも、何かもの足りません。おかしいなぁ? 妹の‘‘なる’’に持ってかれたのかな? あ、なるは三つ下のぼくの妹です。目がキレイなみどり色で、かわいいです。今は、ぼくのひざを枕にして呑気にお昼寝してます。
ゴンゴンゴンッ
ん? なんかカベからへんな音がするぞ?
ガンッ ゴン! ベシベシッ!!
ジーッと、メチャクチャうるさいカベを見つめます。あ、人の声も聞こえるかも……?
バキバキグシャアアッ!!
カベが……ハカイされた。
「はい、開いたよ」
「わーッ!! 中に居る雷斗と夏流が怪我したらどうすんだぁああ!!」
あ、何がもの足りないのか分かりました。兄ちゃんと母ちゃんだ。
ボーっとそんな事を考えてたら、カベをこわした知らない姉ちゃんと目が合った。うん、ブス!
「ねえカマ野郎。今、アンタの弟を殴らなきゃいけない気がしたんだけど?」
「止めてくれ。あとカマ野郎言うな」
ブスな姉ちゃんの後ろから、兄ちゃんの声が聞こえた。でも、出てきた人は……兄ちゃんに似た女の子?
「雷斗、夏流、無事か? 怪我とかしてないか?」
「どちら様ですか?」
「……え?」
兄ちゃんの声だけれども、明らかに男だけれども、ミニスカートをはくその人にぼくはケイカイします。夏流をまもらなきゃ!
「ぼくに、ジョソウシュミのヘンタイな知り合いはいないっ」
キッパリ言ってやったら、ヘンタイが「グハッ!!」っと吐血しました。ブスな姉ちゃんは「弟さんしっかりしてること……」と感心しています。
「あ、あのな雷斗。これには海よりも深い事情があってな、この格好して仕事しないとお前等を母さんのとこに返せなかったんだ」
「お兄ちゃんお尻がよごれた! フケツ!」
あれ? 夏流はいつの間に起きてたんだろう?
「汚れてねぇよ!! おい夏流、お前何処でそんな知識憶えた!?」
「ほったのがイケメンだったらしょうかいして!」
夏流はまともに会話する気がゼロのようです。しかも、いきなり男をショウカイしろなんて、ちょっとマセすぎです。
「掘られてねェ。仮にそんな性癖の奴と知り合っても、お兄ちゃんはそんなのの嫁にお前を断固出さん!」
夏流がふくれっ面になります。うん、ぼくもそんなヘンタイにかわいい妹を近づけません。ぎゃくにもし近寄って来たら……刺す。
「ちょっと、油売ってる場合じゃ無いよ。早くしなきゃ、この空間の宿主もう居ないんだから」
「あ、そうだな。夏流、雷斗。もう此処からバイバイしような。母さんが心配してる」
ぼくとなるの手をにぎったヘンタイさんの手は、たしかに懐かしいです。この人、本当に兄ちゃんだ。
「兄ちゃんが姉ちゃんになった……ちゃんと付いてる? そこまでおちてない? カガミ見て『けっこう良いじゃん』とか言ってない?」
「お前は自分の兄を何だと思ってんだ」
兄ちゃんの目元がピクピク引き攣っています。
そしたら、ブスな姉ちゃんの肩にのってたヌイグルミがうごきました。ヌイグルミじゃなかった!
「ぴぃにゅにゅ!」
「ん、そこらへんからこの子等の世界に繋がってんのね。一応確認しとくけど、火事真っただ中の倒壊中の建物の中じゃ無いわよね?」
「ぷぴ!」
かじ……とうかい?
その時、ふわふわ感がアタマから消えて、ぼくはこのへやで生活するスンゼンまでのできごとを思い出しました。
真っ赤にもえる火の中で……兄ちゃんが……っ!
「おい雷斗? 夏流も、どうした!?」
ぼくはきもち悪くなって、うずくまりました。なるも同じみたいです。
「ご、ごめん! 私が余計な事言ったかも!」
「夏流、雷斗、気持ち悪いのか? 吐きそうなのか?」
「……っ、兄ちゃん」
ぼくはグルグル回ってきもち悪かったのをなんとかおさえて、兄ちゃんに口をひらきました。
「兄ちゃんは、死んだよね?」
兄ちゃんが、かなしそうな顔になりました。なるも「わたし、みた……」と、泣きそうな顔で兄ちゃんを見ます。
「お兄ちゃんは、ユウレイさん? なるたちも、天国いくの?」
「ぼくたち、皆死んじゃったの?」
シンゾウが、今までにないくらい早くうごくのが分かります。
こわいです。こわいです。こわいです。
もうぼくたち――
「「お母さんに、あえないの?」」
みっともなく涙が出てきて、ぼくとなるの声が重なったシュンカンでした。兄ちゃんは、ぼくらを両腕に抱きしめました。
「逢えるよ。お前等は今から母さんの所に帰るんだ。だから泣くな」
ぼくとなるが泣き止むまで、兄ちゃんはぎゅって抱きしめててくれました。そうしたら、あのヌイグルミかと思ってたウサギみたいな生き物が、ぴょんと高くとんで、何もないはずのバショに前足のツメを引っかけてピーっとそこを切りました。
え、うすい布が張ってあっただけ!? ぜんぜんそうには見えなかったけど……。
ぼくが目を見開いてると、ブスな姉ちゃんが「原理とかは考えても疲れるだけだよ」と苦笑しています。
「ほら、この向こうが見える?」
切り口を開いて向こう側を見せてくれるブスな姉ちゃん。
そこはいつもより人が多いけど、ぼくたちの住んでるアパートの前でした。
あ! あそこで立ったまま固まってるの、お母さんだ!
「なる、兄ちゃん行こう!」
「いこう! いこう!」
こうふんしているぼくとなるに対して、兄ちゃんはどういうワケかすごく静かで、うごこうとしませんでした。スルリとぼくの手が兄ちゃんの手から一どはなれて、ぼくたちは上にある兄ちゃんの顔を見上げます。
「兄ちゃん?」
「二人とも、兄ちゃんは……戻れないんだ」
「えっ、どういうこと? お母さんのところ、かえれるんだよね?」
なるの声に、さっき兄ちゃんの言ったことが、ぼくの頭の中でかさなってくりかえされます。
『逢えるよ。お前等は今から母さんの所に――――』
……あ。兄ちゃん、さっき、ぼくたちのことしか言ってない。自分のこと、ぬいてる。
「いやだ、お兄ちゃんもかえろう。いっしょにかえろう」
「ごめんな……」
「ヤだ! お兄ちゃんもいっしょ! ねえ、さっきイヤなこと言ったから? だったらあやまるから、かえろう。お母さんまってるよ」
なるが兄ちゃんの服をつかんでダダをこねます。兄ちゃんは困っていました。
「なる」
「ううぅ……らい兄ちゃん。お兄ちゃんが……」
「兄ちゃんを困らせちゃダメだよ」
なるは全くナットクできてない泣き顔だったけど、兄ちゃんの服から手を放します。そしたら兄ちゃんは、ぼくとなるの頭にポンと、左右の手をのせました。
「兄ちゃんと最後の約束だ。母さんの言う事ちゃんと聞いて良い子に育つ事。玉葱とブロッコリーが出ても、残さずちゃんと食べる事。ゲームはやりすぎるなよ、目が悪くなるから。それから勉強をたくさんして、母さんに将来いっぱい楽させてやるんだ」
後ろ、母さんが見える穴の近くで「ぷいっぷっぴぃぴ」ってなき声がきこえました。なんとなく、早くしないと穴がとじてしまうと言われてる気がします。
「雷斗、夏流」
兄ちゃんが最後に、笑顔でぼくたちの名前をよんだら、
「愛してるぞ」
背中をトンと押されて、ぼくとなるは母さんのうしろに立っていました。
「……お母さん」
さきに、なるがお母さんをよびます。
そしたらお母さんがビックリしたようにふり返って、ぼくたちを見たとたんに、いきおいよく抱きしめてきました。
「良かった! 本当に、良かった! 二人とも無事だったのねっ!!」
お母さんの力はすっごくつよくて、ぼくとなるは息ができなくなるところでした。
「ねぇ、あの子は……? お兄ちゃんはどうしたの?」
お母さんがこわごわとたずねてきます。
ぼくとなるは、一ど顔を見合わせました。うん、ぼくが言った方が良いですね。なるは、何て言うべきか分からなくて困ってますから。
「兄ちゃんは、ぼくたちを助けてくれたよ。でも、もういっしょにはいられないって……。お母さん、ぼくたち、兄ちゃんとの約束、ちゃんと守って、いつかお母さんにラクさせてあげるね」
お母さんは、それでゼンブ分かったみたいでした。ぼくとなるは、またギューって抱きしめられました。
このあと、兄ちゃんのカラダが出て来たり、おソウシキがあったりしました。ですが、お母さんが泣いてるのをぼくたちが見たのは、あとにもさきにも、抱きしめられていたこの時だけでした。
次で第一部ENDです。




