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36.拒絶

ミカ視点→日向視点です。


 撤退した私とサキは、大きい川を跨ぐ鋼橋の下に身を潜めている。上の橋は大きいのに、下の通路は人が二人ギリ通れるかどうか怪しい程、頼りない物だ。ていうか汚い水の匂いが溜まってる。


「自動車音とか生物の気配なんかは無いのに、なんでこういう嫌な物だけ再現されてるんだ此処?」

「作り手の性格が反映されてるんじゃないですかね。此処は異空間で繋がれたんじゃ無く、あの女が作った完全な異空間ですから」


 サキの言葉では、ニュアンスしか分からない。よって、もうちょっと馴染みある言い方に変換するとこうだ。学校の体育館とオカルト研究部の魔改造屋敷を繋ぐ転移魔術は、本州と北海道を繋ぐ青函トンネル。一方、此処は青函トンネル内に作られた特別な部屋。つまり、初めて魔法陣を通るときに見たトルコランプの空間と同じという事だ。


 あの痴女、態々こんなの作って何がしたかったんだろう? 世界を壊すだとか戻すだとか言ってたけれど、異空間なんて特殊な場所で実行する意味が分からない。異空間の外ですりゃいいじゃん。まさかとは思うけど、此処じゃなきゃみんなの魂が抜けなかったとか言うんじゃ――


「その通りですけど、元はこんな世界全体のコピペみたいな空間じゃ無かったと思いますよ。アレにそこまでの力はありませんからね。黙示録の原稿を無理くり書き換えようとして世界に介入されたんでしょう」

「いつの間に小夜曲さんの十八番パクったのさ?」

「途中から声に出てました」


 サキは、宙に四角い画面物みたいな物を浮かべ、タップとスライドを繰り返している。

 その画面が何なのかは気になったけれど、私の中をもっと別の疑問が覆っているから、それを優先する事にした。


「ねえ、サキ――」

「ミカちゃん。あの時の事、ごめんなさい」


 まるで、私に問いかけさせないためにサキが口を開く。


「私がお休みする前の事。私ってばいきなりキレちゃって……訳が分かりませんでしたよね」


 心なしか震えた声。


「自分勝手だったんです。今もそうなんですけど……でも、お願いします」


 ずっと、同じ場所にいる。

 ――なのに、サキの後ろ姿が段々と小さくなっているように見えるのは、何故だろうか。


「――何も聞かないでください」


 私は、言葉を放つ事を初めて恐れた。大切な人を、何気ない言葉で傷付けてしまうかもしれない。そんな思いを、抱かされた。

 ねえ、本当に、あの女の言った通りになるかもしれないの?

 本当の友達になるなんて、出来ないの?


 心の中が、ジワジワと。一つの感情で侵食される。


 あっ……違うわ。これ恐怖じゃ無い。


「サキ」

「ふぇ? ――ぎょぶぉぅっ!?」


 今まで私に対し、背を向けていたサキが振り向く。のと同時に、私はその綺麗な顔に蹴りを入れた。


「いきなり何するんですかミカちゃんッ!」


 うん、流石は不死身の邪神。首からヤッバイ音鳴ったのにピンピンしている。


「自分勝手な事して謝らなきゃなんない自覚あるならドロップキックくらい許容しろ」

「理不尽です!」


 辟易としたため息しか出ない。理不尽なのはどっちだ、このお馬鹿。


「これから言う事は、私の胸が無いとかパンツが見えないとかほざいてたクソ野郎の言葉と、痴女女神の言葉を合わせて推測した結果からの発言なんだけど」

「ミカちゃん変態の遭遇率高くないですか?」

「他人事みたいに言ってるけど、どっちも招いたのアンタだからね!」


 何ドン引きしてんだ! その類友的な視線辞めろ!

 ――と。話が脱線しかけたところで咳払いする。


「 ――コホン。アンタが私に申し訳ない事をしちゃったのか、私がしちゃったのか、そんなの知らないし、聞かない。でも、それで一人で完結しないで」


 サキは目を見開き、息を呑んだ。


「一人でどうにかしようとか止めて。私が関わってる事なら、私はサキ一人に全部押し付けたくない。初めから全部隠して動かないで。ちゃんと頼って」


 黙り込んだサキは、何か言おうと口をパクパクさせていた。そして、やっと出たかと思えば小さな小さな「そんなの駄目です」なんて、弱気な台詞とゴニョゴニョ音。


「だって、そんな事……したら」

「サキ、私達は幼馴染だけど」


 続けるのは、今となっては口にするのもおこがましいテンプレ的な内容。


「……私は、サキを親友だと今まで思っていたけれど、サキにとってはどうだった?」


 魂が抜けてしまったかのように、先の顔から表情が消え失せる。

 風が吹く。橙の髪が乱れて、ゆっくりと開く彼女の唇の震えを、誤魔化そうとしてるみたい。

 ああ、やっぱり。嫌な予感て、


「ちがい、ます」


 よく当たるんだよなぁ。


「そんな気してた」


 ヘラっと、頬の筋肉を柔らかく見えるように動かす。これでも笑っているつもりだ。予想していた回答だったけれど、結構ショック大きいかも。


 サキは、いつも嬉しい言葉をかけてくれる。欲しい言葉をくれる。助けてくれる。そんな子だ。


 ……いつから私は、そんな錯覚に囚われていたんだろうか?


 この子は、とても歪だ。

 計算も感情も、何も無いのに狂ったように、私を必死になって危険から遠ざけようとする。助けてくれること自体は錯覚じゃ無いけれども、そこにサキの意思は織り込まれない。だというのに、とても巧妙に私が嫌悪感を抱かないよう接してくる。まるで、綱渡りみたいな事を笑ってやってのける道化師だ。

 それを確信しても気持ちが変わらない私も、相当頭おかしい子だけどね。


「だったら、これからそうなりたいと私は思う」

「え?」

「私と友達になってください、サキ」


 サキは、とても戸惑った表情で、差し出した私の手と顔を交互に見る。うん、今ならプロポーズをする男の人の気持ちが分かるかも。


「無理です」


 その一言は、静かな響きであったにも関わらず、思いの外ハッキリと鼓膜に残った。私は、表情筋すら固まる。


「えーと……『嫌』じゃ無く、『無理』?」


 それって生理的にって事? まさかのそっち!?  もしそうだったなら本気で必要以上に干渉してこないだろうと踏んでたよ。普通に周りウロチョロしてたからそれは考えてなかった!


「だって、なれる訳が無いですから」


 何だその言い分。てゆうか決め付け。

 頭の中で微かにイラっとしたのが分かった。


「どうしてそう思う訳?」

「私に、ミカちゃんの親友になる資格が無いからです」


 資格って何さ。そんなのいらないっつの!

 けれど、そう伝えてもサキは首を左右に振った。


「だってミカちゃんは、すぐに私を置いて逝っちゃうんですもの」


 ニコリと、天使のような笑みを浮かべるサキ。そんな彼女の背後に、ナイフを持った日向さん。

 私はすぐに動いた。サキの手を握って引っ張って、場所を入れ替わる。体がサキと入れ替わった反動で回転し、あの女神の髪と同じ色の光を纏う刃と距離が縮んだ。もう少し早く気付けば良かったんだけど、あまりにも急な言い分と、唐突過ぎる緊急事態に反応が遅れた。何も無いところからヒュっと現れたから、慌ててたのもあったんだろう。


 ――肋骨を掠めて激痛が走る。これは酷い。

 ナイフが勢いよく抜かれたら、栓が無くなって、勢いよく血が溢れた。

 止まらない。止まらない。

 サキが言った通りになっちゃったね……。


 ***


 何処か深い場所へ沈むだけだった体の感覚が戻って来て、真っ暗だった視界が明るくなる。

 やっとこの訳分かんねぇ状態から解放されたか。

 そう安堵の息を突こうとした瞬間、赤い色が目に焼き付いた。

 ……え? と思った時には、自分が手に何かを持っている事に気付く。女神の髪を連想せざるを得ない光を帯びる一本のナイフ。そして、俺の制服まで変色させてる――まだ温かいような液体。鼻につくのは、鉄の臭い。


 待ってくれ。どうして……どうして俺、土筆寺さんを刺してんの?


 地面に崩れてゆく女の子の体がスローモーションに見えた。

 直後、


「嫌ぁぁああああアアアアアア――――!!」


 土筆寺さんの後ろに居たらしいあの子。そうだ……やっと名前を思い出した。高咲千寿だ。

 彼女がこれでもかってくらい取り乱して、魔力を暴走させた。光の粒子が辺りにまき散らされる。更には、まだ高かった陽が有りえない速度で傾き、世界が夕暮れ色に染まった。


今回短くなってしまって申し訳ありません。

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