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35.秘密

三人称→帝→日向


で、今回はお送りいたします。


 かつて、少女は泣いた。

 漆黒から橙へ染まってゆく世界で、幼子のようにみっともなく泣きじゃくった。


 何に対して泣いたのか、それはハッキリしている。


 ――違う。


 世界を滅ぼしてしまったから。


 ――違う。


 一人の恩人が自分の前から消えてしまうから。


 ――違う。


 違う。違う。違うったら、全然、そんなんじゃ無い。

 否定を否定し、蓋をして、少女は自分に与えられた役目を思い出す。


『悪いなサキ。頼む、お前にしか頼めないんだ。ミカの事、今度は助けてやって』


 後に『終始の夕刻』と呼ばれる小さな邪神は、きゅっと、己の胸の前で両手を握りしめた。


 ***


 『もう遅い』と。確かにそう言った女神に、私は背中が凍り付いた。


「何それ……? もう、戻せないとか言うつもり?」


 正直、こんな事聞きたくなかった。返答が怖くて怖くて、たまらないから。


「そうね。もう、彼等の魂は私の管轄から離れているもの。そう易々と戻せやしないわ」

「……っ! 殺してやる!!」


 感情が先走って、思考が完全にストップした私の行動に、上と背後から静止の声がかかった気もするけれど、そんなので全身の血が発熱した私の体は止まらない。止まれる訳が無い。しかし、


「真正面から私に挑むなんて、どこまで愚かなの?」


 体を切り刻まれる痛み。絞めつけられて、吊るされて、荒が得ない重力によって、更に酷くなる痛み。

 悲鳴もまともに出せない程だった。これは、前にも体験した事が有る。

 フェアリー・ミードで、似非ロリに手を潰された時の感覚。けれど、今回はそれの全身バージョンだった。さっき日向さんを襲ったあの刃が、少し斜めになって鮫の歯から鎌のような形状に形を変えて三枚。回転しながら、私の方へ斜め左右前と背後から押し寄せて来たのだ。私を殺さない程度に、それでも刃が全身に食い込んで挟んで、地面から宙吊りにする事は可能なように。


「クスクスクス。お肉が引っかかってる所、もう痛くて痛くて死んじゃいたいくらいでしょう?」


 女神は、私から顔を背けて日向さんや椎倉を見る。


「貴方達は適当に遊んでいなさい。私は、この女と世界の終わりを見て来るから」

「おいっ!!」


 椎倉の声が聞こえたけれど、それよりも先に足元が光って、私の体は第二グラウンドから移動していた。

 足元の丸印の中にHという文字が有るから、此処はとても高いビルの上のヘリポートだろう。顔の向きを変えたら学校が見えるけれど、椎倉や日向さんの姿は胡麻程度にも見えない。

 この辺りでこの高さのビルは……、お婆のラーメン屋の近くにあるガラス張りの新聞社くらいだ。


「ねえ、アレなぁ~んだ?」


 強引に頬に触れた女神の手が、私の顔を学校の方角から引き離した。

 首が限界寸前まで捩じられてとても痛いが、私の目は二本の棒が浮かんでいる光景を映した。赤い系統の禍々しい色で濁っている変な棒だ。

 ん? よく見たらあれって、時計の短針と長針じゃない?

 そこで気が付く。確かタルトが、女神は皆の魂を生贄にして時間を戻すつもりとか言ってた。という事は、あの針はもしかして皆の魂を魔術で固めて作ったものだったりするんだろうか。


「察してくれたようで何より。貴方には秒針の役割を担ってもらうわ。竜騎士ですもの、さぞ素晴らしい魂を期待しているわよ」


 女神は、耳元でコソコソと――否、耳を舐めるかのように語りかけてくる。


「ところで――さっきの如月君との一戦、見てたわよ。高咲千寿と本当の友達になりたいんだって?」


 グズリ。と、肉にまた刃が食い込む。麻痺してきた間隔がまた戻って来て、悲鳴を上げてしまった。


「無理よ。彼女が貴女に心を開くはずが無い」

「な……に、を」


 何をもって、そう断言する? 何を知っている?

 全ては声に出せない。体が呼吸一つの微かな動きでも服にジワリと、血液の染みが範囲を広げる。


「だって――」

「黙れ」


 女神の言葉が遮られ、私を捉え痛めつけていた刃が空気に溶けるように消えた。怪我も瞬時に治る。体はそのまま地面に落とされたけれど、受け身を取ったので問題無い。

 それよりも、今の声は……。


「出て来たわね……高咲千寿」


 四角いヘリポートの隅に、見覚えのある真っ白なワンピースに身を包んだサキが立っていた。表情を見れば、かなりご立腹なのが一目瞭然だ。金の瞳が短針と長針を捉えて、忌々しそうに口を開く。


「世界を滅ぼす私を散々非難する貴女が……正気の沙汰とは思えませんね」

「あら、私からすれば貴女も正気の沙汰とは思えない行動に現在進行形に出てるわよ。何処まで従順な愛の奴隷なの? 土筆寺帝を助けに来るなんて」


 サキは「黙れ」と、女神に今よりも一層鋭い眼差しを向ける。


「ねえ、なんなら私が教えてあげましょうか?」


 それに対し女神は、物怖じという単語を知らないようだ。言葉のキャッチボールまで放棄しているかの如く、笑っている。

 再びサキが「黙れ」と一言告げる。


「怖い? 真実をこの女に知られるのが怖いの? そうよね、今までの関係が全部壊れるかもしれないもの。私だったら『これまで仲良くしてくれてたのには、何か裏があったに違いない』って疑うわ!」

「黙れッ!」


 女神が目の前から姿を消した。私には、サキがただ怒りのままに声を張り上げたようにしか見えなかったけれど、彼女は今の一瞬で風の魔術を発動させ、女神の体を粉微塵にしたのだ。血液が私の顔や服を汚す。服の汚れ……もう自分の物のなのか、女神の物のなのか区別つかないな。後、このグロい光景に反応が薄い辺り……私ってば、大分毒されてきたみたいだ。


「ぅぐっ」


 何て呑気に考えていたら、後ろから取り押さえられて、首にかかる手に呻く。サキのじゃ無い。突然現れた通りすがりやヒーローの物でも無い。たった今ぐちゃぐちゃにされた女神の手だ。


「そろそろ学習なさいな。そんなのじゃ、いつまで経っても私を殺せやしないって」


 小夜曲さんの一撃でもう知ってたけど、女神の不死身させこすぎでしょ!


「ああ、下手に動かない方が良いわよ」


 クスクスと笑いながら「首の骨が折れるから」なんて、こっちがちっとも笑えない女神の呟きは、私とサキの両方に対するものだ。


「言っておきますが、貴方にミカちゃんをどうこう出来る力はありませんよ」

「あら、なんでそう思うの?」

「竜が関わっている事で私に分からない事は有りませんから。――彼女は竜騎士という珍しい存在ですが、魔力量や身体能力は、さして珍しく無い亜人達と変わりません」


 あれ? そうなの? 自意識過剰だと非難されるかもしれないが、私は自分が最強設定の一歩めに踏み込んでると思っていた。

 一方で女神は、私の事を頭のてっぺんから足の先までを「ふーん……」と不躾に見つめ、けれど特に、不満という文字を感じさせない笑みを浮かべた。


「それでも、魂の質には問題が無さそうよ? あ、ちゃんとした手順踏まずに神になった貴女には、そういうの見えないんだっけ?」


 スルスルと、人の太ももを撫であげてくる手が気持ち悪い。

 この糞アマッ、見た目だけじゃなく中身も痴女か。内も外も痴女な上にイタいとか救いようが無い!


「で、貴女は気にならないの?」


 女神が、悪魔みたいに口元を歪めて尋ねてくる。その表情に内心で結構ビビってしまう私。


「私がさっきから言ってた事、気にならないの?」


 私が黙り込んだから、何の話をしているのかこっちが分かっていないと女神は解釈したらしい。そんな馬鹿じゃ無いし。分かってるし。……これまでの、私とサキの関係が崩れるかもしれないっていう話の事くらい。


 気にならないと言えば、嘘になる。それは、きっと空島でサキが怒った理由に繋がる事で、サキにこれ以上隠されたら、私が困る事だから。

 チラリとサキの顔色を伺う。あんな事があったから気まずいのか、サっと、私と目線がぶつからないように顔を背けたけれど、そのせいで分からなくなった訳では無い。

 …………うん。決めた。


「サキから直接聞く。だから、余計な事しないで」

「っ!!」


 女神が面食らった顔で言葉を詰まらせた瞬間、好機とばかにり足を踏む。

 予想した通り、女神の手が首から離れれば私は即座に形を作った指先から、そのムカつく顔目掛けて魔力を放った。

 避けられたけど。まあ、そう簡単に当たったら苦労しないよね。


 そして、私と女神の間に完全に距離が出来たところで、サキが足場を蹴った。

 えっ、私の方に向かってきてない!?


「撤退しますよ!」

「やっぱり向かってきてぁああああああああ!!」


 サキにラリアットよろしく腕を引っ掛けられ、サキとともに新聞社の屋上の外に飛び出す。つまり私は、本日二度目のスカイダイビング(パラシュート無し)を体験させられた。


 ***


「私はミカちゃんを連れ戻すので、皆さんは先に戻っていてください。ヒヨちゃんが案内してくれます」


 炎の中から復活し、そう言い残すなりグラウンドを囲う防球ネットの柱の上まで飛んで、何処かへ姿を消したあの子の事が、どうしても脳裏を過る。


「なあ日向」

「ん?」

「えーと……男って、本当?」


 俺の隣では、小夜曲さんをお姫様抱っこしている椎倉が困惑を含んだ表情を作っていた。ちなみに、人型をしてるヤツでこのグラウンドにいるのは俺達三人だけだ。後はやけに丸々しい黒ヒヨコと、『ヒヨ』という名前の白いフワモコ生物だ。的神や椿原は、気付けば居なくなっていた。……っと、椎倉の質問忘れるとこだった。


「そうだよ。悪かったな、騙してて」

「ああ、うん……いいよ。気にして…………ないから。うん、全然……、全然」


 顔色が真っ青になっていて、半泣きの椎倉は今にも足元から崩れそうだ。膝がガクガクいってる。


「えーと、本当にごめん。特にアレとかソレとか……」


 明確に言葉にしたら多分吐くのでぼかしたのだが、椎倉は俺が思っていたよりも想像力が豊かだった。俺とあったアレコレを思い出してリアルに血の涙を流している。


「うぉおおおおお!! こうなったら得子の唇で上書きじゃー!!」

「待て!! それは止めた方が――!!」


 意識が無かったはずの小夜曲さんがパチッっと目を覚まし、唇を押し付けようとしていた椎倉の顔面目掛けて錘をめり込ませた。

 言わんこっちゃない。


「ず……ずんまぜん、っじだ」


 顔面モザイク加工必須な椎倉へ、地面に着地した小夜曲さんは虫を見る目だ。


「詫びて死ぬか、死んで詫びるか」

「でぎれば生ぎる方向で……」

「江戸時代の拷問はお好き?」


 怖いんですけどこのお嬢様。乙女ゲームの悪役じゃ無ェよ。もっとドロドロしたジャンルの女王様だよ。


「聞こえていましてよ、女装くん」

「すんませんっ。泥棒猫が生意気言いましたッ!! 以後雑草の如くひっそり暮らしますんでどうかご容赦を!!」


 あれ? 俺、今声に出してた? 一人首を傾げていると、彼女の怒りは自然と霧散したようだ。ため息を一つ吐き「タルトちゃん」と、黒ヒヨコを呼んで現状を聞く。

 やけにラブリーな名前だなあの黒ヒヨコ……。


「――なるほど。確かに、竜の爪はどんな次元も自在に切れるし繋げますものね」

「問題はこのチビがその方法を忘れている事ですよ」

「頑張れば死ぬ気で思い出しますわよね、ヒヨちゃん?」


 めっちゃくちゃ黒い笑みを小夜曲さんが浮かべたら、ヒヨはフワフワボディが艶々の貧相ボディになりそうなくらい汗をかいて、何かを思い出そうとする。

 無茶ぶり止めたげて、可哀想! ……ん? 竜?


「そいつ、竜なの?」

「ええ、まだ幼体ですけれど」


 幼体……こんなちっこいのが、さっき空から覗いたあんなでっかいのになるのかよ。


「ぷ、ぷいっぷぅ」

「やり方を思い出したようですわ」


 分かったのか、今ので。つーかソイツすっげぇ不安そうですけど?


「出来なければ尻尾を切って干物にするだけですわ。はい、ズバっとどうぞ」

「ぴぃっ!」


 ヒヨは死に物狂いで飛び跳ね、下に落ちてゆく際に空間にカッターナイフによる線のような亀裂を生み出した。

 小夜曲さんがソレをペロンと捲り、向こうを確かめる。此処と酷似しているが、自動車や飛行機の音の聞こえる世界が俺に目にも映った。


「ちゃんと元の学校に繋がっているようですわね。では私達は帰りましょうか」

「な、なあ! 生贄になってる皆は?」


 凄く大事な事なのに、ずっとスルーされてるから思わず口に出してしまった。すると小夜曲さんが「ああ」と、にっこりほほ笑む。


「千寿ちゃんがあの痴女女神をぶっ殺してくれれば万事解決ですわ」

「それってあんまりにもご都合主義過ぎるんじゃ?」

「あの女神が、一瞬で出来た事を千寿ちゃんが出来ない訳が有りません。一度抜いた魂を同じ体に戻すのって大変そうですけど」


 コロコロと鈴のように笑いながら椎倉を引きずって向こうへ行く小夜曲さんに俺も続く。

 けれど、


「日向さん?」


 俺の足は、亀裂の向こうの地面を踏む寸前に感覚を失くした。視界も真っ暗になって、小夜曲さんの声がひどく遠くで聞こえたように感じた。


タイトルを見ると、誰かの秘密が開かされるみたいなお話の予感がした方もいらしたかもしれません。ご期待に沿えず申し訳ございません。

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