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30.妖狐

帝→日向の視点です。


 私は――ゲームなんかどうでもいい土筆寺帝という存在は、きっと今冷たい表情をしているに違いない。


「テメェが偉そうに人の人生を語るな。日向さんが大変だったのは分かったけど、テメェの理屈が通るんなら、どれだけ足掻いても高校生で死ぬ私の人生も何だと思ってんだ? 不幸か? 哀れか? ハッ、共感も同情もされたくないね。反吐が出るわ」


 日向さんよりも自分の方が優れている。あの女は私よりも劣った存在。

 そんな先入観を抱いていた。

 違うな……、先入観を抱こうとしていたんだろう。


 あはは。すっげ、あの子(クリスタちゃん)しっかり見抜いてら。


 一番良いのは、ヒロインにもライバルキャラにも関わらない事。じゃあ関わってしまった場合は? と考えた時――どちらか、私を殺しそうな方を徹底的に敵視する。

 それが一番楽だと、怠慢な私は判断したのだ。


「ああそうだ。私はすぐに流されて、楽ばかりする干物女だ。クズの予備軍だ! でもなっ、それでも譲れない物は有る。守りたい道理は有る」


 記憶を思い出してから、この世界の人間を、画面の向こうの人として見る感覚を覚えた。リトの優しさも、小夜曲さんの優しさも、お姉ちゃんの優しさも……誰の優しさも、どこか冷たくて、素直に受け取れなかった。

 そしてそれは、サキも一緒だった。『繰り返す』という何かの中で、大事なものをポロポロ零してしまったに違いない。

 だから、私達は気付かぬうちにボタンを掛け間違えていた。


「私は、私のために『頑張る』って言ってくれたあの子の本当の親友になりたい」


 ――だから、誰も余計な事をするな。

 唖然とした顔で黙り込んでいる男に、通告する。


「その怪我に関してだけど、小夜曲さんに言って誰か寄越してもらうから、そこで大人しくしてて。――じゃ、私は体育館に用があるから」


 私は、小夜曲さんが今頃大変な目に遭っているだろう断罪イベント会場へと急いだ。

 第一の課題は、小夜曲さんの救出。

 そして第二の課題は……あの子との話し合いだ。


 ***


 一人の馬鹿な餓鬼の話を聞いてくれるか? いや、聞いてくださいお願いします。

 馬鹿な餓鬼もとい、今は日向環菜と名乗る俺は、正確にはこの世界の人間では無い。しかも、女のかっこうで学校通ってるけど女でも無い。

 俺が暮らしていたのは、この世界の地球や日本とはちょっと違う『魔術』や『亜人』の存在しない世界だ。


 母さんは看護師。父親は、一年ちょっと前に浮気してその相手とどっか行った。そして下に、七歳下と十一歳下の弟と妹が居た。この二人がマジで可愛いんだよ。

 父親は消えたけど、全然寂しくなんて無い。むしろ、『出て行きます』っつー置手紙見た瞬間。母さんと俺の喜びの第一声が重なったし。


「「よっしゃァ!! あのロクデナシもう帰って来ねェ!!」」


 ――うん、此処まで細かく思い出す必要は無かったな。

 そんなこんなでしばらく幸せな日々が続いた。ずっと、続くと思ってた。だけど、母さんが夜勤だったあの深夜……


「兄ちゃん、熱いよぉ」

「おに゛ぃじゃあああんッ」


 隣の家から出火した。しかも家のアパートはボロくて、火の回りが早かった事が最悪の結果をもたらしたのだ。瞬く間に広がった炎で、俺達は寝室から身動きが取れなくなった。

 視界いっぱいの火の海に、俺の思考はショート寸前だった。でも、俺だけだったらまだしも弟と妹は助けてやらなきゃならない。絶対にだ。

 考えて、考えて。

 遠くから聞こえて来た消防車のサイレンと、どうにか小さい奴等なら行けそうな逃げ道を見つけた時だった。

 大きな地震が起こって、アパートが倒壊した。


 次に目を覚ますと、真っ暗な空間に居た。弟と妹の姿は無く、ただ……死んだにしては感覚がやけにはっきりしている事が不思議だった。死んだ事無いから、『こんなもんなのかな』という気もしたが。それにしては、生きてる時とあまりにも大差無くて、戸惑いを覚えた。


「はぁい。初めまして、○○○○君」


 そして露出狂の変態女が目の前に現れた。


「私はとある世界で縁結びの神様をやってる女神よ」

「……はあ」

「実はさっき、アナタ死んじゃったんだけどそれは覚えている?」

「あ、はい。まあ」

「よしよし。じゃあいきなり質問。貴方の弟と妹はギリギリ私の空間に入れたから生きているんだけど、生きてる母親の元に返すにはアナタにやってもらわなきゃならない事が有るの。だからアナタ、私の狗にならない?」


 一瞬理解するのが遅れた。でも、あの二人が生きてる事や、母さんも地震で死んだりして無い事に酷く安心した。でも、


「ちなみに拒否したら異空間事メシャっと潰すからねアナタの弟妹」


 安心したのはたったの一瞬だけ。綺麗に笑って告げた自称女神の台詞に、背筋が凍る。


「狗として与える任務を失敗しても潰すわ」


 脅迫されている。しかも、弟と妹を人質にとって。

 ……そんな事を最初からしないといけないような仕事をさせられるなんて、本当はめちゃくちゃ断りたかった。

 でも、まだまだ小さな弟と妹の姿が脳裏をチラついたら……。


 断る訳に、いかねぇだろ。まだ八歳と五歳なんだぞ。楽しい事、たくさんたくさん待ってるんだ。潰して――潰されて、たまるか。






 そして俺は、日向環菜という名で乙女ゲームに参加すべく、この世界に来た。

 従姉がやってる乙女ゲームで内容を全然知らない訳じゃなかったから、サクサク進められると思ってた。でも、予想外の出来事が山ほど重なって、次第に見境なくなっていった。橙髪のあの子に危害加える必要とか無かったのに、呪い系クマをけしかけたのはやり過ぎた。マジで。

 そんなこんなで、気付けば女子から嫌われるようになっていた。

 日向環菜は、女子に嫌われるような女子じゃ無い。誰からも愛される癒し系。あの女神、そんな日向環菜に俺が成りきれていない事を一回責めたよな……。


 ――で、如月に出会った。初対面の奴にいきなり男だと見抜かれた瞬間は、冷や汗ヤバかった。


 だけど、話したらなんか協力してくれるようになって、暫く……まともな人間関係気付けてなかった俺は、嬉しかったんだ。この世界で初めて出来た男友達って奴が。

 アイツと関わってから、少しずつ俺は人との関係を改善していった。原作の日向環菜とはちょっと違ったけれど、なかなか良いんじゃないか? と、俺は思っていた。

 女神に、再び脅されるまでは。


「この契約書にサインなさい」


 女神は俺の夢の中に入って来て、硝子のテーブルに一枚の羊皮紙を置いた。文章は全部やけに小さい字で、カタカタで書いてある。勿論読めるけど、読みづらい……つか見づらい。


「何だよ、突然」

「貴方がサインしなければ、如月君は戻って来ないわよ?」


 女神の言葉を聞きいた俺は、即座に『契約書』の内容を黙読した。

 そこにあったのは、如月を今現在監禁しているという情報。この契約を交わした翌日に、事を起こさなければ、妹と弟諸共、如月を殺すという脅迫文。

 俺がしなければならないのは、『夏休み前の断罪イベントの達成』。


「――彼奴がここ最近めっきり現れないから、おかしいって思ってたんだよ。でも、あの学校の生徒じゃ無いみたいだし。別の仕事で忙しいのかと思ってたら……」

「これでもかーなーり、譲歩したのよ。本当は殺す気でいたもの」


 頭がカッとなって、俺は片手で女神の首を絞め上げた。


「テメェは、人を何だと思ってんだ。神だろうが何だろうが、やって良い事や言って良い事の分別は(わきま)えろよ。俺達はテメェの暇潰しに付き合う玩具じゃ無ぇんだぞッ」


 その刹那、女神の目が怪しく光って、俺の全ての直感が、すぐ手を放して距離を置けと告げた。


「『弁えろ』? 貴方が言うの? 狗の貴方が?」


 けど、間に合わなかった。女神の片手が、俺の胸――否、服も皮膚も通り抜けて、迷う事無く心臓を、鷲掴んだ。


「ア゛……がっ」


 死ぬ。コレは、死ぬ……。


「ハッ、弁えるのは貴方よ」


 女神の手が心臓から離れて、凍るような死の徳前の恐怖と、全身からにじみ出た冷や汗の気持ち悪さだけが残る。


「私はね、もう一度チャンスをやると言っているの。本当なら貴方の弟妹は、とっくに潰しているところなのよ」


「大掛かりな難しい作業は全部私がするわ。違和感あるゴミは首輪付けた如月君にどうにかさせる。貴方は、ただシナリオ通りに終わらせてくれるだけでいい。そうしたら、弟妹の命も如月君の命も保障するわ」

「……彼奴にも、何かさせんのかよ」

「協力者でしょう? 有効活用しなくちゃ」


 何処からか、雛人形が持っているような派手な飾りのついた扇を取り出した女神。それで顔半分を隠しつつも、微笑んでいる事は一目瞭然だった。綺麗と醜悪、どちらでも表現できるゾッとするような笑み。


「さあ、この契約書にサインして」






 俺は、女神の言う通りにした。そして人を騙して、貶める事を選んだ。

 どれだけ汚れても、もう構ってなどいられない。どんな手段を使っても、絶対に助ける。

 女神が無理矢理全員の頭の中に捻じ込んだ『臨時ミサ』という集会の概念。

 でっち上げたカメラの証拠。洗脳に近い攻略キャラたちの誘導。

 悪いな、小夜曲得子。――お前は死ね。


「これでも、まだ白を切るかな?」


 スクリーンから視線をずらし、自信たっぷりの笑みを浮かべる的神。

 ゲームのシナリオ通りだ。このまま行けば、小夜曲得子は笑みを崩して、真っ青な顔で辺りを見回すはず――


「せめてお顔の見える合成を流してほしかったですわ」


 笑みは崩した。今まで浮かべていたほがらかな観音様の笑みは、そこには無い。しかし、真っ青な表情にはならず、凄くガッカリした表情になっている。


「え、合成?」

「あ、でも確かになんか違和感あるかも……」

「つーか、小夜曲さんの言う通りだよな。顔見えなかったら本人って確定出来ねぇじゃん」

「合成じゃ無くても誰かに頼んだ可能性もあるよな。後姿似せるのは簡単だし」


 まずい。これは、シナリオには無い! 周囲すらも、監視カメラの映像の証拠能力を勝手に否定していくなんて……っ。くそ、小夜曲がどういう訳か全然隙無くて、頑張って取れた一枚が後姿だったのが、ここまで酷い状況を生むとは!


「なっ……、何で皆そんな風にその女を擁護するんや! ソイツは悪女やで、それに監視カメラの証拠なんか無くても環菜がイジメに遭うたって言やぁ、それで充分やんか!!」


 一番俺に惚れ込んでしまったらしい椿原の声が響く。いたる所から「え?」とか「は?」とかいう簡潔な一文字が聞こえて来たのは、多分聞き間違いでは無い。俺も、あっち側なら確実に『何言ってんだコイツ』って言った。


「椿原さんは、どうやら社会常識が頭の中からすっぽ抜けたようですわね」


 小夜曲の足元から、紫と藍の光が彼女を中心に花でも咲かせるように輝く。


「舞台は面白そうでしたのに、裏切られた予想に私、色々と抑えられそうにありませんわ」

「黙れ!! 訳わからん事ぐちぐちほざくんやないで悪役令嬢!!」


 椿原の台詞の直後、盛大な笑い声が響いた。


「あっはははははははははははは――!! 『悪役令嬢』ですか、ソレ最近私のお友達も頭の中で仰っていたのですけれど流行っていますの? ふふ、私としてはわりと言われて嬉しい言葉なのですよ」


 冗談でも虚勢でも無く、彼女は純粋に楽しんでいる。この状況を。

 何だよコレ。小夜曲が言ってた事を繋げて見ても俺みたいな存在、って訳じゃ無いだろう。それなのに、シナリオがまた……滅茶苦茶になる。


「素敵ですわ、その悪逆的な響き。私が母から受け継いだ物は容姿だけだとばかり思っていましたが、内面の醜さもそうだったなんて新発見ですわ」


 どんな母親だよ!

 俺は、彼女の幼馴染であり、婚約者の椎倉に視線を移す。


「俺も知らないんだよな。得子の母ちゃんの事」


 気まずそうに顔を背ける椎倉。こいつ何処で使えるんだ? いらねぇなマジで。


「私のお母様ですか? 有名な方ですわよ。蟇盆と炮烙の刑の様子を見て楽しんだり、酒池肉林で楽しんだりした方です」


 あ……。と、一人思い当たる人物が頭に浮かんだ時だった。

 ゆらりと、彼女の背後で何かが揺らめく。

 それは、ふわりとした美しい毛並みの九本の尾。

 頭には、人に有るはずの無い獣の耳。


「冗談だろ。傾国の妖婦の娘かよ……」


 俺が思い浮かべた女――妲己で、ドンピシャだった。女子の口調が思わず取れたのも無理は無い。


「では、溜まった鬱憤を晴らさせてくださいな」


 小夜曲の両手には、見覚えのある錘が握られていた。

 もう、全部が色々おかし過ぎるだった。

 俺が、俺がどうやっても、シナリオになんか……戻せねぇだろ。


一歩成長した帝。でも、まだ明確にそれが見える場面ではありません。

そしてやっと得子さんの正体出せたー!

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