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29.暴挙

香山さん→帝→三人称。

で、今回はお送りいたします。


 私の名前は香山梗一。

 世界的な企業グループ……(中略)……得子お嬢様の専属執事だ。


「随分と悪事を働いたねぇ小夜曲さん。とある女の子の靴箱にゴミや砂、教科書にカッターの刃。更にはその子を万引き犯に仕立て上げようとしたり、料理に毒を盛ろうとしたり、他にも沢山……初歩的な事から悪辣非道な事まで、たくさんしでかしたようだ」

「得子、お前今すぐ日向に謝れよ」

「んでもってけじめ付けぇや。小指と薬指でな」


 今、お嬢様は謂れない罪状により、全校生徒の前で吊し上げられているも同然の状況に陥っていた。私は知らなかったが、この学校には現在お嬢様と対峙する注目度の高い(ガキ)共によって臨時ミサなる特別集会が時々行われるそうだ。


 まず的神蓮沙。爽やかな笑みで何を言っているんだこのお坊ちゃんは? お前の口走っている内容は、お嬢様の暮らしに二四時間いつでもどこでも隈なく密着している私が知らない事だぞ。つまりデマだ。確か定期試験でキミは主席から五位をうろちょろしている秀才だと記憶していたが、実は頭の中身スポンジだったか。

 で、次だ。おいコラ、椎倉颯太郎。お前そっちで何をしている。馬鹿犬の分際でお嬢様を睨むとは身の程知らずにも程があるぞ。後でじっくりホオジロザメの餌にしてやるから覚悟しておけ。

 さて、次は……椿原町彦だったか。一瞬名前を忘れていた。しかし、お前は死刑だ。お嬢様に指を詰めろだと? 全指の爪と指肉の間に竹ひごを突き刺してやろうか、マジで。


「香山、少し落ち着きなさいな。笑顔がドス黒くなっていますわ」

「お嬢様は、観音様のように穏やかなお顔ですね」

「うふふ。だって一生に一度も怒らないかもしれない面白い機会に出くわしたんですのよ? こんな素敵な舞台をセッティングしてくれた彼女に感謝しなくては」


 お嬢様の視線が、三人の奥の人物へ向かう。

 俯き、両手でスカートを握りしめてぷるぷると兎のように震えている女。日向環菜へと。


「おい、何ニヤニヤしとるんやこの性悪女ッ!! (はよ)ぉ的が診の言った事認めて、環菜に死ぬ気で謝らんかい!!」


 綺麗に並ぶ全校生徒の前で、随分と口汚い怒号を飛ばす椿原。……何故こんな男が人気あるんだ? 椎倉同様、顔だけしか見られていないのだろうか?

 一方、お嬢様は優雅な動作を一切崩さず、片手を頬に当てて首を少し傾げた。


「あら、気分を害しましたか? ですが私、的神先輩の仰った事にとんと覚えがございませんの」

「得子! お前、そんな往生際の悪い女じゃなかっただろ!! さっさと自白しろ!」


 だ・ま・れ、椎倉颯太郎。お前に自白剤を打って廃人にしてやるぞ。


「『とんと』……か。だが、俺が証拠無しにこんな非道な真似に出たと思っているのかな?」

「あら、一応自分の行いが『非道』だという自覚はおありですのね」

「まあね。それより証拠の話をしよう。監視カメラに、キミが環菜を害する瞬間が映っていた。それが証拠だ」


 この学校には、全ての場所隈無くという訳では無いけれども、外部から不審者が入ってきそうな箇所、またそういった不祥事が起きた場合に不審者が通りそうな場所に監視カメラが有る。しかし、監視カメラの存在及び設置位置は、全校生徒の知るところだ。仮に、お嬢様が本当に日向環菜を害していたとしよう。――この人に限って、カメラに映る場所で犯行に及ぶわけが無い。


 呆れた視線をくれてやれば、的神蓮差はポチリと小さなスイッチを押した。すると、体育館の舞台の上にある魔術道具が起動する。見た目はただの細長い二本の棒だが、その魔術道具は舞台の天井と床から幕を張り、映像を映す――まあ、スクリーンの役割を果たす魔術道具だ。

 なるほど、今から此処にその証拠映像が映ると……。


「ほら、ここ。小夜曲さんが環菜の髪にガムを引っ付けている」


 ずるずると流れていた監視カメラの映像を止め、的神が紅いライトで指した部分へ、体育館内の視線が集中する。確かに、そこにはお嬢様の後姿が有り、白い手が、一歩前を歩く日向環菜の後ろ髪にガムをくっ付けていた。


 ***


 ハーイ! 皆さんコンニチワ☆

 スレンダー系アイドル土筆寺帝ちゃんでっす!

 ん? なになに? 何でこんなにキャラ崩壊してんのかって? それはね…………リアル鬼ごっこの真っ最中で、口調なんかに気まわしていられねぇからだ。今、私はクナイやら手裏剣やら忍者が持ってるものシリーズを投げて来る男から全力で逃げているのだよ!


「何が『オハナシ』だ! アンタ口使わず私を殺しに来てんじゃん!」


 降ります降ります。階段をグルグルと、時には飛び降りるように降りて行きます。


「どんだけアグレッシブに動かしてもパンツが見えないのが悪いッ」

「変態がッ!!」


 うわ! クナイが肩スレスレで飛んで来た! ていうか私また切り傷だらけだし。嫁入り前の大事な体なのに……!


「つか何でかかって来ないの?」

「武器持ってる殺し屋に素手で挑むか普通!? 戦略的撤退だ!!」


 こんなやり取りをしている間に、男子達が休み時間にボール投げ合ってる小グラウンドに辿り着く。普通科クラスの教室が有る校舎。魔導科クラスが有る校舎。二つの校舎の一階、二階、四階を繋ぐ渡り廊下。そして今、生徒のほとんどが集まっているだろう小体育館や空き教室の有る校舎(以前此奴に連れられて行った所)に囲まれたこの屋外に出たのは――出た、のは…………正直言いましょう。ただ何も考えずに来ちゃっただけです! 此処なら他と違う特別な何かが出来るとかそんなカッケー理由は無いんです!


 うわぁあああ! もう私どんだけアホなの!? 一応馬鹿みたいな脚力利用すれば、一っ飛びして校舎の窓枠とか、渡り廊下に足掛けて屋上に逃げられる。が、そんな吃驚人間ショーお披露目したい訳じゃ無ぇのよ。此奴の追跡から逃れられなきゃならんのよ!!

 だってさだってさっ、さっきから音速に届きそうな勢いで逃げてた私に此奴平然と着いて来たんだよ? 絶対体力値同じか、私以上あるだろ。じゃあ学校なんて狭い場所(※狭いと感じるのは人外スキルの人だけ)でいくら逃げても意味が無い。


 Q.迎え撃つ? 自殺行為と分かってるのに?


 A.運も実力の内


「私の脳ミソ役に立たねぇええええええ!!」


 泣き叫ぶように、私は対峙する男に向かって全力でつっこむ。

 もうやるっきゃない。その名も――


 ***


 如月は、あまりにも真っ直ぐ一直線に突き進んで来た帝に嫌な予感しか覚えなかった。即座に後方、そして斜めに向かって彼女から離れるように跳ぶ。

 だが、帝だって大馬鹿では無い。こんな突進してくる戦闘ド素人が居たら距離を取るか、或いは相手の勢いを利用して一撃必殺技を加える。帝なら後者を取るが、


「アンタはやっぱそっちだと思ったわ!」


 帝は、やはり今しがたまで如月が居た場所に突っ込んだ。そしてそこに着いた利き足で、地面が陥没するような跳躍をしてみせた。

 行先は、如月の背後――の、少し上。

 二階の渡り廊下だ。この学校の渡り廊下の二階以上は、生徒が落ちないよう一本一本は細いが、それなりに丈夫な柵で両サイドを覆われている。帝はそれを両手で持ち、思い切り引っ張った。自分の体が傾き、再びグラウンドへ逆戻り(落下)する事にも厭わず。


「だらっしゃああああああああ!!」


 十五のT字が連なったような鉄柵を強引に捩じり切り、それを如月目掛けて投下する。


「脳筋かよッ」


 思わずツッコミを入れつつも、如月の対応は冷静だった。クナイによる風圧だけで降って来る鉄柵を分解するという無茶苦茶な手段を用いたけれども。


「たく、何がしたかっ――」


 如月は黙り込んだ。

 彼の身には一切当たる事無く落ちた鉄柵だった物の一部。それを、鉄柵が落ちるよりも早く地面に着地した少女が、掲げた片手にスッと入り込むよう受け止めていたからだ。

 プロが斬った事で、程良い長さとなり、T字の縦線の切れ目が美しい故に怪我する事も無い――人が使う槍として申し分ない棒。


「『運が良ければ武器ゲット作戦』、成功ね」


 やられっ放しタイム、終了。そう言わんばかりに、帝の目が光る。


「やっぱ、あの化け物の関係者ブッ殺すのは楽じゃ無いか」

「……その化け物っての、止めてくれない? サキは確かに一度世界を滅ぼしたかもしれないし、やることデタラメだらけだけど、私の幼馴染で、友達なの」


 今は、何でかちょっと拗れてるけど……と、ボソボソ呟いた帝。その瞬間、如月は鼻で笑った。


「ハッ、友達? 友達ねぇ。――どの口で物言ってんの?」

「……」

「現実を見てないお前が何言ってるんだ! この、流され桃太郎が!!」


 如月のクナイと帝の棒がぶつかる。三秒よりも早く。一秒よりも俊敏に。何度も何度も。先程までの鬼ごっことは打って変わった攻防戦だ。


「俺はお前みたいな人間が大嫌いだ。楽な方に流されようとして、傍観しようとして、『自分は被害者です』って面構えの、現実を何も見ようとしない奴がッ」

「知るか! 勝手に嫌ってろ!」


 横に薙いだ棒が空振り、すぐさましゃがんだ如月の足払いが来る。それを、彼の姿が消える0.01秒前に察していた帝は瞬時に持ち方を変え、ジャンプと同時に体を捻る。そして、如月の呻き声が響いた。持ち方を変えた事によって、真下を向いた棒の先端が如月の脹脛を貫通し、そこへ頭部を揺らす蹴りが入ったから。

 ぐるりと脹脛の中で回転した棒を傷口を抉るように引っこ抜いた帝は、地べたに横たわっている如月の喉元にソレを突きつけた。


「ゲームの事、知ってるんでしょ? だったら私がどうなるのか、日向さんは言わなかった? 本来の私が何をして、どうなるのか」

「ぐ……ぅっ、ああ……言った……小夜曲、得子の事も」


 痛みで喋れないかと一瞬思われたが、ちゃんと答えが返って来たため帝は言葉を続ける。


「……私が何もしなくても、彼女はきっと、シナリオ通り進むように私や小夜曲さんが何かしたように見せかける。あの子の目はそういう目だった。あの子の発言は、そういう発言だった。あの子の雰囲気は、手段を選ばない危ない物だった。だから――」

「全部お前の主観じゃねぇか!! 思い込みも大概にしろ!!」


 帝の言葉を遮った如月は、獣の眼で彼女を睨み、


「頭おかしい女神に兄弟を人質にとられて、好きでも無い二面男共の相手させられて、挙句の果てには化け物に狙われてんだぞッ。どいつもこいつも彼奴の人生なんだと思ってんだッ。マジふざけんな!!」


 ――血を流している足の事などお構い無しに如月は立ち上がり、帝に蹴られた時に出た鼻血を拭った。帝に対する物だけでは無い怒りの咆哮だった。

 突然ながらも理解は可能だった衝撃の事実に、口を動かせない帝はしばし体も動かせなかった。


「……何でサキが日向さんを?」


 ようやく出たのは、その質問だ。


「さあな。……女神は『繰り返してる』とか言ってた」


 怒鳴り散らした勢いで、息が若干荒い如月の発言が鼓膜を揺らしたその時、帝の中でパズルのピースが嵌った。


「ああ、そう……そういう事」


 埋まったパズルピース。一つ出来上がると、他のもスルスルと芋蔓式に出来上がる。

 ――目の前の男の言っていた事。

 ――クリスタの言っていた事。

 ――千寿の言っていた事。

 引っ掛かりなど大した物では無かった。埋まって、分かってしまえば本当に下らない当たり前の事だった。

 どうしても一つだけ分からないのは、目の前の少年が「自分と私が組んだ方が良い」とかほざいてた事だ。しかし、そんな物は、今の帝にとって後回しにしても差し支えない些細な事だった。それよりも、この男の間違いを指摘したかったから。以前は帝が指摘されたが、今回は逆だ。


「テメェが偉そうに人の人生を語るな」


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