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28.悪意

いきなり如月の話から始まり次に得子、そしてミカちゃんに移って行きます。


 如月菊刃の記憶は、実の祖母の死によって初めて色付いたと言っても過言では無い。

 彼の父方の実家は、強力な霊能力を自在に操る一族だった。しかし、霊能力を受け継ぐのは女だけ。男として生まれた者に居場所は無い。しかし一族の血を引く以上、いずれ男が誰かと関係を持ち、生まれた子供が女であった場合、霊能力を受け継いでいる可能性は極めて高い。故に、一族の目が届く家に男は養子に出されるのだ。如月の父も、そうであった。生まれたのは、男であったけれども。


 だが、それは彼の父だけの話では無かった。まるで呪いのようにパタリと。――如月一族には、女児が生まれなくなった。

 それでも、希望の火は……しぶとく残った。

 十数年前。如月一族最後の女である当主の目に、霊能力と魔力――片方は決して男に宿る力では無い事に加え、一つの器に入れば喰い合い、決して共存しない二つの力を宿した赤ん坊が、映ったから。それが、如月菊刃だった。


 如月菊刃は父親から引き離され、当主であった祖母により十二年育てられる事となる。

 自分の代で、如月の霊能力の流派を途絶えさせたくないという、祖母の維持に誰も勝てなかったのだ。

 霊能力を扱うための修行は厳しかった。また力が有るからとはいえ、男を軽んじ奴隷のように扱う祖母の冷たい態度は、いつしか彼を人形に変えた。

 だから「やっと自由だ」と、彼の心は安心感で溢れかえった。昨日までの空っぽの自分は何だったのか? と。

 暗闇しか知らないも同然だった少年の、そんな清々しい解放感。

 それはあまりにも無垢で、あまりにも黒々しい色に染まりやすかった。


 彼はその一週間後。祖母から教わった霊能力の扱い方と、天性の戦闘能力の才を人殺しのために使った。

 赤・青・緑。それ等を合わせて出来る美しく豊かな光の世界は、彼が想像していたほど、綺麗では無かった。






 バシャン!! と、頭から冷水をぶっかけられて、如月は目を覚ます。


「――っ、うぁ……意識、飛んだ?」

「そうねぇ。でも普通の人間の八倍は耐えてるわよ、貴方」

「……だれ?」


 如月の目の前には、見知らぬ長身の美女が居た。青紫とブルーの髪はキラキラと輝き、銀と金のオッドアイの瞳は楽しそうに細められている。体のパーツは、正しく絶世の美女だった。身に纏う物がパレオと、金銀宝石のネックレスや腕輪に指輪だけでなければ、完璧な美女と言えただろう。


「んー? あら、意外と分からないものなのね」

「そ、だね。本気で分かんねぇ。……俺、一度見た美人の顔は絶対忘れないんだけど」

「あらあら嬉しい事言ってくれるじゃない!」


 女は緩む両頬に手を添えて――身動きの取れない如月を見下ろしていた。


 それは、彼が今現在、両手と両足に特注の枷を嵌められて飲まず食わず&暴力過多の拷問を受けていた動かぬ証拠である。

 正確な時間は分からないが、如月は何日か前から殺風景な一室に監禁されていた。


「私はね、いわゆる神様よ」


 ニコっと微笑んだ女――自称『神』の存在に、如月は内心で顔を引き攣らせる。

 何故なら、こう思ってしまったから。――やっばいのが出て来た。


「あ、その顔は全然信じてないわね。全く……人間という奴はどうして『神』とか『魔女』とか聞くとドン引きしてまともな思考になるのかしら。この世界では、現実的に観測されてるのに」

「アンタの場合はかっこうが痴女だからだよ」

「宝くじには『当たったらいいな』なんて夢を見ちゃって、目をくらませながら金をばら撒く――のに!」


 スルーされるのかと思いきや、しっかりと如月の腹に蹴りが入る。

 衝撃に思わず咽かえった如月だが、彼は強がって「さぁね……」と、笑みを浮かべた。


「少なくとも、ドSの痴女神なんざ、俺は願い下げだね。下半身が魚ならまだ許せるけど」

「それじゃ人魚じゃない。あんな生物(なまもの)なんて絶対に嫌よ」


 肩を竦めた女は「――ところで」と、本題に入った。


「私の提案に乗ってくれる気にはなったのかしら?」

「……俺をタコ殴りにした三馬鹿トリオみたいなのにも言ったけど、依頼するんなら、もうちょっと方法あるよね? いきなりコレはねぇだろ」

「うっさいわね。本当は、アンタを殺したくてしょうがないのよ。でも私よりも上の奴のお気に入りみたいだから、こうやって穏便にこっちに迎え入れる形にしてやってんじゃないの」


 自分の知る『穏便』と彼女の言う『穏便』にはだいぶ違いが有るらしい。と、如月はため息を吐きたくなった。


「本当にウザい。私より影響力も力も劣っているくせに過去の栄光だか何だかで文句付けて来て、クズ、クズ、クズ、ドクズの癖に。大体何であの程度の低級の会議に老害共まで来んのよ、私のやることなす事全部に文句を付けてクズクズクズクズクズクズクズクズクズ――」


 爪を噛む女の目の色は、異常なまでの憎悪に満ちている。終いには、狂っているとしか思えないうわ言を繰り返し始めたではないか。


「…………どうして、俺を殺したい訳?」

「ん? そりゃ、アンタがあの子に協力して物語を狂わせるから――ああ、そうだわ」


 ニタリ、と。女の顔がチェシャ猫のように歪んだ。


「アンタはあの子に協力しているにすぎないんだものね? じゃあ初めからあの子に狙いを定めれば良かったのよ。異分子(あの子)を動かしたのが異分子(貴方)であるならば、元に戻すのもまた異分子(貴方)

「何、言って――」

「貴方にすっかり騙されて、もう私の言う事なんか聞きゃしないと思い込んでいたけれど……貴方を使えばあの子もまたいう事を聞くようになるわよね」


 如月の背筋を嫌な汗が伝った。女は口元をフニャフニャと楽しそうに歪め、小鳥が歌うかのように。――彼の顔色を変えてゆく魔法の言葉を紡ぎ続ける。


「元々、あの子に協力するみたいだし。どれだけ常軌を逸していても、あの子と歩んで行かざるを得ないようにしてしまえば良いのよ」

「お前……日向に何する気だ?」

「貴方と同じお願いをするのよ。全部を一からやり直さなきゃ、もう私の望むイベントが全部見れないんだもの」


 ギラギラと肉食獣のような睨みを利かせる如月に対し、女は全く動じない。むしろ、より楽しそうに表情を輝かせ、クルリと回って両手まで広げ、己の感情をジェスチャーして見せる。


「舞台を滅茶苦茶にして、全部一旦終わらせて! ってね」


 ***


「日向さん最近なんか変わったよね」

「分かる~。前は的神先輩達に猫撫で声出してて『キモ、この女』って思ってたけど、今はそういうの無しで話し易いもんね」


 魔導科クラスが連なる廊下を歩いていた得子の耳に、女生徒達の会話が届く。


「でもちょっと男の子みたいになった気もするね」

「そう? 前より爽やかな感じになって私は逆に女子力上がったと思うけど?」

「うん、確かに可愛い雰囲気から頼れるカッコいい女の子になった気はするけど……」


 今日は、帝が千寿に連れられ空島を訪れてから約一週間が過ぎた日であり、また……千寿が学校を休むようになった六日目だ。

 静かに他者の認識を阻害する魔術を己の身にかけた得子は、学校のいたるところに作ったオカルト研究部の出入り口魔法陣の一つへと踏み込んで行った。


「香山、報告をお願いいたしますわ」


 和風の一室へ入った得子は、茶と菓子を準備していた執事に声をかける。彼は、彼女の命令を始めから分かっていたようだ。すぐさま得子の前に茶と菓子を置くと、彼女に任されていた調査の報告をスラスラ口にし始める。


「高咲様は今日もご自宅です」

「まだ知恵熱ですの?」

「はい。そしてまた土筆寺様の事でうんうん唸っておいででした」


 得子は大きなため息を吐いた。

 千寿がいきなり知恵熱を出し、それには帝が関わっている。

 彼女が今のところ知っているのは、そんな大雑把なものだけだ。

 千寿に話を聞こうとすれば、だんまりを決め込み挙句の果て熱を馬鹿みたいに上げて悪化させる。帝に声をかければ、もう全身から『何も言わないで私にも分かんないの』的な負のオーラを放って近寄れず。

 当事者二人がコレでは、どんなに内容が下らない喧嘩でも仲裁に入れない。


「千寿ちゃんは、そろそろお医者さんに診せた方が良いかもしれませんわねぇ」


 人差し指の先でトントンとテーブルを叩き、「彼女の回復力なら要らないはずなのですけれど……」と、得子は呼んでも問題無さそうな医者を脳内で検討し始める。


「一応、私が応急処置を施しておきました」

「まあ、流石香山ですわ!」

「お嬢様にそこまで喜んでいただけるとは、――ネギ汁を丹精込めて微塵切りにした甲斐がありました」


 ネギ粥でも作って来たのだろうかと、得子はキョトンとした表情で思いついた疑問をそのまま口にする。……と、


「いいえ。微塵切りにしたネギをきっちりと彼女の鼻の穴に詰めて参りました」


 戻ってきた回答は、外道以外の何者でも無かった。


「それ色々と間違ってますわ! 大丈夫でした!?」

「あの泣き顔には心が痛みましたが、今はもう大丈夫です」

「貴方の心配なんてしてませんわよ!」


 ド鬼畜執事の所業に、もう得子は頭を抱えるしかない。

 そんな彼女に「それから――」と、言葉を続けようとする。


「何ですの? まさか奮発してネギで首を絞めてきましたの?」

「そんな常識外れで頓珍漢な真似をするはずが無いでしょう」

「どの口がモノを言いますか!」


 とてつもなく呆れた表情を浮かべた香山の台詞には吃驚である。

 デキる(はずの)執事、香山恭一。どうやら彼は、まだまだ修行が足りていないようだ。


「まあ、そんな事よりも重要な報告が一つございます。高咲様を狙う無礼者が、失踪したようです。雇い主とのコンタクトも切れています。高崎様が、知恵熱で身動き不能になった日から」


 得子の目つきが鋭くなる。

 今までの経験が、きな臭さを訴えているから。


「……とうとう、きちんと話をする時が来たかもしれませんわね」

「日向様と、ですか?」


 得子は、香山から一旦視線を外し、緑茶を一口飲む。


「…………アレは、あの殿方と親密な関係に見えました。避けられる道では無いでしょう」


 ゾワリ、と。

 二人の皮膚を、何かが下から這い上がるよう駆け巡った。

 丁度、得子が言い切った時だ。


「学校ですわ」

「向かわれるのですか? ……危険すぎるかと――」


 香山が全てを言い切る前に。得子が不敵な笑みを浮かべる。


「私が、安全地帯でヌクヌクしていられるほど箱入りだった事が、近年ございまして?」

「申し訳ございません。お嬢様」


 二人は隣の部屋の姿鏡を通じて転移魔術を発動し、学校の校舎へ向かった。


 ***


「いっ!?」


 同時刻、帝の身にも得子達と同じ不快な現象が起きていた。


「ミカさん?」

「リト。今、なんか静電気みたいな変な感じしたよね?」

「え? いえ。僕は全く」


 帝は「ああ、そう……」と。リトから目を逸らす。あまりにもハッキリと感じた現状であったため、てっきり何か自然災害のような物だと思い同意を求めてしまったが、こっそり周囲の様子を窺えば、彼等もリト動揺難ら普段と変わりない様子だ。

 今の不快感を感じられない程の鈍さが羨ましいと、帝は内心でぼやく。だが、すぐにその言葉には訂正が入った。


「え、なんで皆急に移動してんの? 次の時間、何か集会あったっけ?」

「土筆寺さん忘れたの?」

「今から生徒会の臨時ミサだよ」


 近所の席の女子達は楽しそうだが、帝は絶句していた。

 そんな妙な行事、絶対に本日無かったから――という理由だけでは無い。

 『臨時ミサ』。それは、前世のゲーム内で出た単語でだった。そして、夏休み前の臨時ミサは、小夜曲得子の第一回断罪イベントだ。


 だが、帝が普通科クラスになったり、得子がステージ・乙女ゲーム外のチートだったり、主人公は頑張って男共を攻略してるけどなんかズレてたり、その他諸々の事情で元々シナリオは破綻していた。つい最近、日向がイメチェンを始めたのか根本的におかしいから吹っ切れたのか、とにかく男に媚びの大安売りを止めてゲームの設定とは異なる物の見苦しくない人柄になってきたが、それでもいきなり臨時ミサには繋がらない。


 突然こんな事言いだすなんて、絶対におかしい。脈絡が無さすぎる。


「リト……」

「どうしましたかミカさん? 早く移動しましょう。遅れたら体育館の掃除させられますよ」


 リトまで同じ有り様だった。つまり、今この場ではミカを除いた全員が気付いていなかっただけなのだ。気付いていなかっただけで、洗脳に等しい何かが起こり、確かに今、通常とは異なる変化が彼等のみに起きたのだ。


 安全か危険かはさて置き、幼馴染やクラスメイトに要らん事をやらかした輩に対して、帝の中で怒りの感情が揺らめく。


「ごめんリト、私サボる!」

「ミカさん何処へ!?」

「日向さんの所!!」


 教室から飛び出した帝は、体育館へとぞろぞろ向かう集団の波をひたすら逆行した。


「…………すれ違ったら面倒ですから、皆が集まる体育館に行けばいいのに」


 リトの正論は、当然ながら帝には届かない。そして、






「ああもう私のアホぉお!! 体育館行っとけば良かった!!」


 案の定。帝は日向とすれ違い、もぬけの殻の教室に出向いてしまった。

 彼女は、苛立ち任せに柱を拳で一発殴る。ただ自分の手が痛くなっただけで、何のプラスにも繋がらない行為である。自分の愚かさと惨めさが増す。


「あ、ホントに誰も居ないんだ」


 そんな時だった。透明感のある少年の声を、彼女の耳は拾った。


「ふーん。あの痴女、本物だったんだねぇ」


 顔の向きを僅かに変えれば、帝の視界にバッチリと声の主。――如月菊刃が映り込む。

 惨めさも愚かさも、揃って影を潜めた。


「ああ、もうこれ嫌なフラグ建ってる気しかしないわ」


 乾いた笑みを浮かべる帝に対して、如月は「正解」と簡潔に返す。


「まあ、色々とオハナシしながら遊ばね? もしかしたら、アンタは俺と組んだ方が良いかもしんないよ」


 ――さあ、狩りを始めようか。


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