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27.絶縁

最後だけ視点が三人称です。


「ただいま~」

「おかえり」


 ちょっと大きめの家の玄関を開けると、普段はこの時間帯あまり居ない女が下着姿で歩いていた。


「お姉ちゃん。流石に玄関でそのかっこうはアウトだよ……扉開いたらご近所に丸見えだよ」

「私にアイデンティティを捨てろと? しょうがないわね、 (ブラ)(パンツ)、どっちを脱いだら良い?」

「そんな簡単に捨てられるアイデンティティならもっと早く捨ててよ! いやそれより、何で悪化するの!?」


 マグカップに入ったコーヒーをぐいっと一気飲みした姉、土筆寺都(つくしじ みやこ)。T大卒のかなり美人な医者であるが、男を見る目が呪われてんじゃねーか? ってくらいに壊滅的な残念な人だ。

 そんな姉におもわずツッコミを入れると、彼女は呆れ混じりのため息を吐く。


「全く、落ち込んでいる妹をリラックスさせようとしている私の気遣いが分からないの?」

「私が戸を開けるまで落ち込んでんのかどうかなんて分からないはずだろ。何言ってんの?」


 私の気持ちが沈んでいるのを一瞬で見抜いた洞察力は認める。けど、それを利用してさも自分が素敵なお姉様だと見せかけるのは駄目だろう。


「ま、いいわ。何か相談事が有ったら後で聞いたげる」

「そりゃどーも。でも、今のところお姉ちゃんに相談する事じゃ無いからね。自分でどーにかするよ」


 私はお姉ちゃんの前を通り過ぎて銀色の螺旋階段を昇って行く。私の部屋は三階建ての我が家の二階だ。

 黒いエッフェル塔や、蝶々が描かれてる水色の壁紙の室内に入ると随分と落ち着く――


「ぷーいにゃ! ぷぅにゃっにゃっ♪」


 ――はずだったのに、毛玉(ヒヨ)がベッドの上で飛び跳ねている。

 何で私の部屋に居るんだろうか?


 扉の前で呆然としていたら、ヒヨが私に気付く。そしてそこからの行動は早かった。


「にゅうっ!」


 ヒヨが私に向かって勢いよく跳びかかって来る。

  ↓

 私、避ける。

  ↓

 ヒヨ、きっちり閉まってる扉に頭から激突。


「にゅ……にゅっぴぃ~~」


 扉の下で伸びてるヒヨを見たら、可哀想だったかもしれないと、罪悪感が湧いた。


「はぁ……。アンタ、どうやって私の部屋入ったの? っていうか千寿にはちゃんと言ってある? 突然どっか遠いとこにアンタが行ってたら、あの子心配するでしょ?」


 両手で造った皿で掬い上げるようにして目線を合わせたら、ヒヨは窓の方を短い手で指した。何かあるのかと思い、机の横にある大きな窓を見た時だ。


「お疲れミカちゃんを癒しに来ました! という訳で、今から私と一緒に遊びに行きましょう!」


 白いワンピースを纏ったサキが、いきなり窓から訪問して来ていた。

 ちょっと待て、鍵閉まってたはずなのにどうした? もしかしなくても壊したか?

 なんて問質す暇など無く、私は強制連行でサキに窓から引っ張り出された。

 もうどうにでもなれ。






 「……で、ここ何ッ!?」


 『どうにでもなれ』って思ったけど、これは予想外だった。サキによって連れて来られたのは、空に浮かぶ島だ。

 ラピュ○か? 『バル○』言ってみていい?


「此処は私の秘密のサボり場です。ほら、ミカちゃん気になってたでしょう? 私が何処にサボりに行ってるのか」

「気にはなってたけど……」


 辺りを見回してみる。

 フェアリー・ミードを超す幻想的な光景が、此処には有った。

 金の檻。いいや違う、蔦を模した金の籠に閉じ込められた草花と、


 キュォォオオオオン

 クォオオオオン


 ――絶滅危惧種と言われる竜達。

 此処は、無数の粒子が蛍のように飛んでいるから、もう夕方を越えた空なのにとても明るい場所だった。


「小さいのをいい事によく脱走しますけど、ヒヨちゃんも此処の住人なんですよ」


 へー……ん?


「ねえサキ、あんたって一応ヒヨの面倒見てるんだよね?」

「はい。卵から返しました」

「じゃあまさかここに居る竜達も……?」


 なんかもうどんなとんでもない事も受け入れられるので、馬鹿みたいな想像を口にしたら、サキは首を横に振った。


「此処で保護してはいますけど、ヒヨちゃんみたいに育成してる訳ではありません」

「あ、そうなんだ」


 そうだよね。ここに居る子達皆を一から育ててたらサキが私と同い年な訳無い。

 ……それにしても……。


「――綺麗」


 時間帯も相俟って、蛍のような光と、星の光に満たされた竜の楽園は、私の心をくすぐる物が有る。


「んふふ、ミカちゃんスッキリした顔になりましたね。連れて来て正解です」

「……そういうサキも、私の部屋に来た時と、ちょっと顔つき変わったよ」


 そう指摘したら、サキは「え?」と首を傾げた。気付いていなかったんだろうか? サキは、窓から現れた時、顔は笑っていたのだけれど、ほんのちょっと――口元の辺りをよく見たら、まるで泣くのを堪えているような顔だったのだ。

 それを言ったら、気まずそうに、サキは視線を泳がせる。


「……実は、ちょっと色々ありまして」


 数秒間を開けたら、ほんの少し俯いたサキから、「すみません」という謝罪の声が聞こえてきた。


「何が?」

「その……ミカちゃんを元気づけるとかどうとか言いましたけど、本当は、私が元気無かったのに、付き合ってもらおうかなって……思ってまして」


 ああ、なんだ。そんな事ね。


「そんな小さい事で一々謝らなくなって良いよ別に。――ところで、サキが元気無かった理由、聞かない方が良い?」


 自分が言って無いからフェアじゃ無いんだけれど、どうしてだか気になって口にしてしまった。


「初チュー奪われたんです」


 意外な事にケロっと返事が来たけれど、ちょっ……え!? まさかの色恋沙汰? 女子トーク!?


「彼氏いたの!?」


 変な連想ゲームを一人頭の中で繰り広げた結果、そんな事を宣ったら、サキは口を尖らせた。


「そんな訳ありませんよ。全く以て好きでは無い人に突然です」


 んなっ!? 何処の馬鹿野郎だいったい! 乙女の初チューいきなり奪うなんて全世界の女の敵じゃないか!


「明日は血祭だね」

「はい。元より惨たらしく殺す予定です」


 …………あれれ? この規格外の魔王候補様、今とてつもなく怖い事宣わなかった? 字面は私の言った奴の方が怖いイメージしたけど、この子の場合実力共なってるからだろうか?


「ミカちゃん。私ね、もう何も奪われたくないんですよ」


 一歩。私の隣にいたサキが、一歩前に出てクルリとバレエでも踊るように片足で回る。

 いや、それよりも『何も奪われたくない』って、どういう事だろうか?


「だから私、頑張りますね」


 その時、私にはサキの目が、ちゃんと私を映しているはずなのに全く別の人を映しているような硝子玉のように見えた。


 怖い。


 ……あれ? 私、何か変な子を今思わなかった?


「頑張るって? 何を」


 自分の思考に違和感を覚えたけれど、今は後回しにしよう。そう決めて尋ねたら「勿論、魔王になる事ですよ」と、返って来た。


「そういえば、小夜曲さんから聞いたんだけど、魔王になるとなんか貰えるんだっけ?」

「はい! そうです」


 クルクルと、サキは楽しそうに回る。


「そんなにしたら目ェ回して落ちるよ」

「あぅ、そういえば前も同じ事言われました」


 ん? おかしいな。私そんな事言った憶え全く無いよ。


「言ったんですよ」

「……っ」


 まるで小夜曲さんみたいに心を読まれて驚く。けど、それよりも……。


「ふふっ、憶えてないですよね。ずーっとずーっと前ですから」


 綺麗な蜜色の瞳が、空を仰ぐ。また、硝子玉みたいに、だけど。

 ……今度は、本気で思った。


「頑張りますよ。頑張って、『黙示録の原稿』を手に入れます。そしたら……ミカちゃん達と、心置きなく一緒に居られますからね」


 ――サキに対して、『不気味で怖い』って。


 キラキラ輝く竜の楽園で、サキは難無くピルエットを繰り返す。

 まるで、天使がそこに居るみたいでとても美しい。けれど……私の体は、小刻みに震えていた。


「サキ、『ずーっとずーっと前』って、どのくらい前?」

「五年程前でしょうか? よく覚えてないです」


 五年か……私は、よく覚えてる。

 やっぱり、言った憶えは無い、と。

 だってその頃の私は、今ほど面倒見良くなかったから。


「サキ……アンタ、誰の話をしてるの?」

「ミカちゃんの話ですよ?」


 ニコリと向けられた綺麗な笑みは、まるで鏡の向こうの人間みたいだ。

 背中に、冷たい汗が流れる感覚を覚える。

 ……まさか、とは思う。否、考えすぎだ……と、躊躇する自分の存在も認識してる。しかし、サキの言動は、ある一つの可能性を私に見せている。だから、どうしても気になった。ーー聞いて、みよう。


「ねえ、この世界が乙女ゲームだって……しってる?」


 刹那、サキの目が憤怒の色に染まった。


「はァ?」


 ヤバい。何がヤバいのか分からないけれど、私、死ぬかも……。


「ゲーム? この世界がゲーム? うふふ、あはははははは! ミカちゃんてば何を言っているんですか? 紛れもなく、此処は現実ですよ。とてつもなく胸糞悪い現実ですよ。死んでほしい人は中々死なないし、生きていてほしい大事な人はあっさりと死ぬ。そんな面白おかしくない理不尽な世界ですよ」


 竜達が一斉に空(といっても籠の最上部)に退避した。

 サキは勢いを止めない。瞳は怒りに染まったまま――否、狂気にに似た色まで混じっている。


「ゲームみたいな――夢物語であればいいと、私が何度願ったと思っているんですか?」

「サキ?」

「ミカちゃんは、どうしていつも受け入れないんですか? 蚊帳の外でいようとして、失敗ばかりするのに、どうして気付かないんですか? どうして……どうして――」


 サキの言っている事が、理解出来ない。

 『いつも』? 『失敗ばかり』? サキの言葉を繰り返し、頭の中をゴチャゴチャにさせる事しか出来ない。

 そしたら――何もできず、ただ言われるがままになっていたら。

 半ばヒステリックに叫んでいたサキの表情が悲しみの色一色に歪み、目尻に涙が溢れているのを、見てしまった。


「どうして何度もッ! あの人の死を無駄にして踏み躙るんですかッ!!」


 フッ、と。足の裏の感覚が消え、体が宙へと投げ出された。


 ***


 帝は跳び起きた。場所は紛れも無く自室のベッドの上だ。

 呼吸は荒く、寝汗は酷い。窓から差し込む陽の光に、そろそろ用意を始めなければ遅刻する時間帯だと知らされる。

 訳が分からない。

 あの幼馴染の最後の言葉は、竜の楽園は、全部全部――夢だったのだろうか?

 考えても、答えは出ない。


「……踏んだり蹴ったりだ」


 額に手を添えて、心底参った声で呟いた彼女は、まるで分からなかった。


『アンタより、日向の方がずっとマシだ。あいつの方が、この世界や人を真っ当に受け止めてるよ』


 自分がどうしたいのか。


『あっ……、そにょ()……! む、むゆかぃく(難しく)、カンガえなぃ……で!』


 何をすべきなのか。


『どうして何度もッ! あの人の死を無駄にして踏み躙るんですかッ!!』


 どうして色々な人に責められているような事を言われなければならないのか。


「訳分かんないっての」






 その頃。


「さぁて・と♪ それじゃあ、全部をいったんリセットしましょう!」


 とある学校の校舎を一望できる空の上で、女は高らかに言い放った。


 補足ですが、ヒヨも一応サキと帝に着いてきていました。空島に着くなり落ち着き無くテッテケテッテケ走り回りに行っていたため二人の会話には入らなかったのです。

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