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25.遁走

「ミカの場面→千寿の場面→日向&如月の場面」といった具合に、コロコロとシーンが変わります。


 余裕の笑みを浮かべる自称暗殺者。

 この男の言う通りだ。私は前世のことを思い出した瞬間から、前に比べて周囲の人間を生き物だと感じられなくなったと思う。画面の向こうの人だと思うようになったと思う。

 でも、だから何だというのだろう?

 それの何が悪いと言うのだろう? 見方がちょっと違っても、所詮自分以外は他人だ。


 迷惑さえかけなければ別にどう思っていようがいいじゃないか。

 悪いことしたら「ごめんなさい」と謝って、感謝したい時には「ありがとう」と言えばいい。それだけの事。今までと何が変わると言うのか? また何が変わったと言うのか? そもそもこいつにとやかく言われる筋合いが無い。

 ああ、もう何か凄く面倒臭い。


「ずけずけずけずけと。必要性を感じない人の本心見透かして楽しんでるところ悪いけど、結局あんたの目的は何?」

「あー、そうそう、それな。正直こっちも目的果たしたいんだけど……来ねぇんだわ」


 何故かやる気のなくなってきてる声だ。来ないって?


「今のタイミングであんたが回し蹴り一発くらいかましてくるかと思ってたし、やんなくてももうちょい煽って手ェ出すよう仕向けるから近くに来とけっつったんだけどねー。何処で油売ってんだか全く――」


 言葉が途切れ、代わりに破壊音が轟いた。

 私の視界に映るものがコンマ一秒刻むかどうかで全く違うものになっている……。

 殺し屋を自称した少年がいたはずの場所に、床が破れて潰れてめり込むほどの勢いで鎮座する――真っ赤な牡丹の描かれた白銀の錘。そして、それを振り下ろしたのは、白雪姫のような美少女、小夜曲得子だった。


「うわぁ……厄介なのがヤバい状態で出て来た」


 今のを避きったらしい殺し屋男が、体育館の出入り口付近で乾いた笑みを浮かべている。

 彼の声を聞くや否や、破壊した(さき)を凍てつくように見ていた小夜曲さんの目が、ギョロリと声の主へと移った。


第一体育館(ここ)に、人払いの結界がされていると報告があったので来てみれば……、害虫に気付かなかった自分が恥ずかしいですわ」

「害虫扱いかよ」


 小夜曲さんの周りで、藍と紫の魔力が今にも嵐を捲き起さんとしているのを肌で感じ取る。

 もしかしなくても、この人めちゃくちゃ怒ってる?


「ええ、前に手榴弾を投げられたもので」


 恐ろしい。この人に喧嘩売ったって事が。


「ところで土筆寺さん、お怪我などはございませんか?」

「な、ないよ」

「良かった、それだけが救いですわ。ほんの少し待っていて下さいね。サクっと粉微塵にしてきますので」


 黒々しい笑顔を浮かべる小夜曲さんの手には、やっぱり錘が有る。しかし、先程とは少し違う。床を破壊した瞬間は、錘は片手にしかなかったのだ。しかし、いつの間にか両手に有る。初めて武器を持っている彼女を目にした私は、何と返せばいいのだろう? 言葉に悩む。


「俺、まだ死にたくないからもう帰るわ」


 アッサリした殺し屋男の発言に、内心で「マジ!?」と驚愕した。

 そりゃこんな怖い人と対峙したくないだろうけど、何て懸命な判断!


「あら、そんな寂しいことを言わないでくださいな。死なせませんから」


 私だったら百パー帰る、いや逃げる。だってこの『死なせませんから』って、いっそ殺してほしくなる拷問フラグだよ。

 向こうも同じ事を察しているようだ。若干顔が青い。


「……最後に一つ、いい?」

「「遺言ですか?」」


 あ、私と小夜曲さんの声が重なっちゃった。


「違う。俺の散り際の言葉はかっこいいのをもう決めてるから――どわっ」


 小夜曲さんの片方の錘が、ちょうど今喋ってた奴の腹を突き破るように飛んで行った。紙一重で避けられ、またしても学校の一部が壊れる。錘が壁に突き刺さってクレーター作ってるよ。


「小夜曲さん、最後の一言くらい言わせてあげたら?」

「今のがそうだと思った故の行動なのですが、違いましたのね」


 あらまあ、と頬に手を当てた小夜曲さんに冷や汗が流れた。たまにこの人のお茶目なとこ見て可愛いって和んでたけど、認識を改めざるを得ない。お茶目怖い。超怖い。


「聞いてくれるっぽい?」

「つまらない事ほざいたらその場で粉砕致しますので、お気を付けあそばせ」


 すると彼は、私へと視線を向けた。


「アンタより、日向の方がずっとマシだ。あいつの方が、この世界や人を真っ当に受け止めてるよ」


 刹那、小夜曲さんが弾丸のように飛んでいく。

 彼女にとって『つまらない事』の範疇に入ったようだ。

 私はといえば……、言われた内容は大した事無いはずなのに、頭と胸の中にシコリのようなものが出来た気がした。


 そこから覚えたのは、現実と五感が乖離。

 気付けば殺し屋男の姿も小夜曲さんの姿も目の届く範囲には無かった。もうこの体育館で、地獄のリアル鬼ごっこを見る事は無いだろう。

 あ、後二分くらいで……チャイムが鳴っちゃう。


 ***


 唇と唇が触れ合う事。

 ――口付け。キス。接吻。


 理解した直後、千寿の行動は単純且つ音速にも匹敵した。千寿の制服のサマーセーターをめくり上げかけていた日向の手首を掴み、体勢を立て直しながら片手で投げ飛ばしたのだ。

 同時に周囲で雨宿りしていた鳥達が一斉に逃げる。突然の変化はそれだけでは無い。何事か!? と振り向いていた渡り廊下のギャラリー達も、首を少し傾げるだけなのだ。「人影が見えたんだけど?」とか「気のせいかなぁ」と、釈然としない面持ちで自分達の教室へ帰って行く。


 雨風に晒される中庭で、顔を歪めて這いつくばっている存在が居るとも知らず。


 「かはっ……」と、息を吐いた日向はドロに塗れた体を起こす。地面に叩きつけられたショックで頭が冷えたのか、完全に熱に吹かされていた瞳の色は半ば普段の物に戻っていた。

 代わりに、千寿の目が禍々しい色に燃えているけれど。


「我慢してたんですけどねぇ」


 その声に、日向の全神経が警報を鳴らす。

 これはヤバイ。ただ唇を奪われた事への怒りじゃ無い、と。

 普通科の生徒であるにも関わらず一瞬で展開した人払いの魔術。そして少女の周囲で騒めく魔力の色に、日向は目を見張る。


「七……色?」


 あり得ない。と、絶句する他無い。通常、種族に関係無く一個体が持つ魔力は一~三色、それが今世界で通用する常識だ。

 この少女が一体何者なのかは、もはや問題にしていられない。一刻も早く離れなければならない。正気に戻った日向は、震える足に鞭を打って動かそうとする。

 だが、それは叶わなかった。

 激痛が足の指先から足首まで駆け抜ける。

 見れば、ガラスのような氷によって、日向の足は地面に縫い付けられていた。


 ――万事休すか……。


 ゆっくりと歩いてくる千寿に、諦めかけた時、


「クソッ! 何やってんだよっ」


 足元の氷を目に見えない何かで砕き、日向を肩に担ぐ者が現れた。


「如月!? どうして――」

「こっちがどうしてこうなってんのか聞きたいよ! 夜曲得子に追っかけられてる間に何怒らせてんの!? 喧嘩売るにしても相手をもっと考えろ!!」


 如月は渡り廊下の屋根に跳び乗り、そこから本校舎の壁を蹴って学校の外に逃げられるよう跳躍する。

 学校内に比べれば、外は魔術の使用が制限される。無茶苦茶な捜索系魔法や遠距離攻撃的な魔術はされないだろうし、何より敵の根城(学校)より身を隠しやすい場所がいくらでも有るからだ。


「見つけましたわ」


 あともう一メートルという所で届いた鈴を鳴らしたような少女の声。そして僅かな差で、ヒュッ――と。真上から、如月の頭目掛けて錘が雷の如く落下してくる。


「チッ……!」


 舌打ちと同時に如月は空いている手で何かを掴み、それで水を防いだのだろう。鼓膜をつんざくような高い金属音の直後、彼は雄叫びを上げて錘の軌道を斜め下方向へ強引に変えていた。


 錘の落下地点――緑の葉ばかりの桜の木が一本倒れ、藍と紫の炎に焼き尽くされる。

 衝撃的な光景を目の当たりにした日向は、如月が手にしているものを確認した。しかし、どう見てもそこには何も無い。如月の手の形は何かを掴んでいるソレだが、他者には見えない武器なのか、如月が見せまいと魔術をかけた武器なのか、とにかく日向の目には一トン爆弾並に脅威と思えた錘を防いだ物が映らない。


「クソッ、失敗した」

「へ?」

「お前は気にしなくていいよ。それより出るから」


 二人は学校の塀を越えた。






 得子は、学校の塀の内側を全て囲む桜の木が一本減ったのを見て深々とため息を吐く。


「はぁぁ……。体育館の床、廊下の壁、そして桜の木。節度を忘れていましたわね」

「ナリちゃん」

「あら、千寿ちゃん。授業は――――あの、どうかなさいまして?」


 背後に来ていた千寿の顔を見るや、得子の表情に珍しく焦りと困惑が入り混じる。

 いつもの日溜まりのような笑顔は、そこには無い。ただただ冷たい――人形のような無表情が、ジッと塀の向こうを射抜かんばかりに見つめている。


「色々有りましたよ。業腹です。よりにもよって、日向さんが……剣の資格を得ちゃいました」


 得子は目をギョッと見開き、千寿は相変わらずの無表情のまま。しかし、とてつもなく忌々しいという響きの伝わる声で告げた。






 所変わって日向の自宅。


「うっわぁ。お前サイテー、ケダモノ、そりゃどんな女子も切れるわ」


 何があって千寿を怒らせたのかを聞いた如月は、白い目で日向を見た。


「だって! だって的神がぁぁあああ!」

「つーか中学卒業してんなら調子悪くなった原因分かんだろ。吸血鬼の牙の催淫効果だって」


 保健室行けば薬有ったよ。と呆れている如月だが、日向の方はもうそれどころでは無いようだった。体の調子は、市販の薬を飲む事で治っているのだが、精神面に多大なダメージ(※自業自得)を受けていた。


「何処の常識だソレ!? 中学で習わねぇよ!! あのド腐れ吸血鬼ッ、全部済んだら憶えてやがれぇえええ!!」


 ドンドンドンドンと、クローゼットを叩く着替え途中の日向の耳は酷く赤い。


「喋り方に素がでてるよ。……でも、男にしか興味ないと思ってたのに意外」


 カチン、と。その一言に日向の中の揺るがないものが反応を示す。――何故なら、


「オレはっ、本当は――」


 雪のような長い髪のウィッグを取れば、現れたのは蜂蜜とタンポポを混ぜたような短い金の髪。

 肌けた制服のブラウスからは、細細しいがモヤシと呼ぶには不相応で、見苦しくない程度に筋肉が付き腹筋も割れている体が覗く。

 そしてベリっと。襟に隠れた肌に張り付けられていた声帯変化の陣のシールを取った瞬間、狭い部屋に変声期を迎え終えた者の魂の叫びが上がった。


「――男なんだからっ、一服盛られたとこにあんな美少女居たら当然だろぉがあぁああ!!」


 そこに居たのは、ほんのり少女の顔に見えるよう化粧しているのを除けば、完全無欠に少年だった。



やっと、やっと……! 『彼女』を『彼』だと空かす事が出来ました!!

そして小夜曲さんの十八番の武器も出せたので今回は満足です~。

これからどんどん、色々とアレなミカちゃんを成長させていきたいです。

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