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24.図星


 名前もまだ知らない男子生徒に抱えられて拉致られた私――土筆寺帝は、ツヤツヤした木の床の上に、ぞんざいに落とされた。

 ぐわっ! 思いっきり頭打った! もっと丁重に扱ってよ……。


「そんじゃ、まず日向手助けの前に俺の用事済ませるね」

「は?」


 え、コイツ日向の関係者だったの? て事はゲームの登場人物?


「アンタさ、高咲千寿の『剣』?」


 言っている事の意味が分からず、私はどう答えられない。

 日向関係だから物騒系無しの乙女ゲーム方面の話が始まるかと思いきや、まさかのサキ関連か。……てか、ツルギ? そういえばサキと小夜曲さんがちょいちょい口走ってたっけ。まさかこんな事なるとは思ってなかったから、全然疑問に思わなかった事が仇になった。


「ツルギって、何の事?  私はそれが何なのかも分からないし、違うと思う」


 ジッと私と目を合わせた奴は、ため息と一緒に「嘘の気配は無し」と零す。


「剣は、魔王の配下のいわゆる幹部だよ。魔王を守る存在で、魔王の死と共に死ぬ」

「サキは、魔王じゃ無い」

「今は、だろ?」


 不敵な笑みに、本能が『ヤバい』と訴えかけてくる。

 サキと小夜曲さんが口走ってた単語出した時点で逃げるべきだった。コイツ、一般人なら記憶隠蔽されるような魔王関連の情報めちゃくちゃ知ってる。……という事は、だ。


「アンタ、もしかして魔王候補?」


 立ち上がったは良いが、足元から徐々に熱が奪われていくようなピリピリとした焦り。それを少しでも悟らせないように、私は真っ直ぐ目の前に居る奴を見据えた。


「そんなおぞましいもんじゃ無いよ。ただのしがない殺し屋」


 一見飄々としているけれど、私は気がついてしまった。ここ最近普通の女子高生から逸脱した戦闘訓練受けてるからだろう。コイツ……魔力が馬鹿みたいに高いし、多い。

 私と目の前のやつの位置関係はちょうど体育館の中心――そう、奥行き的に見ても幅で見ても丁度ど真ん中だ。そして相手は入ってきた体育館の正面出入り口側で、私は舞台側に立っている。舞台側にはちゃんと一つ非常用のドアがあるし、体育館の上は両サイドとっても割安そうなガラス窓だ。逃げようと思えば簡単に逃げられると思っていた。


 けれども、こいつの魔力がそれらの手前に丈夫な膜を張っているのが見えた。更には、私の周囲をみっしりと囲んで、しかも体を固定してくる。布団でギューっと簀巻きにされた挙げ句、ロープでグルグル巻きにされたみたいに息苦しい。何が『ただのしがない』だよ、このタヌキ野郎。つーか、魔王相手に雇われた殺し屋の枕詞がそんな平凡チックに収まる訳無…………ん?


「殺し屋?」


 前にサキが口走ってたアレ?


「反応遅くね?」

「ちょ、ちょっと視点が斜め上だっただけだから!」


 というかたぶん、日常的に出てくるワードの基準がおかしくなってきてるせいで、もはや『殺し屋』という単語くらいスルーしてしまう仕様に脳が変化したんだろう。


「ま、本人に自覚が無いのなら剣じゃ無ぇな。――俺が殺す必要は無い訳だ」


 分かり辛いけれど、どこかホッとしてるような口ぶりだ。


「ねえ、どうしてサキを殺そうとしてるの? あ、いや……商売なら依頼されたんだからアンタが直接恨み持ってる訳じゃ無いだろうから、その……うわぁ、ちょっと待って聞き方間違えたな」

「……依頼主の情報は守秘義務があるから」


 私が言わんとしている事は理解してくれたようだ。

 同時に「ああ、ですよね~」と、予想できていた応答に苦笑を浮かべざるを得ない。だが「――無理って言いたいとこなんだけど」などと少し間を開けてから切り出したので、思わず目を見開いて固まった。


「直接依頼に来たの(きった)ねぇオッサンだったんだ。だから特別喋っちゃおう」

「お前それ人としてどうなの?」


 裏稼業の奴に道徳性を求めるなんてお馬鹿な話だが、口が勝手に動いていた。

 抗えないツッコミ魂よ、妙なところで自己主張しないでお願いだから。


「いや~、だってさぁ。高望みはしない主義だから合法ロリぃなスーツっ()は諦めてたけど、夜になったら超エロい感じのキャリアウーマン期待してたんだよね」


 じゅうぶん高望みしてんじゃねーか!


「そこに油ぎった顔で体臭やばくて毛根死滅寸前のオヤジ来たらテンション下がるわ。せめてスーツの似合う七三分けメガネが来りゃまだマシだったのに」


 内なる私が断言している。気持ちはなんとなく分かるけれども、それを口に出しちゃぁならない、と。


「それにさ、高咲千寿の側にいれば、絶対知る事になる話なんだよね~。アレは、アホほど命狙われてるから。俺が依頼された理由と同じ内容で」

「最有力の魔王候補だから? それとも魔王の娘だから?」


 前者はサキが死ねば、他の魔王候補がその座に収まりやすくなるだろうと考えたから。後者は、サキよりもサキのお父さんの方が恨みを買っていそうだから、報復したい奴が多いと思って口にした。

 すると、返って来たのは予想外の言葉だ。


「魔王も魔王戦争も関係無いよ。つーか、本気で高咲千寿が何なのか知らないんだね?」


 明らかに馬鹿にしている笑みを向けられて胸の奥が騒ついたけれど、事実なので反論出来ない。


「アレは、一度世界を一瞬にして(ほろぼ)した正真正銘の化け物なんだよ」


 処理落ちしたパソコンみたいに、自分の顔から表情というものが抜け落ちたのが分かった。

 世界を……滅した? 何言ってんの?


「すぐに元どおりにして記憶の改竄やらなんやらしたから、よっぽど強い力を持ってる奴とか、そういう奴から話聞いてないの以外は知らなくて当然。でも、そういう訳だからアレは狙われてる。前にどうして滅したのかいくら調べても不明だし、またいつ世界を滅すか分からない危険因子だ。それに、アレは世界を構築する概念そのものに多少干渉出来る存在みたいでさ。このままだと、本人に世界滅亡させる意志なくてもまた滅ぶ。――本来あるべき世界を捻じ曲げてるから」


 青い目は今まで見た中で一番冷気を帯びていた。そして私はといえば、ただただ何も言えずにいる。

 この自称殺し屋男の言っている事が、あまりにもぶっ飛び過ぎていて理解出来ないから。否、理解なんてしたくない事柄だから。

 だって、最後の言い方ってまるで、


「サキが滅びの中心みたいに言わないでよ」


 自分の声が憤っている――それが不思議だった。だって『いきなり何言ってんのコイツ?』って、常識的に思う荒唐無稽な話だ。それでも、嘘では無いと頭のどこかが信じ切って、受け入れている自分が居るんだもの。


「でも、心当たりはあんだろ? この学校の状況…………特に、日向環菜の周囲」

「――――!」

「あ、目ぇ見開いたね。その反応を見るに日向の勘は当たってたって事だ」


 まさか! と、予想した事が当ると同時に一歩。私の意思とは無関係に右足が後ろへ下がった。


「乙女ゲームの舞台なんだって? この世界」


 ――――楽しそうに。愉しそうに。

 殺し屋は悪魔のように笑いかけてきた。


***


 日向は燃やされるような熱い物に負けていた。如月とミカが体育館に居る間に起きた予想外の事態のせいである。食堂のある本校舎と一年生の魔導科クラスがある校舎に挟まれた中庭の隅で木々と茂みの陰に体を隠して。

 好きでもない男とのキス――否、それ以上の不快で苦痛に思う出来事があったのだ。


「吸血鬼ってのは、知ってたけど……ぅぐっ」


 体中が熱い、熱い。

 熱が収まっていた頃――通常時の感覚が全く思い出せない。

 首元の二つの穴から流し込まれた不快な熱の根元に、日向は手を当てた。


 どうして、こんな事になった?


 的神を攻略はしていない。だが吸血鬼が配偶者や恋人にのみ行う吸血行為を日向は味わう羽目になった。ゲームにはなかった展開だ。というか、「あってたまるか」と誰もが顔を顰める話だ。世界観から言って吸血鬼の男が無理やり女子の血を吸うなど婦女暴行に等しい。


 食堂で普通に談笑していた時、的神の顔が近づいてきた時は戸惑ったものの『コレはキス!? 色々すっ飛ばして入るけれど、攻略のチャンス!?』と、抵抗しなかったのが運の尽き。日向は、周りの人間達が一切動いていない時点で不審に思い、気がつくべきだった。広域魔術が発動いていた事を。


 ポツポツ、ポツ……ザァァアアアっと。生温かい雨が周囲の葉を叩き、日向の背や頭も容赦なく叩き始める。


 ――折角、如月がお膳立てしてくれてんだから……行かねぇと。


 それでも日向は動く事が出来ないと、その場でどうすれば楽になるのか見当の付かない熱に苛まれた。






 それから十数分後、千寿は購買で買ったアイスを片手に渡り廊下を歩いていた。

 一年生の普通科クラスは、食堂と購買のある本校舎から見て魔導科クラスよりも奥の校舎にある。長く剥き出しの渡り廊下は中庭を一望出来て気持ちが良いが、雨の日や風の強い日になると話が別だ。生徒達は揃って湯鬱な気持ちで通るか、もしくは全く誰も通らない。

 今はつい先程まで晴れていたために、霧のように細かく勢いの凄まじい雨模様でも前者のケースを生み出していた。


 風の具合で斜め上方向から猛威を振るう雨水と、水溜りという罠は、まともな神経をしている少年少女には煩わしい以外の何物でも無い。よって、渡り廊下で列になって進む誰もが顔を顰めている。

 それでも、千寿には特に思うところが無かった。薄いチョコがパリッと貼り付けられたソフトクリーム型のアイスを幸せそうに口に突っ込んでいる。


 もぐもぐザーザーもぐもぐもぐザザザーびゅぅぅううん「はぁ……」もぐもぐザーザー「うっ……くぅ……」ザァァァアアア――――。


 千寿は、渡り廊下の終わる寸前で後ろがつっかえる事もお構いなしに立ち止まる。アイスを食べ終わり、口の中をもごもごと動かす必要が無くなった故か、雨と風に混じっていた雑音にやっと気が付いたのだ。

 音源は列になっている近くの生徒の物では無い。

 中庭にある木の陰だ。こんな雨の中何をやっているのかと、若干呆れながら彼女はそちらへ向かう。


「すみませーん。要らないお節介かもしれませんが、大丈夫ですかー?」


 植木の陰を覗き込みながら尋ねたサキは、そこで目を剥いた。


「だ、れ……っ?」


 そこに居たのは、言わずもがな日向である。

普段の千寿なら、その光景を目視すると同時に保健室へ連行しただろう。何せ相手は苦しそうにその場でうずくまり熱に浮かされた赤い顔で胸元を押さえているのだから。だが、


「ゴメン」


 体勢が一瞬にして崩される。

 千寿の体は、木の幹にもたれるよう根元に座り込まされ、手首は幹に縫い付けられていた。誰の仕業か? 日向以外に居ない。そして、千寿が抵抗して言葉を発するより先に――――ソレは、接触を果たしてしまった。


「――――ッ」


 最初、歯がぶつかった感触に眉を顰め、数秒後経って、ようやく千寿は現状を把握する。

 自分と日向の状況。それは、弁解の余地も無く唇を重ねているという、高咲千寿にとって、


 最も屈辱的極まりない事態であった。


 ***


 情報源は……聞かなくても分かるな。態々声に出してくれてたもん。

 ゴクリと、少量の唾を飲み込んで私は自分が言葉を発せるようにする。もう、怯んだりするもんか。


「日向さん気付いてたんだ。私には、それが意外だよ」


 声音は、なかなかうまい事、動揺を隠せたと思う。殺し屋男は肩を竦めていた。


「うん、俺もそう思ったよ。アイツ小賢しく画策するタイプに見せようとして、本当は馬鹿真面目な猪突猛進系だから。そういうの見抜くの下手そうなんだよね」


 馬鹿真面目な猪突猛進系ねぇ……。遠足前の熊の一件を思い浮かべたら、とてもそうには思えない。そんな正統派ヒーローみたいな性格じゃ無く、もっと陰湿なイメージだ。


「何千何万と存在するどの世界も、何かの形で繋がってるって知ってる?」


 突然何の話を始めてるんだ?


「そんなキョトンとした顔せず察しなよ。元異世界人」

「…………この世界じゃ、異世界がガチで確認されてんのね?」

「そういう事。んでもって、よその世界には他の世界の本来のあり方が伝わっている」


 つまりこの世界は、あの乙女ゲーム――『魔導大学付属高校の〈愛〉縁奇縁録』を成り立たせて初めて本来のあり方を保つ、と 。


「それって、私や小夜曲さんに『死ね』っつってんのでOK?」


 日向さんからこの世界が他所だと乙女ゲームになってる事を聞いたんだ。ストーリーだって聞いているだろうと踏んで問えば、殺し屋男は頷いた。


「そう、そう。けど、高咲千寿の存在がソレをめっちゃ歪めてんの。分かる?」


 槍があれば、即座にコイツの喉仏を抉ったに違いない。

 そう思うくらい気分が悪くなった。


「まさか世界の存亡かかってるから「死ね」って言われるなんて……」

「自己犠牲して悦にでも浸る? 天国とか地獄が有ればの話だけど」

「馬鹿がっ。そんなの、身勝手だとか迷惑だとか、とにかく誰が何と言おうと認められない」


 私は、自分の両腕じゃ抱えきれないくらいでっかいもんに翻弄されて、死ぬために生まれてきたんじゃ無い!


「自分が可愛いんだ?」

「当たり前でしょ。こっちは、私と私の周りっていう狭い日常で手一杯なの。世界の面倒なんざ見てられるか」


 たった二人、サキも入れて三人か。

 ――たかが小娘三人死ななきゃ成り立たない世界なんていっそ壊れちまえ。


「は~い。この世界をゲームとしてしか見てないご意見、ゴチソウサマでしたー」


パチパチパチ。と、戯けた振舞いを見せる相手に自然と目元が釣り上がる。


「別に、そんな事――」

「そんな事あるっしょ。だってお前、自分の周りの人間を生物じゃ無く『ゲームの登場人物』って認識で見てんだから」


 時が止まり、呼吸が止まったような錯覚を起こした。それは、正にこの男の言う通りだったからだ。


次回明らかになる事ですが、ミカsideと千寿sideには少々時間のズレがあります。

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