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22.子牛

今日は視点が、三人称→ミカとなります。


「困るのよね~」


 大きなパウダービーズクッションに体を預ける女は、目の前に浮かぶ四角い平面に向かって不満の声を漏らした。女の目に映っているのは握手を交わす日向と如月の姿だ。

 床に広げていた美しい青紫からブルーへと変わる夜明け色の髪。それを一本の三つ編みで束ねた女は立ち上がり、ガラス製のテーブルに乗ったスマホ――では無く、その隣のケータイ電話を持つ。


「私が見たいシナリオはそんなんじゃ無いのよ。私は、日向環菜によって『彼等』が幸せになれて、ついでにあの小娘に苦渋を舐めさせられる……そんなシナリオを希望しているのよ。邪魔だわ。邪魔だわ邪魔だわ邪魔だわ。とっても邪魔だわ彼、理想的な日向環菜がどんどん失われていくわ」


 女が不機嫌な低い独り言を口にする度に、その細い体から白い光が揺らめく。そのうち火花も散らしそうな光は、ボタンを押す指先からも漏れていた。しかし、女はさして気にせず番号を打っていき、耳に当てる。


「…………私よ。今すぐ皆を集めて。は? 私の我儘には付き合っていられない? 失礼ね、我儘じゃ無いわよ、本来の筋書きに戻すの」


 ケータイから、ギャーギャーと怒鳴っているような音声が響く。女は、その声が響いた瞬間に耳から離し「ああもう、これだから力の無い連中は」と、小さく舌打ちした。


「――いいわ。貴方達はそのまま、本来在るべき姿から外れて行く世界に気付かず間抜けに滅びればいい。そうなったら、私はもうこの世界を見限るから。私ってば、貴方達と違って力が強いから……たくさんの世界からお誘いを受けているのよね~」


 ケータイの向こう側の空気が、瞬時に変わった。


「……卑怯? バッカじゃないの? 私は脅している訳じゃ無いのよ。ただ真実を述べているだけ。そして私の実力は私のこれまでの努力の賜物。自分達の怠慢を正当化しようとするなクズどもが」


 また、声が響く。しかし今度は、女の顔にゾッとするような妖艶な笑みが浮かんでいる。


「うふふ、とりあえず話は聞いてくれるのね。ありがとう」


 通話を終えてケータイを閉じた女は、右手の人差し指で宙に短い一線を引く。すると、指先が通った箇所に光の線が残り、瞬時に上へと幕が上がるように四角い平面が出来上がった。先程、彼女が日向と如月を見ていた平面だ。握手をしている二人が映る平面を見る女の表情は、とても冷たい。


「如月君ねぇ。容姿は素敵だけれど、……やっぱり要らない」


 一拍置いて、今度は違う手の指先でまた平面を作る。そこに映っているのは、橙色の髪の少女――高咲千寿。


「何を被害者面してんだか。殺してやりたいぐらい邪魔をしているのは、貴女でしょうに」


 ***


 ガサリ……。


「ミカさん、今の音まさか……」

「全部言わないでリト」


 月曜日、学校へ行き鞄の中の教科書を机に入れた私は頭痛を覚えた。

 この感覚……すっごく嫌な事を思い出す。浮かれきっていた私の黒歴史。

 私が自分の顔を両手で覆っていたため、代わりにリトが机の中から教科書を出して手を突っ込んでくれる。

 出てきたのは…………あれ?


「リト、出してくれるんじゃないの?」


 手を突っ込んだままで、音源のブツを出す気配を見せないリトに思わず問いかけた。すると、ゆっくりゆっくり手を引き出して手紙の端のようなものがチラチラチラリと見え隠れ。


「何やってるの?」

「いきなり出したらミカさんが心臓発作を起こすのではないかと思って、心の準備期間を設けているんです」

「要らん不安を煽ってるから止めてくれない!?」


 心の準備どころでは無い。絞首台登らされてる気分になったからね!


「では……」


 リトが引き出した物は、ハートのシール付き封筒だった。


「ぎゃーッ!!」


 金剛力士の悪夢再び! と私が顔を真っ青にしていれば、封筒を持ったままのリトが無表情で「やっぱり心の準備が必要でしたね」と、スムーズにそれを開ける。えっ、キミが開けるの? しかも読み出したし……。


「…………」

「リ、リト? 嫌な思い出が蘇ってる私を気遣ってくれてるのかもしんないけど、一応私宛だから――」

「ミカさん、今日の昼休みは決して教室から出ないでください。出たら最後です。いいですね?」


 私宛のはずの手紙がビリビリ破られて、リトに凄みのある笑顔を向けられる。

 出たらどうなるの? なんて聞くのは躊躇われた。






「あれ、やっぱ席合ってんじゃん」

「へ? ……うわぁ」


 昼休み。私の席の前に一人の男子生徒が立った。

 聞き覚えのあるような無いような声で、不思議に思って顔を上げた私は目元を引き攣らせる。

 見覚えのあるヤツどころか、忘れられる訳が無い長身で黒髪、そして深海のような青い瞳の――


「糞メン野郎……」

「酷くね? 色々正直に言ったくらいで」


 涼しい顔で、そいつは開いている私の前の席に座る。

 ちなみにリトは部活のミーティング。サキはお弁当を忘れて購買に行ったまま。

 くそっ、中身さえ知らなければアイドルを鼻で笑えるレベルの顔だから周囲の視線が痛い。女子からはちょい嫉妬の目。男子からは戸惑いの目。

 たくもう、そんなにグサグサ刺さないでよ。私は黒ひげ危機一髪じゃ無い!


「で、何で呼び出したのに来なかったの? 手紙、気付くように入れといたはずなんだけど」

「あれアンタのか。見なくて良かった。優しい幼馴染がビリビリに破って捨ててくれたよ」


 口を開け、袋を開いて半分出した焼きそばパンにかぶりついた――はずだったんだけど、何故だろうか? 私の手の中にあったはずの焼きそばパンが、目の前の奴に取られてしかも食われている。


「もしかして宣戦布告してる?」

「いやいや、美味しそうだったから」


 ピキピキと青筋が浮かびそうになるのを押さえる。教室じゃ無かったら二、三発殴っていたに違いない。

 私の、私の昼ご飯半分も消えた!! 食べ物の恨みは怖いって知らないのか!


「わー、これ四百もカロリーある。こんなの常食してたらただでさえくびれも何も無い体系の中心部が出て来るよ?」

「よし。その喧嘩買った」


 バン! と私は自分の机を叩いて立ち上がった。自分の机を挟んでいた位置からずれてクソ野郎の隣に移動する。問答無用で蹴り倒してやると決意しながら。けれど、それを見計らった目の前の無礼者にいきなり腰から引き寄せられた。

 ……ん?


「俺、喧嘩じゃ無くて話し合いするために呼び出したんだよね」

「は? ちょ、ちょっと……?」


 ギュっと腰のあたりに来ていた腕に力が入ったかと思ったら、私の体が曲がる。

 んなっ! これって、傍から見たら私がコイツに寄りかかるってか抱き付こうとしてるように見えない? 見えない!?


「あの帝ちゃんがリア充の仲間入り!?」

「まさか、何かの間違いよ! じゃなきゃ幻覚魔法よ」

「そうだよ、ちょっと誰ふさけてんの? 同窓会で絶対一人だけ独身貴族のお局になってる土筆寺さんがイケメンとイチャついてる訳無いでしょ」


 やっぱ見えてたー! ていうか、クラスメイトの女子の皆さんそんな辛辣な事思ってたの!? 男子からは良く思われてないの知ってたけど、私のイメージ悪すぎない?


「……苦労してんだね」

「そう思うんなら放しなさ……うひゃ!?」


 お腹が圧迫され、足が地面から急に離れた。私はどうやら、立ち上がったコイツの肩に担がれたらしい。

 周囲のギャラリーが埴輪みたいな顔になっている。たぶん、私も今一瞬同じ表情だったに違いない。


「ま、待って待って! 何この状況!?」

「ドナドナ」


 私、どっかに収容される!?

 ズンズンと進んで行く最中、ジタバタ暴れてみても無駄だった。だって……だってこの最低野郎、この最低野郎っ! ボソっと「騒いだり暴れたりしたらスカート捲るから」って、空いてた手で人の両足押さえつけて、担いでる方の肩の手をスルスルスカートの方に移動させていくから!


「ていうかドサクサに紛れて尻触ってんじゃねぇよ!!」

「え? これ尻なの? つーか尻あるの?」

「お前には私が何に見えてんだッ、干物か!?」

「よく分かったね」


 憤りのあまりワナワナと体が震える。とてつもなく人目が集まる廊下で、パンツ丸出しの危機じゃ無ければ――いやもうこの際丸出されても良い! ブリューナクッ!! 今すぐブリューナク出てこーいッ!!


久々の更新なのに短くて申し訳ございません。

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