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21.二人

お久しぶりです。

 コトン


 鹿威しが傾いたのは、ほんの一秒程前だった。傾く寸前――それを合図に閉じていた目を開き、地面を蹴ったところでタイミングが重なる。

 女子高生の平均値を軽く上回る脚力によって高く高く舞い、肌を刺激する風をプールの水のように感じ始めたのは、ほんの数日前からだ。


 だが師曰く、水のように感じるうちはまだまだ素人。肌を叩くように当たる風は体の一部で、当たらない部分を足場や取っ手だと感じ、掴めるくらいにならなければ及第点は与えられないそうだ。……飾らず、率直に言わせてもらおう。

 無茶言うな。

 それは何か? 実際には存在しない神の見えざる手か足を生やせってか? と、師もとい小夜曲さんにツッコミを入れそうになった。実際には入れてませんよ。あの人、無駄に口答えしようものなら目潰しかまそうとするから。


 そうこう考え事をしている間に、やっと靴底が背の高い杉の木の枝を踏んだ。とてもしっかりとした枝なので、安心してついさっきまで居た場所がどうなっているのかを確認出来る。

 簡潔に言えば、そこの地形は変化していた。大きなシロクマと同サイズの針鼠が襲来したために。もう……ここまで来ると驚愕も感動も無い。「ん? ああもう給食の時間なのね。今日の献立何かな~」って、小学校数年目の平日の感覚だ。非常識慣れた。常識は日々壊されるもんだと悟った。


「キュオオオォォォオオオン!!」


 巨大針鼠が泣くと、木々が騒々しく揺れた。

 う、うるさっ! 針鼠が実際どんな声で泣くのかは知らないけれど、たぶんこんな超音波攻撃みたいな頭に残って耳鳴り引き起こすような声じゃ無いはずだ。


「キュゥゥウウウウウン!」


 こんな大音量で無ければもっと聞いていたかったかもしれない可愛い鳴き方だが、もうお帰り願おう。こんなの聴き続けてたら両耳から出血する。

 今日も今日とて、私はブリューナクでは無い槍を構えた。鉄の銀色に、滑り止めに持ち手の赤が目立つ細い槍は、訓練用にと小夜曲さんから支給された物だ。


「キュ――――」


 またあの声聞くのは嫌!

 その思いが、枝から飛び降りる私の速度を上げた気がする。


「もう――いいっちゅうんじゃァ!!」


 思い切り、脳天をぶち割る気で槍を振るった。投擲は楽だけれど、万が一外れたら後が怖いので手離せなかったからだ。

 硬い手応えと、気持ち的にはあまり良くない音が槍を通して直に伝わる。

 当たった。今日のノルマ達成! ――と、本気で思った矢先だ。


 まだお昼にもなっていないし、雲だってそんなに無い良い天気なのに……。

 陰りが出て、私を中心に少しずつ少しずつ、薄暗い範囲が広がった。


 ヒュルルルル~~……


 あ、これ凄く嫌な予感。

 真上を見上げてみる。楕円形に尖った鼻先と、豆みたいな手足が付いた――でっかいお腹が降ってくるじゃぁないですか。


 どっごーんッ!!


 来世は雲がいいなぁ。空を移動してるだけで良さそうだから。






 真っ暗だった世界が白くぼやけ始め、体が敷布団の上に寝かされている事を自覚した。壁にかかっている時計を見れば、お昼ご飯直前の時間だ。モフモフでプニョプニョなお腹に押し潰されて気を失ったのは、約一時間前の事だったらしい。


「完っ全に油断したなぁ。いつも一体だったから」


 まさか、あんなのもう一体ぶっ込んでくるとは思わなかった。と呟いた瞬間、襖に人影が映った。シルエットからして女の子のものだ。

 今日が土曜日で、現在地が某御令嬢のとこの別邸。屋敷の人員は私を除けば執事とお嬢様のみ。という事は、襖の向こうにいるのは――


「今日のお昼は、鯵のたたき丼と潮汁ですわよ」


 お嬢様、つまり小夜曲さんしか該当しない。

 香山さんでは無く、小夜曲さんがわざわざ昼食を運んで来てくれたのが意外だけれど、そんな些細な違和感は腹ペコ虫に消し飛ばされる。

 特製ダレと、ネギや胡麻といった薬味や刻み海苔のかかったピンクの鯵いっぱいの丼。白い湯気がゆらゆらしてる鯛と玉子の汁物。それにお漬物が少々。

 これ、絶対美味しいよ! 不味い訳が無い!


「――と、その前に」


 小夜曲さんが一度内容を見せつけたお盆を遠くにやる。

 あぁぁああ~~! まってー、視覚だけでももうちょっと摘み食いさせてぇ!


「今日はいつもに比べて集中力が欠けていたように見えましたわ。何か有りましたの?」


 心の中でシクシク泣いてる私の顔を心配そうに覗き込む小夜曲さん。


「え? そうだった?」


 思った事をそのまま口にする。私ってば集中力欠けてた?


「先週までの様子でしたら、もう二、三体追加してもボロ雑巾に出来ると見込んでいましたのに、たった一体擬似魔獣を増やした途端こうなるなんて……」


 『擬似魔獣』とは、一定範囲でのみ行動可能な文字通り偽物の魔獣だ。私が訓練する際、小夜曲さんは必ず何か凶暴な擬似魔獣をぶつけてくる。触ったり聞いたり見たり――五感で受け取る情報はかなりリアルだけれども、擬似魔獣は決して相手を殺せないからだ。軽傷から重傷までは負わせるが、完全に殺す目に遭わせれば擬似魔獣を存在させるための空間術式が木っ端微塵にし、殺されかけた方は、マジで死ぬ前に高性能な回復魔術で復活出来る。そういう点から自衛隊でも使われているらしい。


「いやいや……私、小夜曲さんが思ってるほど万能じゃ無いからね?」

「万能だとは思っておりません。ただこのままでは、非常時にブリューナクを出せなくて困るのではないかと」


 ん……? 今、かなり初耳な事聞こえなかった?

 私がそう思った瞬間、小夜曲さんが「は?」と、怪訝半分・呆れ半分な目で見てきた。


「今の貴女、とんでもなく魔力が低いんですのよ。だからあの槍をお貸ししていたのです。まさか全然気付いていなかったなんて」

「…………えー」


 地味にショックだ。ブリューナク無しで無謀な戦い強いられてるのには何か理由が有るのだと思っていた。けど、そんな……そんな『ただ私が出せなかった』っていうくだらない理由だったなんて!


「……っ」


 本当に出せないのかどうか試そうと思って、また新事実が発覚する。

 ブリューナクの出し方が、分からない!

 あの時、自分の体がチート化した日、私どうしたっけ? 木の上で機械っぽい声が聞こえて、身体能力がS-とか月属級魔力の使用が可能とか聞いて、ヒヨがなんか勝手に返事して……駄目だ肝心なとこ全然思い出せない!


「ブリューナクの出し方が分かるまでは、土筆寺さんを一人に出来ませんわね。――千寿ちゃんが魔王目指す事に乗り気になったようですし」


 あ~……なんか突然言い出したね。魔王になるの頑張るって。


「魔王ってさ、ご大層な職業(?)なんだろうけど、なるとどういうメリットがあるの?」


 この世界が、もっとRPG感満載で中世ヨーロッパっぽい建物が普通で、カタカナ文字になるような地名が当たり前のハイ・ファンタジー世界ならだいたい想像がつく。凶暴な魔物の軍隊駆使して世界中を恐怖のどん底に陥れる財力と権力持ってまーす! みたいな。

 しかしながら、ロー・ファンタジーに振り分けられるような世界の魔王って、すっげぇ! ってイメージはなんとなく有るけれど、正直どう凄いのかよく分からないのだ。


「そうですわねぇ。私の知る魔王と呼ばれる存在は、裏の世界の頂点であり、あらゆる国の経済・政治・法律そのものと呼ばれる……歴史を生み出す者です」


 あれ? 何故だろう? 急にお腹が冷えて来た気がする。小夜曲さんの笑顔が冷たくて怖い!


「様々な革命の種を蒔き、必要とあれば麻薬を広め、ある時は戦争を起こし、またある時は銀行――」

「ごめんなさい。誠に勝手ながら、怖くて怖くてしょうがなくなったのでもう聞きません。お手数おかけして本当に申し訳ございません」


 開けてはならない世界の裏側をうっかり覗いて処分されるのは嫌だ。


「クス、そうですか。では簡潔に言いましょう。メリットを問われましたら、世界征服で一生安泰でしょうか?」


 ……あと、大体分かった。どんな所でも、魔王って世界を恐怖のどん底に突き落としてるね。

 サキがそんなのになるのかぁ。あの脱力するマヌケ笑顔の子が…………想像、つかないなぁ。


「あら、千寿ちゃんは土筆寺さんが思っているほど優しい子ではありませんわよ?」

「それは知ってるよ」


 知りたくなかったけれど。

 それにもう一つ、大馬鹿だと思ってたけど、実はそれも間違いだって事も知ったよ。


「ま、千寿ちゃんの狙いは、世界征服では無いでしょう」


 小夜曲さんの瞳は、此処では無い何処か遠くを見ている。


「そうなの?」

「ええ。魔王候補者の半数はそうですから。どうやら魔王になると、とても魅力的な魔術道具の所有権が手に入るようですの。彼等の狙いはそれですわ」


 その魔術道具がどんな物なのかは、小夜曲さんも知らないらしく、決してそれを教えてくれない千寿に対して、


「どうして必死になって魔王を目指すのか、それを教えていただけないうちは……実は信用されていないのかもしれませんわ。千寿ちゃん自身、気付かない部分で」


 ――悲しそうに、笑っていた。


 ***


  必要最低限の家具しかないアパートの一室で、少年は菓子を食いながら小さなテーブルを挟んで日向と向き合っていた。


「ふーん、乙女ゲームねぇ……。『病院行ってこい』って、言いたいとこだけど」


 馬鹿にした風では無く、冷静に――むしろちょっと眠そうに自分の方を見た少年に、日向はギュッと青いクッションを抱き締める。


「だから言いたくなかったのに」


 ボソっと横を向いて呟いた日向の表情は、当然ながら引き攣っていた。

 とある事情から、日向は彼に全てを話したのだ。


「俺、抜きゲーは得意なんだけどなぁ」

「綺麗な顔してんのにクズの極みッ!」


 バン! とテーブルを叩いた日向を「まあまあ」と、少年は宥める。


「綺麗な顔してても所詮は男だから。むしろムッツリじゃ無い事に好感を抱け」

「会って間もないオープンエロに抱く好感は持ち合わせてねぇッ」

「言葉遣い汚くなってるよ」


 お前が馬鹿な事言いまくるからだろうが!! という怒鳴り声はギリギリで抑えた。このアパートは音漏れする事が多々有るため、ご近所に聞かれる可能性を恐れたのだ。


「とりあえずそのクソビッチの設定もう変えたら? 本来のシナリオから色々破綻してるんでしょ?」

「破綻はしてるけど、今更変えたら攻略キャラに不審に思われそうだし、これ以上何かを変えて修正が完全に不可能になるのは怖いもん」


 少年の瞳が細くなった。


「『怖い』……ね。でも、今までのやり方で駄目だったんだ。新しいやり方取り入れなきゃ駄目っしょ」

「でも――」

「お前は何しに此処に来たんだよ? 助けたい奴等が居るんだろ」


 日向は反論するために開けた口を固く閉ざし、何も言えなくなる。そんな彼女に一度は厳しい言葉をぶつけた少年だったが、ため息を小さく吐きどこかぶっきらぼうに一言。


「その気持ちがちゃんと有るなら、協力してやる」

「……良いの?」


 少年が肩入れしてくれる事が余程意外だったらしい。日向の目が、無意識にいつもより開く。


「お前が喧嘩売る相手、マジで怖い奴だからね。美味いもん食わせてもらっといて死なれたら気分悪い」


 言い終えるなり袋の中に入っていた最後のチョコレートスナックを摘まんだ少年は、日向に手を差出した。


「俺は、如月菊刃(きさらぎ きくは)。しばらくの間よろしくね、相棒」

「……うん。よろしく」


 この時、日向は気付いていなかった。自分が、攻略キャラ達には全く見せた事の無い本当の笑みを浮かべていた事に。


今年は何かと大変なので、更新が滞る確率高いです。

ですが、なるべく頑張ります。書きたい事いっぱいありますから!


補足:最初の方に出てきた雑木林は、小夜曲家別邸の庭の一角という設定です。実は山も入っています。

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