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19.放送

「――ちゃん!」

「――ちゃん助けて!」

「熱いよ! ――ちゃん!」


 少女は、同じ夢で毎朝飛び起きる。

 ベッドと机、時計。必要最低限の家具しかない簡素な部屋で、少女は荒い呼吸と異常に早まった鼓動をどうにか抑える。


「大丈夫……大丈夫。――――絶対に、助けるから……」


 誰を裏切ろうとも。

 どんなに他人の大切なモノを踏み躙ろうとも。

 自分の全てを犠牲にしようとも。


 日向環菜は、いつもいつも己を追いつめるように暗示をかけて支度を始める。


 ***


「うっま! 環菜は料理上手やな~」

「えへへ、ありがとうございます椿原先輩」

「この卵スープ、果物が入っているけれど以外と美味しいね」

「良かった。的神会長に気に入ってもらえて。あれ? 椎倉君は食べないの?」

「いや、ええっと、いただきます。――あれ!? 食べ物だ!」


 何だろう? このリアクションに困る光景……。

 本来なら「猫被ってじゃねぇぞこのアマが。しかも全部自分一人の手柄にしやがってよぉ」と思う所だが――今、目の前の美少女とそこに屯するイケメン三人は、どう見てもゲテモノ料理を口に入れて談笑しています。


 はい皆さんこんにちわ。調理が済みました家庭科室の一角から、土筆寺がお送りしています。

 まず日向さんの右に黄緑の神の爽やか系スポーツマン椿原町彦(つばきばら まちひこ)の姿があります。「お! 良い匂いしてる思えば環菜()るやん!」と、廊下の窓から侵入してきた一学年上の先輩です。今はモロ授業中なのですが彼は教室を抜け出し何をしていたのでありましょう? とりあえずムカつくから死ね。

 そして、左に的神蓮沙。生徒会長を務める物凄い髪色している腹黒系ショタです。この人にいたってはいつからそこに居たんだか全く気が付きませんでした。でも一つ言わせて、お願いだから私の事をチラチラ気にするの止めて、と。

 それから更にその隣に椎倉のアホが居ます。もう死ね、とっとと死ね、可及的速やかに死ね。


「今、土筆寺さんから酷い罵倒を浴びせられたような……」

「気のせいだよ。それよりお腹の具合は大丈夫かな椎倉(笑)?」

「大丈夫だけど最後に要らないもん付いたよね!?」


 ふむ。どうやら幻覚の類じゃ無く、本当に問題無く食べれているようだ。

 しかし、出ている料理の見た目はどれだけ味がまとも(仮)であっても抵抗せざるを得ない恐ろしい有り様である。緑色で酸っぱい臭いのしている餃子。コンソメ風味の匂いが漂うフルーツポンチ卵スープ。そして何かの脚がピクピク動いているレインボーな炒飯。

 普通の顔して食った二名様すっげ。私なら異臭放ってる餃子勧めてきた奴の顔面なんて殴り潰すわ。何なの? 攻略キャラの舌はこの時ばかりはお飾りになると言うの?


「ミカさん」

「あ、リト――何その炭?」

「僕の作った餃子なんですけど……」


 リトの背後にシュンと耳を伏せてる子猫が見える。

 ああ、これ食べないと自分自身の罪悪感が襲ってくる流れだ。


「しょうがないなぁ。一口くらい齧ってあげる」

「ミカさん」


 プニョン…………。


「リト君や、コレ何だね?」


 炭化した餃子かと思いきや、死ぬ程苦いけど食感プリンみたいな謎の物体に一瞬吐きかけた。


「女性の顎の力を考慮して丁寧に焼きました」

「何その考慮!? 味と食感がマッチしてないとゾワっとするよっ、もっと考えろ!」

「ミカさんは男性用のゴリゴリしたのが好きなんですね」

「出来れば焦げてない普通のが望ましい」


 私の周りにはサキ以外お料理壊滅してる奴ばっかりか。

 と、そこで私は米とぎの話からもう破綻していた一番ヤバいお嬢様が消えている事に気付く。

変だな、さっきまでその辺に居たはずなのに。


「私が作った物を私が差し出した時は一口も食べないくせに、日向さんの時は食べるってどういう事ですの颯太郎?」

「そ……それは今までお前の作った物が有害廃棄物だったからでぃいいいやああああああ!!」


 …………。

 女王様と犬は通常運転ですね。

 もう何も言うまい。


 その時、放送が鳴った。


 何処か悲しく、けれど――とても情熱的な恋の歌。


 ……って、この歌『まど愛』の主題歌!


「高咲さん!?」


 突如、知らない女子生徒の驚いた声。それにエプロンを脱いだサキが、廊下に飛び出す姿が視界に飛び込んでくる。

 何事かと咄嗟に声をかけようとしたけれど、それより先に異常な環境に包まれた。

 誰も、微動だにすらしていないのだ。それは肌に触れる空気の動きすら。音も、外から運動場から届いていた他クラスの生徒の声や鳥の声が止んでいる。放送されている主題歌以外、聞こえない。


「どうやら彼女、時間を止めたようだね」


 音も動きも無い世界で、微かに愉しそうな声がした。声の主は、的神だ。彼はコンコンと、マネキンみたいに固まっている椎倉の額をノックし、今も尚曲を流すスピーカーを見上げた。


「この歌……よほど彼女の癇にさわったらしいね」


 自分には安っぽい歌にしか聞こえないが。と付け足す的神は、私に笑みを向ける。こんな状況で無ければイケメンに微笑まれて胸が高鳴ったに違いない。だけど、私に向けられている笑みからは、胸とお腹の底から凍えるような恐怖しか覚えられない。


「で? 君はどうしてこの魔術の中で動いていられるんだい?」

「それは、的神……先輩にも言えますよね?」


 後ろに一歩下がろうとした足は、私の言う事を聞かなかった。

 どうして? と思った時には手も顔も動かせず、私はある設定を思い出す。

 的神蓮沙。彼には『魅了(チャーム)』という能力がある。それは、獲物と定めた生き物を逃さないための――吸血鬼が生まれつき持つ力。


「俺? 俺は彼女と同じ立場の人間だからさ」

「……っ」


 歩み寄った的神の手が、私の頬を滑る。

 彼の体温は、とても冷たい。魅了が効いていなければ、弾かれるように逃れたのに。瞼が動かせず、睨む事さえ儘ならないのが腹立たしい。


「魔王候補の一人、と言えば分かるかい?」


 蠱惑的な赤い舌と鋭い牙が的神の唇から覗いた瞬間に「もしかして私、めっちゃピンチじゃない?」と、ようやく気が付いた。


 ***


 騒々しい音と共に鍵のかかっていた放送室のドアは破壊された。

 ドアを蹴破った事が一目で分かる大勢だった千寿の瞳に、今放送を流していると思わしき生き物は映っていない。

 つまり、誰もいない。

 それを認識するや否や、千寿の怒りは頂点に達した。八つ当たりとしか表現しようのない多大な魔力が爆発的に放出され、室内含め辺り全てが丸焦げになる。


「はぁ……はぁ」


 憤りの余り爆発した魔力の影響で、千寿は呼吸を荒くしていた。そして、どうしようもなく暴れ回りたい衝動を必死に抑え込んで一歩一歩、焦げ臭い放送室の床を踏みしめる。

 黄金色の大きな瞳に、何度かとある少女の付近で見た記憶の有る小さな猫のキーホルダーが映り込むまで。


「――どうして……」


 千寿は無意識に頭に触れた片手で自分の髪をグシャグシャに握り、


「どうしてどうしてどうしてどうして、どうしてッ!! 私の邪魔ばかりッ!!」


 ――まるで獣のように、咆哮を上げた。


今回は文字数がとても少なかったです。申し訳ございません。

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