01.入学
入学式の日の話ですが、式の後の話です。
「占い同好会とか興味ありませんか~?」
「新聞部、見学だけでも大歓迎でーす。お菓子用意してますよ!」
「あ、貴女の髪飾りもしかして手作りじゃない? うちの部ならレジンアクセの材料費が学校から出放題よ!」
入学式を終えれば、普通の学校ならば次に新入生が向かうのは各自の教室だろう。前世の記憶では、これから一年一緒に学ぶクラスメイトの自己紹介や、担任からの明日の知らせを聞いたりして、初登校日が終了した。
だが、此処――魔導大学付属高校は、ちょっと違う。教室に行く前に、新入生にはやるべき事がある。それが、私が今わざわざ部活動の勧誘ラッシュを乗り越えている理由、『魔力鑑定』のクラス分けだ。
学校名のせいで誤解される事が多いが、生徒全員が魔導(※魔術や錬金術の類)を学べる訳じゃ無い。
この世界の生き物全てが、それを学ぶための魔力を持っている訳では無いからだ。特に人間は、元々魔力に頼る生き物では無いので、魔力を溜め込む機能が他の種族よりも些か劣っていると、小学生の時に習った。
「ああー! やっとミカちゃん見っけですー!」
「ぎゃふっ!?」
有名どころの初詣の列と変わらない場所であるにも関わらず、急に背中から重力がかかる。
し、心臓飛んでいくかと思った……。小さい頃、いきなり背中にボールぶつけられた事を思い出した。
こんな人混みで、後先ってか、周りの人の迷惑考えずに私の名前を口にし、飛びついてくる女は一人しかいない。
「サキ……」
背後から私の首に腕を回しているその子を思わず睨んでしまう。
幼馴染第一号、高咲千寿ことサキ。
太陽と月に愛されたような橙に輝く長い髪。真珠と白磁を溶かしこみ、それでも冷たさは無くミルクの温かみを浸透させている肌。黄玉の海に、満天の星々を散りばめた丸く大きい黄金の瞳。
ハッキリ言おう。彼女はゲームに一切登場しない存在であるにも関わらず、ライバルキャラとヒロインをぶっち切って可愛い。私なんて霞むどころか、砂になって風化していきそうなくらいに差がある。頭の中お花畑の残念系で、胸がデカすぎてたまに殺意の湧くお馬鹿だけども。
「朝から探してるのに全然見つからなくて寂しかったんですよ」
サキは私の背からクルリと。器用にも人と人の感覚が殆ど無いに等しい隙間へ体を滑り込ませ、前方に立つ。
「探してたって……今朝、通りすがりのトラックの荷台でドナドナされてたでしょ? 今日はもう学校来ないと思ったんだよ」
「み、見てたんですか!?」
恥ずかしそうに両手で頬を覆うサキに、乾いた笑みで頷く。
経緯はサッパリ分からない。けれど登校中、背後から私を追い抜いたトラックから聞こえてきた……あの「ひゃー」とか「ぴぃー」とかいう間抜けな悲鳴は、今も耳に残っている。
「あんまり聞きたくないけど、一応聞こうじゃないか。……なんであんなとこ乗ってたの?」
「小学生の男の子達が、止まっていたトラックに忍び込んでいたのに気づいて『ダメですよ~』って、私も乗って降ろしたら……」
サキが降りる前に、トラックが動いたと。ツイてない――じゃ無くて、ちゃんと確認しろ運転手。
「海が見えた時はもうダメかと思いましたよぉ」
「ちょっと待て。アンタいったい何処まで行ってどうやって帰って来た?」
呑気な笑顔だけれども、聞き捨てならない単語が出た気がする。
海っつったよね? 海って……!
「まあ細かい事はさて置き、一緒のクラスになれたらいいですね!」
この辺り、海とは無縁に等しい環境なのに、今のは細かい事だろうか……。しかし私は、その話をあまりほじくり返しそうとは思わなかった。
私も、何だかんだ言いつつサキと同じクラスになれたら良いと願ってるから。
けどなぁ、もし私の知っているゲーム通りになってしまうなら、私は主人公やライバルキャラと同じ魔導科に行く事になる。サキは、多分そこには居ない。
だってこの子、今まで魔力持ってる素振り無かったし。
そもそも、みたいな絶世の美少女が同じクラスだったら、何かしらの形で登場するよね。モブにする奴は頭がおかしい! 前世の友人が熱弁ついでに見せてくれたファンブックで、キャラ達の容姿は覚えている。けど、この子一人いたら物語それで完結するよ! ヒロインも悪役も要らないよ!
「ミカちゃん? いきなり拳握ってどうしたんですか?」
「気にしないで、殴ろうとか思って無いから」
「あれ? その発言、気にせざるを得ないですよ?」
ウルウルと涙目で私を見つめるサキから目を逸らす。
違うこと考えよう。そう、大事な事、大事な事――……ううっ、泣きたくなってきた。
入学前に何か策を練る事が出来れば良かったんだけど、なんて後悔しか浮かばない。
しかし私は、生憎と魔力の『ま』の字も今まで感じた事が無かったのだ。魔力の有無の誤魔化しとか出来る訳が無い。かといって、魔力鑑定を受けず普通科に行くための裏技を発見出来るほどの頭脳も無い。
魔力鑑定は、ビー玉のような魔術道具を片手で握りしめて行う。魔力持ちが握ると色が赤や青など、個々人が得意とする系統の色に変化する仕組みだ。安易だけれど、青色は水。赤色だと炎。茶色が土で緑が風。そこに時たま治癒が得意な白や、幻覚の紫などが入る。
私はどうやら、この鑑定で幻覚系統の魔術を使える事が判明してしまう。
どうせなら、もっと派手な炎や風が良かったなぁ。
ぼんやりとそう思った時には、多目的ホールの出入り口をくぐっていた。
「列になってくださーい」
広々とした多目的ホールの奥に、長方形の机が連なって出来たカウンターがある。そこに首から名札をぶら下げた白衣の大人達が、八人ほど並んで座っていた。
彼等は学校の先生では無い。鑑定の魔術道具は、便利だがまだ量産に至っていない貴重な物だ。普段から然るべき機関に保管され、取り扱いもそこの人間に任されている。
彼等と同じ数の列の一つに、腕章を付けた先輩によって私達は誘導された。
並んでいる間の時間はサキとお喋りして潰す事にした。
そういえば、ゲームだと私の前に並ぶのはサキでは無く、ライバルキャラみたいな事を前世の友人は話していたっけ……。
ん? と、……い・う・こ・と・は? これ大事なフラグが一本折れたんじゃ無い? もしこの場面で、土筆寺帝がライバルキャラの取り巻きになるのだとしたら!
「……無色。普通科。1-D」
サキが握った魔術道具を確認した男性が、淡々とした口調でクラスを告げた声が耳に入る。やっぱりサキは普通科だったか。
「次、土筆寺……帝さんね」
私の生徒手帳を確認しら男性から、魔術道具を受け取る。
ギュっと握って…………。
手を開いた瞬間、私は内心で目を剥いた。
魔術道具の色が変わっていなかったのだ。
「無色。普通科。1-D」
マジか……。私、死亡フラグから吃驚するほど順調に逸れていってる?
「やりましたねミカちゃん。同じクラスですよー!」
「……う、うん」
サキが私の両肩を持って、嬉しそうに揺らす。本来なら「酔っちゃうからストップ!」と叫ぶ所なのだが、今はその気が起きない。
私は、決めつけ過ぎていたんだろうか?
ゲームの展開通りになると。ゲームが始まる今の今まで何もしてこなかったのだから、自業自得だと。
だが、あまりにもサクサクと知識と異なる方へ向かう。何だこの強運?
「これでいつでも宿題写せます~」
「アンタの狙いはそれか」
自分でちゃんとやれ! と軽く小突くと、サキは頬を風船のように膨らませた。
「むぅ、それだけが狙いみたいに言われるのは心外です。ミカちゃんと同じクラスになれた事が、純粋に嬉しいんですよ。同じクラスなら春の遠足一緒に行けますし、他の行事予定も合わせやすいし。ミカちゃんが困ってる時に相談に乗れますし」
くっ……、なかなか嬉しい事を言ってくれるじゃないか。
トラブルメーカーだけど、本心からこういう事言ってくるから、サキの事は嫌いになれない。こっそり天使の羽が付いてるタイプの子なんだよね。
「あ! そうだ聞いてください!」
「ん?」
「実は、少し前にお友達になった女の子もこの学校に来ているんです。すっごい美人さんで、是非ともミカちゃんに紹介したいんです! お、噂をすれば……」
サキが「此処ですよー!」と、やや遠くに居る女子生徒に手を振る。
暗い星々の海と、黒水晶を思わせる色の黒髪。大きく、凛とした瞳は野山で伸び伸びと育った鮮やかな桔梗色。肌は新雪の白。まだ幼さが見受けられつつ、牡丹のような華やかさと上品さを醸し出している女性の顔立ち。
サキが紹介したいらしい存在は、私が関わりたく無い人、ナンバー1。
存在自体が死亡フラグ。私の知る『この世界』の重要人物――小夜曲得子だった。
ふっ……天使の羽? 前・言・撤・回。
「テメェは死神か何かか! あア!?」
「みゅぎゅあああああああッ」
マッハでサキの顔面にアイアンクローをかけた。
土筆寺帝→帝→ミカド→ミカ
高咲千寿→高咲→タカサキ→サキ
『セン』にすると、どうしても某神隠しを思い出すのでこうなりました。