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17.予約

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 私は、自ら危険だと分かっている場所にダイブするほどチャレンジャーでは無い。と、思っている(つい最近、無謀にも魔獣なんぞに立ち向かった事はさて置き)。だから小夜曲さんとも初めは距離を置こうとした。竜と契約したという理由で、今は毎週金曜の放課後から日曜日の昼までプチ・ブートキャンプする教官と二等兵的な関係だけど、これが無ければ、私は彼女と話すのに今もかなり億劫な気持ちだったに違いない。


 しかしながら、私が距離を置こうとした人間は小夜曲さんだけじゃ無い。攻略キャラ達とヒロインもだ。彼等に対してはゲームの結末を知っている故か、小夜曲さん以上に過敏に反応してしまう。特に、ヒロインである日向さんは転生者で、サキに攻撃してきた。温厚な性格でない事は明らか。だから一人でいる時に彼女の姿を視界に捉えたら、さっさとその場所から離れようと足が勝手に動くのだ。もうゴールデンウィークと中間試験も終わった、五月の下旬なのに。


 ――ぐきゅ~~。


 だが、今はそんな普段と違いちょっと困った事になっている。

 第三校舎の二階には音楽室だけしか無く、時間によっては人は一切立ち入らない。私は前の時間にたまたま筆箱を忘れたので音楽室へ向かっているけれど、今は丁度その時間のようだ。

 ベールのような光が窓から差し込む廊下は、とても静かだった。


 ぐっきゅる~~……。


 私のものでは無い腹の音が聞こえるまでは。

 いつも攻略キャラの誰かにベッタリくっついてるのに、今は一人の日向さん。そして私も一人きり。これだけなら、普段は絶対素通りするか回れ右をしていた。


「食べ……もの……」


 間抜けな腹音と、廊下にベタンと張り付いてる体。

 とどのつまり、私が避けてる乙女ゲームのヒロインは、行き倒れていた。

 …………………………ああもう! こんなの放置したら寝覚めが悪いじゃないか!

 ポケットの中を弄ってみる。……あったあった。昨日買ったコンビニの豆大福。これを日向さんの手元に置き、スマートに立ち去ろう。そう決断した瞬間、


「餅と餡子の匂い!」


 がっちりとビニールの袋に入っていて、まだ端もピリッと破ってない食べ物の匂い嗅ぎつけるとかこの子何だ?

 ばっと顔を上げた日向さんに私は唖然とするが、本人は私の顔を見た瞬間顔色を失う。


「土筆寺……帝、さん?」

「そう、です」


 日向さんは一瞬で立ち上がると、何事も無かったかのように微笑みを向けてくる。


「ごめんなさい、気持ちのいい日差しに負けてついお昼寝していました。今の事はどうか忘れてください」


 猫っかぶりモードの日向さんは、表情も姿勢も雰囲気も、どれもこれも完璧だ。


 きゅるる~~。


 腹の虫さえ居なければ。


「日向さん、お腹空いてる時は意地張っても無駄ですよ」


 ポンと、日向さんの手に豆大福を握らせれば、哀愁を漂わせて日向さんは頷いた。

 意外と手ぇ大きいな。と思っていれば、日向さんは早速豆大福を袋から出してかぶり付く。


「朝ご飯食べてないんですか?」

「うん。みもみむまみめもちゃくちゃもちゃもちゃ」

「食ってから喋れ!」


 おっと、一定の距離感保つために敬語使ってたのに抜けてしまった。


「んく……。はあ、ありがとう土筆寺さん。おかげで餓死せず済みました!」

「良かったですね」


 何というか、よく知ってる女の子を彷彿とさせる笑みだったため面倒臭そうな声音になった。下手に一緒に居たら情が移りそうな気がするな、早くどっか行こ――


「あの!」


 足を止める。呼び止めたのは勿論、日向さんだ。


「土筆寺さん、今度からお互いに敬語じゃ無く普通に話そ!」

「えっ」

「あれ……? もしかして地で敬語?」

「ううん、日向さんからそう言われたのが何か意外だったから」

「あはは! なぁにそれ~」


 こっちが何だこの展開? と、首を傾げている事に気づいているだろうか? いないな、たぶん。

 「じゃあ、もう行くね!」と、元気に去っていく日向さんを見送った私は、芽生えた違和感に首を傾げる。


 確か、本来のシナリオに土筆寺と日向が仲良くなるなんて話無かったはずだ。向こうの最終目標は、一つのミスも許されないハーレムエンド。ならシナリオに沿う事を第一に心掛けるだろう。例え……ちゃんとハーレムエンドの内容を知らなかったとしても、このタイミングで土筆寺と距離を詰めるのは下策だ。だって遠足以降の土筆寺と日向の関係は、本来冷気が漂うもののはずだから。


「他の取り巻きとか小夜曲得子の行為が殺人寸前だから、万引きの冤罪で止まってる土筆寺ちゃんのヒロインイジメは可愛いもんなんだけどね……もぐもぐもぐ」


 あ、久しぶりに出やがった。前世のマイ・ディア・乙女ゲー廃人。


「衝動的にやったもんだから一番簡単に特定出来たのよ。だからヒロインは『敵』のレッテルを他の奴らよりベッタベタに土筆寺に張っちゃったのね。……はむ――んでもってそのせいでライバルキャラの他の取り巻きに色んな罪なすりつけられて裏切られて、ライバルキャラと天に召されるんだけど、……何つーか、あの子の運の無さは見てられなかったわ~。むぐむぐ。あれとジジイのBLだけはね、『製作者本当にバカじゃねぇの』って思ったよ……ごっくん」


 思い出される友人Aの言葉に色々物申したい。同情してくれんのは嬉しいが、天に召される理由作ったのはアンタのアバターだからね。それと、シチューとお好み焼きにガトーショコラ続けられるアンタの食べ合わせ気持ち悪い。


「あ、土筆寺さん土筆寺さん!」


 でぇえ!? 戻ってきた!? しかも好感度かなり良さげだし。豆大福か? 豆大福がシナリオの分岐点だったのか?


「今度、うちのクラスと土筆寺さんのクラス合同で調理実習あるでしょ?」

「ああ、うん」

「良かったら一緒の班になろう!」


 ……幻聴だと……思いたい。


「えーと、ごめん。その日は予定が……」


 ダラダラダラダラと。脂汗が頬や背中を伝っていく。

 何故か? それはね、その調理実習ってたぶん主人公が誰ルートに行くか決定しちゃうヤツだからだ。期末試験のようなものである。そこまでの好感度の高さで、アホ犬……じゃ無くて椎倉か。私が小夜曲さんとヒロインの次に関わってはいけない攻略キャラ、的神か。まだ出会ってないけど、えーと……どっかの部活のエース椿原か。あと…………あれ? 思い出せないぞ。まあいいや、とにかく四人のうちの誰か、もしくは全員を攻略するための地盤が固まる。


 そしてここからが重要。何故その瞬間――否、調理実習の現場に私が居合わせたくないのかというと、そこで私、喉にご飯詰まらせて死ぬか、ヤンデレに監禁の末絞殺される可能性があるからだ。前者は椎倉ルートの場合。後者は的神ルートの場合である。


「予定って?」


 嫌な未来を思い浮かべて私が目元をひくつかせてる所に、キョトンとした表情で質問してくる日向さん。

 やばい、咄嗟についた嘘だからちゃんと考えてなかった。学校休んでまで計画してる予定……。


「疼いた左目が爆発する予定なの」

「中二病拗らせてるだけなら大丈夫。そんな予定は存在しないから」


 真顔でバッサリと中二病扱いされたー!


「じゃあ明後日、家庭科室でねー!」


 あああああ……。もっと頭を使えよ私。なんとなーく逸れて行ってたかと思いきや、どんどん茨の道に進んじゃってる気がするよ。


 ***


 ミカが日向環菜と話してから約二時間後。子供達がわいわいと無邪気に走り回る公園の一角に手、少女は黄色いガラケーを取り出し、何処かへ連絡していた。


「こんなシナリオに沿わない展開で進めて、本当に大丈夫なんでしょうね?」

〔ええ。これくらいなら何の支障も無いもの〕


 電話の相手は女だ。


「でも、この行動に意味はあったの?」

〔ある人をおちょくるだけだからね〕

「は!? それだけ!?」


 思わず立ち上がった少女を諫めるように、電話の向こうの女は「まあまあ」と諫める。


〔もしかしたら上手く使えるかもしれないわよ〕

「簡単に言ってくれるけどねぇ」

〔貴方になら出来るわ。この私と取引したんですもの〕


 通話が一方的に切られる。

 少女はガラケーを閉じると、拳にはそれを握り潰さんばかりの力を込め、上の歯は下唇を噛んでいた。


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