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14.説明①


 私の手には、デフォルメされたトカゲのゆるキャラがプリントされている小さなメモが有る。メモには、丁寧だが如何んせん小さい文字でこう書かれていた。


『放課後、第二体育館倉庫の間から入ってください』


 この呼び出しの対象は私とリト。呼び出し主はサキだ。

 「私は先に行ってますね!」と走り去ったサキの後ろ姿を思わず見送ってしまったが、体育館倉庫の間って、何……?


「体育館倉庫の間って、分かる?」


 体育館に向かう途中、普段部活で第二体育館を使っているリトに聞いてみるが、リトも首を傾げている。


「二つある体育館倉庫の入口の間にある壁の前……というのが僕の見解です。でも、普通そんな所を待ち合わせに使いませんよね?」


 同意だ。いくらサキの思考が常識人の斜め上を行っていても、第二体育館は日替わりで男子バレー部と女子バスケ部が使っている。ドジを踏んで予期せず害を撒き散らす事はあっても、あらかじめ誰かの邪魔になると分かってる場所で何かするほど、あの子の頭のネジは狂ってない。

 そうこうしている間に体育館に着いた。今日は男子バレー部が使う日だったようで、リトを見た部活仲間の皆さんが声をかけてくる。


「榊? お前今日休むんじゃなかったっけ?」

浜寝(はまね)先輩、こんにちわ。部活は休むんですが、呼び出しを受けているんです」

「「女子にか!?」」


 リトに話しかけてきた頬に傷のある先輩を勢い良く押しのけるようにして、一卵性双生児だと一発で分かる赤茶髪の双子が出現する。


昌介(しょうすけ)先輩……慶介(けいすけ)先輩……浜寝先輩の口から魂が飛び出していますけど?」


 リトは床に倒れて白目を剥いている浜寝先輩を気にする。良い奴だなぁ。図体でかいくせに弱すぎだろ……って、私は思ったのに。


「知らん。自殺だろ」

「良い坊さん知ってるから気にするな」


 何だこの双子。悪魔の申し子か?

 浜寝先輩が死んでる流れでスラスラ話進めやがる。


「つーかその子誰? カッキーのカノジョ?」

「ダメだぞカッキー」


 どうやらリトはこの悪魔系双子から『カッキー』と呼ばれているらしい。てかバレー部って恋愛禁止なのだろうか? カノジョと間違われる事は何度かあったから気にならないけど、『ダメだぞ』が何に対してなのかちょっと気になる。


「違います。ただの幼馴染です」

「本当か?」

「カッキー、カノジョが出来たらお兄さん達にすぐ紹介しろよ。変な虫にカッキーをやる訳にいかないかんね」


 ああ、リトに過保護なだけか。


「とりあえずその子みたいな、肌の手入れが甘い女子は却下ね」

「あと、定期テスト毎回十五位以内の奴じゃなきゃダメだよ。その子みたいないかにも五十〜三十位うろうろしてそうなのは論外」


 肌もテストもまさに通りだけど! この双子、初対面の後輩にひでぇ!

 リトなんか言い返して、あんたの先輩でしょ!


「大丈夫ですよミカさん」

「へ?」

「うちの両親とお義父さんには、OKをもらっていますから」


 どうしよう。リトが言ってる事の意味が分からない。そして今うちの父さんの呼び方のニュアンスおかしくなかった?


「あと、この二人の発言は路傍の塵とも思わなくていいですからね」

「ねえ、部の先輩なんだよね?」

「はい。優しくて性格は良いんですけど根が悪い先輩です」


 わー、リトの笑顔が真っ黒だー。でもって、こんなやる気のないフォロー初めて聞いたわ。


「昌介、カッキーが冷たいんだけどお前のが移ったんじゃね?」

「えー、慶介のでしょ。中一の時からカッキーを俺より独り占めしやがって」


 リトがどうして時々毒舌になったのか分かった。こいつらの影響だ。


「そうだ先輩方、このメモの意味分かりますか?」


 視線の火花をパチパチと光らせていた二人が、その一言でキョトンとした表情になり、リトが私の手からそっと抜き取ったメモを目にする。


「あ、これって……」


 リトが昌介先輩と呼んで居た方が何か言いかける。それに慶介先輩の方も心当たりのある表情を浮かべた。


「知ってるけど、どうしよっかなー? カッキーってばちょくちょく俺らに失礼な態度だしー」

「幼馴染で料理上手な天然系巨乳美少女からの招待状なんです」

「「教えるから後で紹介してください。お願いします」」


 土下座する双子。……男なんて滅んでしまえ。






 数十秒後。

 二つある体育館倉庫のちょうど真ん中に連れてこられた私とリト。そしてやりきったと言わんばかりの満足な表情の双子。

 うん。壁しかないね!


「期待した僕が馬鹿でした。もう先輩方の勉強は見ません。サキさんも紹介しません」

「「見捨てないでカッキー!」」


 リトがめちゃくちゃ頭良いのは知ってたけど、先輩達の勉強なんて見てたんだ……。

 男子バレー部の上下関係おかしくね? と、しばし引きつった表情で三人のやり取りを見てた。


 ……トントン


 ん? 誰かに肩を控えめに叩かれる感触があったような……。

 視線を向けると、あら吃驚、目の前に銀髪碧眼の欧風美少女。

 しかも私が目を引かれたのは、その子の耳だ。

 丸みを帯びた人の耳とは違う、長くて葉のように柔らかそうな耳。作り物じゃ無い。この子、本物のエルフだ!

 実はこれ、めちゃくちゃレアなケースである。エルフ種は数が少ないし私達くらいの外見の子は、数百年は生きている。だから高校……それも小さな島国である日本の学校に学生として通ってるなんて本来ありえない。

 何で全く噂にならなかったんだろうこの子? 入学式で注目の的だろ。サキにも言える事だけど、この子の存在一つでヒロインもライバルもイケメンも霞むだろ。


「く……くぅかん、まじつ」


 内心で首をかしげる私の耳が、拙くも綺麗な声を拾う。思わずうっとりしかけた。が、私はすぐにハッとした。


「えーと、もしかして空間魔術の入り口が隠れてるって事ですか?」


 コクコクと頷くエルフっ娘。背は同じくらいだけど、顔が幼い感じだからか小動物っぽさがあり、十割増し可愛く見えた。


「おー、クリスタ来たかー」

「今日もよろしくねー」


 双子がエルフっ娘の存在に気づいた。後でリトから聞いた話だが、彼女の名前はクリスタ・ミュクラ。フィンランドからの留学生で、まだ日本語があまり上手じゃ無いらしい。そして重要なのが、なんと男子バレー部のマネージャーだという事。羨ましい! クリスタちゃんみたいな癒し系が居るなら私も男に生まれたかった!


「しょうたい、されてぅ……なら、しもん? で、いけるかと」


 指紋? 壁に指をくっ付ければ良いんだろうか?

 私はぺとっと人差し指を壁に付けた。すると、その部分を中心に花をモチーフにしたような淡い光の魔法陣が浮かび上がる。……マジか。

 クリスタちゃんが魔法陣をマジマジと見る。ちゃんとした空間魔術の魔法陣かを確認してくれているのだ。も魔法陣がおかしかったりすると命に関わるらしいので。


「だい、じょうぶ。くぅかんまじつ……じゃないけど、てんいまじつ、でした。お、お? おかると?」

「オカルト研究部の部室に転移?」

「はい!」


 笑顔が眩しい。

 何で行先がオカルト研究部なの? と、本来なら疑問に思わなければいけないのだが、もうどうでも良くなってしまった。可愛いは正義だ。まる。


「リト、行こう」

「はい。ほら先輩方、そろそろ浜寝先輩が復活して報復に来ますよ」

「あ、そだね」

「じゃあもっぺん息の根止めよう」


 なんか慶介先輩が怖い事言って寝転がってる浜寝先輩のとこ向かってるけど、クリスタちゃんが慌てて止めに入ってるから大丈夫か。

 私達は一番頼りになったクリスタちゃんに改めてお礼を言ってから魔法陣の中に入る。光ってる魔法陣の中に入るなんて初体験で怖かったけど、魔法陣に触れた場所から夏場に冷蔵庫を開けた時のような気持ち良さが脳に伝わって、不快感は無かった。


 そうして、目の前に広がった光景に、私は思わず口元を手で覆った。


 赤、青、黄――それだけじゃない。

 色も大きさも形も様々な、とにかく数え切れないほどのトルコランプが天井から吊るされ、灯をともす――幻想的な仄暗い空間。

 空間は筒状になって居て、上から下まで無数の扉があった。そしてその扉の前には、人が三人くらい入れるトロッコが小さなベランダのように止まっていて、細いレールが緩やかなカーブを描いて下へ向かっている。レールの終着点は、最下層でキラキラと輝いている黄金の水面――否、ビックリするくらい巨大で、そして美しい壺から溢れ出す蜂蜜の泉だった。

 ワイワイガヤガヤ。チャポン、チャポン……。

 扉から現れる人や亜人達。それ以外の図鑑でしか見た事のない種族達の声や、トロッコの車輪音、泉の水音が、賑やかな音楽になっている。すると、キリキリキリと背後から金属音。

 ああ、今から私とリトの乗ってるトロッコが動くんだな。

 トロッコは、まるで私達が金色の手摺を掴むのを待っていたかのように壁から動き始めた。思ったよりもスピードが無くて、安心する。たまたまタイミングがあって距離が近くなった別のトロッコの乗客が私達に手を振っていた。私達も振り返す。よく見れば、相手はホビット種の女の子と男の子だった。小さくて可愛い。

 そうして和んでいる間に、もう蜂蜜の泉へ着いてしまった。うん、甘い匂いがとても強い。でもまだ臭いレベルじゃ無いから許せる……いやちょっと待って、まずい事に気付いた! このまま突っ込んだら制服がぁぁああああ!

 ――嗚呼、無情。チャポーンと、トロッコごと私達の体は泉へ沈む。

 突れに目を閉じて、片手で鼻をつまんだ。トロっとした感触が思っていたより長く肌を通り過ぎていく。これ、たぶん何処かに繋がってるんだよね? このまま人生終わるなんて事無いよね? きついんですけど? 正直、息が限界なんですけど?

 まだかまだかと、手摺を握るもう片方の手に力がこもった頃。瞼の向こうが白ばんだ。


「うわっ」

「いたっ」


 突然消えた足場に驚いていたら、盛大に尻餅をついた。不覚、お尻が地味に痛い。

 いやそれより、もう蜂蜜抜けたの? てか、服も皮膚も全然濡れてないし……。


「……ミカさん」


 少し戸惑い気味なリトの呼び声。言わんとしている事は分かる。最初は体育館、次はトルコランプと蜂蜜、それに続いたのは……広い畳の和室。縁側もあって、綺麗な和風の庭と塀の向こうに見える新緑の山、そして青い空が見えた。


「リト、私達ってオカルト研究部の部室に転移したはず……だよね?」

「クリスタさんの話ではそうでしたね」


 解説役プリーズ!


「お二人共、いらっしゃいですー!」

「待ってた解説役!」


 お茶と練り切り菓子の乗ったお盆を持ったサキの出現に思わず立ち上がると、


「千寿様~、お手伝いをぶぴょ!?」


 またしても、ラーメン丼ぶりが顔面を襲った。……が! 毎回毎回、気絶するかっ!


「また、お前か……!」

「ピッ、ピヨ!?」


 モサ……正しくはグサ、かな? とにかく予想以上に指がめり込む丸い頭を掴めば、ラーメン丼ぶりに嵌っている黒くて丸々した鳥は焦った声を放った。


「わー! 今は落ち着いてくださいミカちゃん! その子は私が責任持ってフライドチキンにしますからぁ!」


 人に落ち着けとか言いつつ、殺す気しかない発言かました女がいなかっただろうか? まあいいや、とりあえず羽根を毟ろう。

 そんな私の後頭部に「キミ達は限度を学べ」と、小動物大好きなリトの鉄拳制裁が下った。

 『達』って言ってる辺りから、この鈍痛の犠牲になったのは私だけじゃ無いな……。






「とりあえず何から話しましょうねぇ?」

「悩むんなら、これの説明頼んで良い?」


 一発殴られて頭が冷えた私は、リトの肩に乗り小刻みに震えているラーメン丼ぶり鳥を指さした。大きな漆塗りの座卓を挟んだ向かいに居るサキは、目を泳がせる。

 ラーメン丼ぶりに気を取られていて気付くのが遅れたが、コイツ前にお婆に殺されかけてた奴だ。どうして未だラーメン丼ぶりに嵌っているんだろう? 気に入ったのかな……。と、ぼんやり自問自答をしながら観察する。色は黒く、つぶらな目は赤。そのチンチクリン具合は、どう考えても普通の自然界には居ない住人だ。


「えーと私、千寿様のサポート役として派遣されました人口悪魔のタルト・サタンと申します」

「タルト・タタン?」


 林檎のお菓子?


「よく間違われますがタタンでは無くサタンです。サタンはファミリーネームなのでタルトとお呼びください」


 ふむふむ、まあ細かい事はどうでもいいか。それよりも、コイツは今『人口悪魔』と言った。


「人口悪魔って、魔族のお偉いが使い魔にするやつだよね」

「はい。千寿様のお父上のご依頼で生み出されました」


 私はその情報に唖然とした。リトも軽く目を見張っている。

 千寿、つまりサキの父親。そりゃたいていの生き物は父親と母親がいて生まれるのだから、おかしな話じゃ無い。けれども、私達はサキと出会って十と余年、一度もサキの父親を見た事が無かった。何度もサキの家に遊びに行ったし、泊まった事もある。サキとサキのお母さんと、私とリトの家族とで旅行に行った事もある。けれどそこに、父親の影は一切無かった。


「あはは、私もタルちゃんと初めて出会った日にその話を聞いて吃驚しましたよ。てっきりもう死んでると思ってましたから~」

「笑顔でさらっと残酷な事を……」


 リトが乾いた笑みを浮かべてるの珍しい。

 そんなどうでもいい事と同時に、私の中ではフェアリー・ミードでの出来事が鮮明に思い出されていた。

 魔力持ちの人間。

 どうもそれでは済ませられない事をやってのけていたサキ……。

 そこから来る疑問は、『人口悪魔が仕えている』という事実で答えが出る。

 人口悪魔は魔物に仕えるって記憶してる。否、魔物にしか仕える事が出来ないのだ。

 魔物……別称『魔族』。

 それは前世の世界で存在しなかった魔術と同じく、この世界に存在する亜人全般を指し、人間よりも遥かに優れた身体能力と魔力を持つ種族。


「……サキは、魔族だったんだね」


 どういう表情を見せればいいのか、曖昧な気持ちが胸の中に靄を作って、私を惑わせる。魔族は――特に人間と姿形が同じで力の強い者は、その事を極端に隠したがる。人の姿であるが故に人と同じである事を求められ、人に近い生き方しか出来ないのに、人から恐れられ、疎まれる事に怯えるから。

 分かってる。そういう事情があると。でもこれまでを振り返ったら、些細な事が納得出来ないんだ。例えば最近なら、お婆のラーメン屋での発言。秘密無いって言ったくせに……と、子供みたいにサキの事を責めたくなる。


「ごめんなさい、黙っていて」


 なのに、本当に申し訳ないという意味を込めて頭を下げるから……ああもう! 酷い事言えない! 私ってば、どう頑張ってもサキに甘い。


「カミングアウトにも程があるよ」


 私がため息交じりに零すと、それにリトが小さく笑って続く。


「でも、言われてみれば体が頑丈で、運動神経がとんでもなかったですね」


 あー、リトはそこ指摘するか。まあ、気を失ってたから見てないもんね。サキが魔術で怪我治したり、人の記憶覗いて廃人にしてるとこ……。


「しかもですよ!」


 ガンッ!


 リトの肩からタルトが座卓の真ん中に飛び出す。今、テーブルにラーメン丼ぶりが荒々しい音で乗ったけど、よく割れなかったな。


「千寿様は現魔王の直系にして、その魔力量からも次期魔王の最有力候補なのです!」

「…………ぱーどぅん?」

「ですから千寿様は血筋的にも実力的にも将来有望の魔王様なのです」

「ごめん……頭痛が」


 ……マジ? この世界に魔王なんて居たの? 魔法とか亜人に留まらずRPG世界観の介入そこまで許しちゃってたの?


「もう乙女ゲーじゃ無い……」

「「は?」」

「何のお話ですか?」


 好奇心に満ちた瞳で尋ねてくる三人……二人と一羽に「独り言だから」と、短く返して言及を免れた。


「では、タルちゃんの紹介と私の軽~い立ち位置の説明が終わったので、もっと始めにすべきだった話をしましょうか」


 今のをどう聞いたらサキの立ち位置が『軽~い』と受け取れるのか甚だ疑問だが、つっこまない。だって、つっこんでしまったら話が進まないから。


「とりあえずフェアリー・ミードで起こった事件は、幻覚魔術による事故。一部に向けては、死者は0人という事になりました」

「『事になりました』……?」


 サキの発言に含まれていた気になる箇所を繰り返したら、


「あの事件に関しましては、誰もあまり意識しないように大規模な洗脳魔術が施されたんですよ。ミカちゃんもリト君も、私が今言うまで実は忘れかけてたでしょう?」


 頭の中で、ガチンッ! と、不愉快な音が響いた。


区切るのが下手でごめんなさい!

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