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12.解決

お久しぶりです。

今回の視点は最初にミカ、次に三人称でサキです。

 しばらくの間、私の頭は真っ白だった。悲鳴じみた声を上げた記憶はあれど、どんな内容を叫んだのか分からない。リトの名前をひたすら呼び続けてた気もするし、誰かに助けを求めていたようにも思う。でも、現状に変化は無い。

 ――リトが大怪我……どころか、死んでるかもしれないけど、怖くて確認出来ない現状は。


「だいじょーぶだよ」


 私の視界に、小さな両足が映った。

 子供の声?


 ピクリともしないリトから顔を上げれば、私は唖然とした。

 リトが抱えてた女の子が、ニンマリと微笑んでいたからだ。気を失っていたはずなのに、そんな弱々しい面影を一切感じさせない――子供が浮かべるには、あまりにも不相応な蕩けるような笑みだ。

 ぞわりと背筋が粟立って、思うように声が出なくなった。


「にぃちゃん、死んでないよ。だいじなコウショウザイリョウだもん」


 カラコロ、カラコロ……と、瓶の中で揺れる飴玉のような笑い声。


「にぃちゃんのカラダの中にね、ドクのタネをうえたの。ほうっておけばそのまま、にぃちゃんのサイボウになってキズをふさいでくれるけど、私が……」

「うっっぐ……ぅあああ゛あ゛ァァ――ッ!!」


 クイっと、彼女は空へ向けた人差し指をくるりと回した直後、リトの体が微かに動いて苦しそうな叫びが響く。


「――こうすると、そのうちドクがネをのばしたり、メをだしたりして、にぃちゃんは死にます」

「やめて!!」


 元々冷静では無かったけれど、静かにリトの苦しむ声を聞くなんて無理な話だった。思うように出なかったはずの声だけど、ヤケクソになったら出てくれた。


「交渉するんでしょ! さっさとしなさいよ!!」


 クルクル回してた指が止まり、目の前の女の子がスキップでもするみたいに軽やかな足取りで近寄ってくる。そして私の――利き手を踏んで骨を砕いた。


絶叫――を上げられず、瀧の用に流れ込んだ空気が喉元を焼く。


「あのヤリだされたら、めんどうくさいもん。後でナオしてあげるから、あんまりオコらないでね?」


 この……クソガキッ!


「それじゃあちゃっちゃと終わらせよう。うふふ、やっとみつけたリュウヒメだから。あのヒト、すっごくよろこぶよ!」


 『リュウヒメ』って何だろう? 

 その疑問が払拭されるような痛みが再び手の甲を襲った時だった。


「残念ですがその子、『竜姫(りゅうひめ)』じゃ無いですよ」


 今まで誰もいなかった場所。

 誰か居たなら絶対に気が付く至近距離。

 ――私と肩がくっつくくらいの位置で、リトの患部に光の霧のようなものを当てるサキが居た。


「いっ!? いつのマにいたの! それより! カッテに何やってるの!!」


 怒鳴るようなクソガキもとい女の子の声。同時に私の手の上から足が退けられ、彼女は大袈裟に遠ざかる。猫と目があった雀のような態度の変化だ。

 違和感を覚えていれば、段々と女の子の顔色が青白く変化していく。


「見ての通り、リトくんの怪我を治しているんです。ちなみに解毒も済ませました。ミカちゃんもすぐに治してあげますね」


 私は、自分の目を疑った。

 だって、サキが魔法を使ってる。誰かに向けて、本気で怒りの感情を向けている。私にはいつものボケボケした優しい眼差しを向けてくれるけど、あの女の子には違う。

 思わず身震いしてしまうほど本当に――声も視線も雰囲気も、何もかもが冷たい。

 こんなサキは、出会ってから一度も見た事が無い。


「はい、終了です」


 まるで今から鼻歌でも紡ぎそうな声に下を向けば、リトが穏やかな寝息を立てていた。服が穴だらけ且つ血塗れなせいで分かりづらいけれど、もう苦しそうでは無い。そしてサキは、骨を砕かれた私の手にそっと触れた。ふわりと、サキの手の平に現れた光が私の肌の中へ溶けていく。要した時間は、僅か三秒だった。だがその短時間で、醜く変貌していた手が元通りになっている。

 治癒魔法って……すっごく難しくて骨折を綺麗に直すのにも確か半日かかるのが常識だったはず。これ、何の冗談?


「動かしてみておかしな所は無いですか?」

「え? ……ああ、うん。大丈夫」


 色々聞くべき事があったはずなのに、戸惑う私がようやく出せたのは短く無難な返しだけ。

 サキはニコっとまた私に笑いかけると、今度は立ち上がって背を向けた。必然的に、離れた場所からこちらを睨んでいる女の子と向かい合う。


「さて、随分と遊び倒したようですね~。私も、最初から混ぜてほしかったですよ~」


 肌が痛む。真冬の風が吹き荒れているようだ。冗談抜きで皮膚が凍てつくような錯覚を覚える。直接この空気をぶつけられていない私ですらこんななんだから、あの女の子なんて、ひとたまりも無いだろう。


「ど……どうして、ケッカイの中にいるの? たしかに、ソトにいるのをかくにんして、はったのに」

「ええ、確かに私は天魔級結界の外に居ましたよ。無理やり突っ切ろうとしたら燃えたし、転移魔法を使おうものならミンチにされましたし……すぅっごく面倒でしたよ」


燃えた? ミンチ? ……おかしい。サキの発言がおかしい。それ、死んでるよね?


「仕方がないので、貴女の張った結界の外側と内側に普通の防御結界で包み圧し潰しました」


 聞き手側は、私も含め絶句する。何それ? そりゃ外側は自分の結界で覆えるだろうけど、中は……


「そんなのおかしい! 『ケッカイヤブり』じゃないマホウは、ガイブからかけられない! じゃないとケッカイの意味がない!」


 正に、私が思ったのと大体似たような事を指摘する女の子。

 対して、サキは大きな欠伸を零していた。


「んー……。まあ、まともな天魔級結界ならそうでしたね。私、今ごろ地獄に真っ逆さまだったと思いますぅ。ですが、今回は張った方の技術力が、落・第・点♡ でしたから」

「らく……だい? そんな……テンマキュウのケッカイ張れるんだよ? なのに、なにそれ?」


 女の子はガタガタと体全体を震わせ始める。足なんて立っているのが不思議なくらいガクガクしてる。とてもショックだったようだ。


「宝の持ち腐れですよ。天魔級の魔力は確かに素晴らしいです。が、貴女にはそれを使いこなすための技術が全く無い。結界はね、固い壁をドドーンと作ればいい訳じゃ無いんです。細~い糸を簡単に千切られないようせっせと編み込む緻密な作業なんですよ」

「それ……でも、ギジュツブソクはマリョクでじゅうぶんに補え――」


 刹那、サキのひやりとした声が重なった。


「私を遠ざけようとした理由を、まさかお忘れですか? 今の今まで、しっかり頭の中にあったと思うんですけどぉ?」

「……ッ!」


 んふふ。と、サキは美味しいお菓子でも見つけたように目を光らせる。

 それが、女の子の全直感が警報を鳴らしたらしい。とうとう彼女は背を向け、逃走を図った。

 地を蹴る足の勢いは、人間の少女の筋力から逸脱している。しかしその逸脱具合は、もう一人にも言える事だった。


「ぎゃっ!」


 女の子が再び、私のすぐ目の前に戻ってくる。女の子よりも素早く――走ったというより、跳躍したという表現がピッタリな動きを見せたサキが、彼女の腹を蹴ったのだ。涼しい顔で、しかも容赦の無い鋭い蹴りだった。女の子はボールの如く土の上を転がされていた。だから私が再び見た彼女の姿は、口から血を吐き出し、泥に塗れていて…………『哀れ』の一言に尽きる。

 今まで(主に私に)暴力を振るわれる事はあっても、自ら誰かに振る事はなかったサキの所業である事が、この目でしかと見ていたにも関わらず信じられない。偽物疑惑が絶賛浮上中だ。


「私は今、とっても不機嫌なんです。簡単に逃げ果せるとは思わないでください」


 サキは、蹴られた腹を押さえて海老のように体を曲げている女の子の側にかがみ、そっと白い手を彼女の額に添える。


「ゲホッ……くっ、なぁ……っに、するの?」

「貴女の狙いを見せていただこうかと……」


 ヒュっと、息を呑みこむ音が聞こえてきた。女の子から発されたものだ。彼女は表情を苦痛に歪めつつ、それでも耐えるように涙の溢れている目を真っ直ぐサキに向け、何かを訴え始める。


「わ……っ、わしたちは、『マオウセンソウ』とはムカンケイなの! だからおネガい! キオクはノゾかないで!! まだシにたくないッ!!」


 気になる単語が一個有ったのは置いておく。それよりも、どうやら記憶を覗かれると死ぬっぽい。あまりにも必死な女の子の声に、自分とリトが危ない目に遭わされていなければ、「待って!」とサキにストップをかけていただろう。


「じゃあなぜ私のご機嫌を損ねちゃったんですかー?」

「それは、そこまでにぃちゃんたちに執心してるなんて、しらなかったから……」


 ニコっと。初めてサキが彼女に友好的な笑みを浮かべたかと思いきや、


「『知らなかったら無罪放免』にはならないのです。お馬鹿さん♡」


 額に触れるサキの手から、パチッと七色の火花が散った。

 絹を裂くような悲鳴が鼓膜を刺激する。

 丸く見開かれ、涙を溜め込んだ女の子の目が段々と虚ろになっていき、体中がビクビクと痙攣を始めた。

 その原因であるサキは「ああ、そういう……」とかブツブツ呟いて一人だけ何かに納得していて……この光景、怖い。


 全てが終わったのか、サキの手が額から離れると同時に、女の子の体がプツンと糸を切られた人形の如く動かなくなる。瞳も虚ろなままで、戻る気配が無い。息は辛うじてしてるようだが、あれじゃもう……廃人以外の何でも無い。

 私は思わず「流石にやり過ぎじゃない?」と、目元を引き攣らせてしまった。


「えー? そんな事無いですよ。この方、見た目はこんな可愛らしいですけど実はアラフォーのおじ様で、リト君みたいな少年の腕の中で性的興奮をする変態さんですよ?」


 衝撃的過ぎる真実が聞こえた気がするけど、気のせいだと思いたい。


「怖いですねぇ、錬金術師さんて。性欲を満たすためだけに若返り(やく)とTS(やく)を自作しちゃうなんて」


 私は、近くに転がってるリトを盗み見た。

 ……うん、リトには一生黙っておいてあげよう。エセ幼女化した特殊性癖のオッサンを抱っこして強敵から逃げ回った真実は。


「その上この方、犯罪者な錬金術師の弟子(自称)で、法律違反上等姿勢で合成獣(キメラ)を何体も作って、何人もの人をそれの餌にして、挙げ句の果てにはミカちゃんを師匠に渡して解剖パーティー! なんて計画企ててたんですよ~?」

「内面だけでも救いようが無いのに何て事……」


サキが覗いた記憶の内容に、私はゲソっとなってしまった。てか、解剖ってパーティーになるんだね。怖すぎる。


「いやいやいや、『怖い』以前に私は未確認生命体か!」

「んー? 珍しい存在ではあるかとぉ……」

「珍しいに決まっています!」


 サキの言葉に、つい最近聞いた事が有るようなアニメ声っぽいのが続いた。キョトンと、音源である頭上を見上げる。


 ガンッ!


 同時に何か――否、ラーメン丼ぶりの底が視界を覆い額を強打して……あ、これ意識がシャットクアウトするやつだわ。


 ***


 パタリと倒れた帝に、千寿はギョッとした表情で慌てて駆け寄った。


「ミカちゃん、ミカちゃん! もー! タルちゃんたら、ミカちゃんの上に着地しちゃダメじゃないですかー!」

「ももも申し訳ございません千寿様! 久々の竜騎士の出現に興奮が抑えきれずっ」


 パタパタと忙しなく羽を動かし、ミカやリトが『サキ』と呼ぶ彼女の事を『千寿様』と丁寧に呼ぶ黒い鳥は平謝りする。千寿は頬を膨らませて「次同じ事したらフライドチキンにしちゃいますからね。コレは決定事項ですよ」などと鳥にデコピンを食らわせていた。小さな嘴から「私は鶏ではございませんー!」と抗議の声が上がるが、千寿の意識は既に両腕で支えている帝の方へと向いており、聞こえていない。


「ここまで危険な事になるなんて……」


 千寿自身にしか分からない程、その呟きは小さかった。そしてもっと小さな声で、彼女は「ごめんなさい」と述べる。そっと帝の頬に手を添えて、悲しい色を瞳に浮かべて。


「タルちゃん」

「はい?」

「ある伝言頼みます。ナリちゃんに、間違い無く正確に今すぐ伝えてきてください」

「了解です!」


 あっという間に小さくなる鳥の後ろ姿。教科書を適当に捲るような羽音が聞こえなくなると、千寿は大きく息を吐いて木の上を見上げた。


「ヒヨちゃん。そろそろ出てきて良いですよー! っていうか出てきなさい!」


 カサリと、上空から小さな葉の音が鳴る。それを合図に、千寿は片手を伸ばした。

 およそ一秒後、フワモコの小さな白い生物がポスンとその手の平に収まる。


「ぷんにゃぁ」


 手の平の白い生物――ヒヨは申し訳なさそうに兎のような耳を萎れさせており、彼女の手の中から心配そうに帝を見た。


「全く貴方って子は……。本契約しちゃったらもう取り消せないじゃないですかぁ」

「にゅぅ……」

「資格の譲渡だけなら、仮契約ですから取り消せたのに。お陰様でミカちゃんはしばらくモテモテです――八割方危ない方々に」

「にゅにゅぴぃ」


 ヒヨはとうとうメソメソと泣き出した。それを見て一度大きくため息を吐いた千寿は、ヒヨを肩に乗せる。


「でも、ミカちゃんに高位魔力とブリューナクを与えてくれた事はグッジョブでしたよ。いざという時の自衛が、()()()()可能になりましたからね」

「ぷにゅ?」


 含みのある言い回しに首を傾げるヒヨ。その仕草を見てクスリと微笑んだ千寿は、「あまり気にしないでください」と撫でてやってから、すぐさま髪の中にヒヨを隠した。背後から、足音が聞こえたからだ。帝を倒れている織十の隣に寝かせ、立ち上がる。


「何かご用ですか? ――的神先輩」


 彼女が振り向くと、ゆっくりと歩いてきたその人物は、ほんの少しだけ愉快そうに口元を緩めた。

 身長は平均的だが、中紅色から紫を経て瑠璃色に変わる不思議な髪を持った美少年だ。一見優しそうだが、暗紅色の瞳が猛禽類のような光を灯していて、人を寄せ付ける事をなかなか許しそうに無い。


「そりゃあね。凶暴な魔獣に追いかけられていった生徒を駄目元で救出に来てみれば、キミが居たんだ。嬉しくもなるさ」

「意味が分かりません」

「そっくり同じ言葉を返そう」


 非常に不愉快極まりない。今すぐ消えてほしい。

 そう言いたげに、千寿は彼――的神蓮沙(まとがみ れんさ)を睨む。


「貴方にとって意味の分からない事なんて、私の知った事ではありません」

「俺にとっては魚の小骨みたいに引っかかって鬱陶しいんだ。……だから、もう三度目くらいになるが尋ねよう――どうしてその女に、そこまで固執する?」


 時が止まったかのように、サキは少しの間反応を見せない。的神の問いかけに応えないだけでは無く、眉や睫毛の先の位置すら、睨んでいる時のままだ。

 だが、何かを思うよう一度視線を迷わせると、表情を緩やかに切なげなものへと変えた。桜色の唇が、小さく開かれる。


「……ある人と約束したんです。――――彼女を絶対に死なせないと」

「ふぅん。恋人かな? だとしたら面白い話だ」


 再び、サキは的神を睨む。しかし、彼はその程度では怯まない。睨んでくるだろう事は分かっていたから。むしろ、その反応を心待ちにしていたからだ。


「そうすぐ怒らないでほしいな。あまりに不愉快だったなら謝るし――」

「謝罪は結構です。すぐにミカちゃんの前から消えてください。前に、そういうお約束をしたでしょう?」


 サキの体から、微かに魔力が漏れ始める。感情の揺れにより、高位魔力保持者にのみ稀に見られる現象だ。


「ふっ……そうだったね。流石にふざけ過ぎた」


 しかし、的神は言葉とはかみ合わない行動に出ていた。千寿のすぐ真横にまでいつの間にか近付き、彼女の耳を甘噛みするように己の唇を寄せていたのだ。


「ところで、そろそろアレが底を突きそうだ」

「…………早いですね」

「先週、とても大事な客が来たからね。お詫びと言ってはなんだが、今度一緒に何処かへ遊びに行こう。キミの好きな所を選べ」


 甘く、連絡を待っているという旨の囁きを残し、的神は踵を返す。

 残された千寿は、誰にも知られないようポケットの中で右の拳を握りしめていた。食い込んだ爪によって、血が出るほど強く。


名前だけとりあえず出ていたゲームの攻略キャラ登場です。

このキャラ、当初はとってもギャグキャラな予定だったのですが180度変えちゃいました。

次回はサキによるミカ達への説明やらなんやら……に、なる予定なのですが余計な物が入るかもしれません。

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