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11.覚醒


「にゅ!」

「……は?」


 真っ白でふわふわした生き物だった。

 耳からして兎かと思ったけど、背中に羽がある事と尻尾の形が否定している。

 つぶらな瞳……透き通った小さな羽、短い手足、何よりもモフモフの毛並み。何このすっごく可愛い生き物!? モフりたい!


 自分が見舞われている状況をついつい忘れてかけてる私の手にペシ! と刺激が走る。ツヤツヤした毛に覆われているけど、トカゲやワニのような形の尻尾に叩かれたのだ。……手は痛くないけど、心がちょっぴり痛いかも。


「ぷいぴぃ!」

「ん? 下を見ろ?」

「ぷにゅ!」


 言葉が通じないけど、動きから何となくその子の言わんとする事を察して視線を下げれば、


「ちょっ! 此処めちゃくちゃ高くない!?」


 地面が遠過ぎた。どういう事か人がゼロ(たぶん)だけど、いっぱい居たら絶対にこう言える。『人がゴミのよ●だ!』……と。高い所じゃ無くても言うときゃ言うけど。


「にゅにゅ!」

「え? 見るとこ違った? 橋を見ろって……」


 目を凝らす。すると、走ってくる小さな影と、その影より大きな追っ手らしきものが私の目に映り込んだ。しかも、小さな影の方は見覚えがある。リトだ。どうして追われているのかを考えるより先に、リトが抱えている女の子に目がいった。

 あの状態で逃げきれる訳が無い。


「助け――」


 『なきゃ』とは、続けられなかった。

 私に何が出来るというのか? 私は魔力無しの……自他ともに認める一般人。この世界では完全な弱者側。


 ゲームみたいに、魔術をつかえたら……。


 こんな時ばかり都合の良い願いを思い浮かべる自分の脳が浅ましい。

 そうこうしているうち、魔獣がリトのすぐ降り立って粉塵を巻き上げた。モヤモヤしている砂埃の中で、リトの体が木の幹に叩きつけられたのがかろうじて分かった。


「リト……ッ!」


 思わず叫ぶ。魔獣の耳はピクリと動いて居たけど、遠過ぎてリトは気づいていないようだ。

 助けを呼ばなくちゃとか。でも誰に助けを求めればいいのかとか。もう思考がやわくちゃで、オロオロしてしまう。そうしていたら、私は逃亡を諦めたらしいリトに近づいていく魔獣の姿を見せつけられた。


 うそ……、待って。

 血の気が引いていく。足場になっている太い枝に置いてた手が震える。

 一歩一歩。聞こえるはずの無い足音が、私の鼓膜を通り越していく。

 やめてよ。リトに近付かないでよ。


 ドクン……ドクン……ドクン……。


「ぷいにゃ」

「……ッ! なに、あんた……」


 小刻みに揺れていた私の手に、真っ白な生き物がチョンと額をくっつけた。どういう訳か反射的に手を退けて自分の胸の前に持って来てしまう。すると、その生き物が何かを決意したような目で数歩下がってお尻を振り、


「いっ!?」


 移動した私の右手に中指に、ジャンプして噛み付いた。

 な、何するのコイツ!?

 可愛い見た目に騙されたと、目尻に涙がたまってきた時だ。


【仮契約が完了しました】


 頭の中で機械的な文言が綴られた。

 え? 待って何か私の周り眩しくない!?

 今までとは違う混乱に見舞われている私など放置して、事がズンズン進む。


【契約者の身体能力を登録します】

【登録が完了しました。急成長させます】

【成長が完了しました。S-級身体能力を獲得しました】

【契約者の魔力を登録します】

【登録が完了しました。急成長させます】

【成長が完了しました。月属級魔力の使用が可能になりました】

【眷属登録を行います】

【《ザザザー》完了しました。自動的に《ガー……ピー》の庇護下に入りました】

【契約者に適した武器を精製します】

【精製が完了しました。初期装備に魔槍『ブリューナク』の使用が認められました】


 待て待て待てッ! 段々とんでもない事になってるし、てかノイズ混じってたよ!


【以上で本登録が完了しました。敵の殲滅を開始出来ます】


「ぷにゅ!」


 私を包み込んでた眩さが消え失せて、ふわもこ謎生物が勝手に返事していた。


「ちょっと何勝手に!」

「にゅ!」


 色々言いたい事のある私の脳裏に、さっきとは別の雰囲気を帯びた文言が並ぶ。


 ――助けに行かなくていいの?


 もう一度下を見れば、リトに迫っている犬だか熊だか判別しずらい魔獣。


「行くに決まってるし!」


 理由なんて知らない。でもなんとなく理解した原理と今まで以上に動く体に全部任せて、私は真下へ飛び降りる。

 魔術なんて知らないもので槍を形成して。ロクに鍛えてない体で槍を操って。ガチで殺し合った事なんて一度もないのに、酷く冷たい思考回路で。


「おい駄犬、ちょっとツラ貸せ。原型無くなるまで刺してやる」


 腕を斬り落とし、啖呵を切った。

 痛みに悶え、片腕のあった場所を見ていた魔獣が私を見る。赤にも青にも緑にも見える鋭い瞳に、私という存在が敵視される感触を肌で感じてしまう。


 だけど、不思議と恐怖は無い。


 もっと怯えて、脚がガクガク震えるものだと思っていた。だって今生の私は、平均ちょい上程度にしか鍛えてないから。槍なんて転生してからは一度も持ってない。転生前は祖父の趣味に付き合って日本の武芸、外国の武術全般なんでもござれな屈強女で、学校では槍術部に所属してたけど。知識があるのと実際に体現するのでは、話が全く違う。

 付いてないはずの筋肉でする動きを容易にしてしまう。身体能力の急成長って、こういう無茶振りが可能なんだ。変なの。


「ヴォ……ヴォ…………タ」

「?」


 コイツ、何か言おうとしてる? 人の言葉が喋れるの?


「イ……タ」


 『板』……?

 魔獣が何を何を言いたいのかは、分からなかった。しかし目の鋭さが消えて、グニャリと曲がる。その瞬間に寒気を感じて、私はほぼ無意識に足を動かしていた。後ろにはリトと、リトが抱えていた女の子が居る。だから前へ、少し屈み、滑り込むように踏み出した。

 一秒せずに視界が黒一色に染まる。それは、私が居た場所に拳をめり込ませ、大穴を開けた魔獣の脇腹だ。


 どうやら私の体、直感的に相手の次の動きを読み取る事に長けた代物になったらしい。ついでに、この好機を逃すほど私は鈍臭くない。槍を力一杯回して円を描く。


「――――ッ!! !!」


 後ろに居た魔獣が絶叫を上げる。

 チッ……、腕と脇腹から溢れた血でベトベトになって気持ち悪い。

 だけど、この場で停滞はしない。出血量は凄いけど、最初みたいに片腕は落とせなかった。脇腹も、胴体の皮膚は些か丈夫だったらしく、緩衝材の役割を果たされて深手を負わせた手応えがしない。

 地面を蹴る。後ろに回り首の位置で、今と同じ一撃で、今度は頭と胴を切り離すッ!


 ――ダッ‼︎


「へっ? うわヤバ飛び過ぎた‼︎」


 三十メートルくらいの高さから飛び降りてピンピンしてる立派な御御足だ。そりゃ目一杯力入れて跳んだら十メートル軽く跳ぶわ私のアホッ!


「――っと」


 私はマングローブのような木が形成している鳥籠の上に着地して、下に居る魔獣を見据えた。向こうはさっきみたいに喚かず、私を睨んでいる。

 次の攻撃、今までみたいに簡単に当てさせてくれるだろうか?

 若干、焦燥に駆られている私の背中を汗が伝った時だった。


「ヴォルォォオオオオオオオオオオオン‼︎」


 鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの爆音が、魔獣の口から飛び出す。


「うるさ……っ」


 ピキピキ……。


 音? 足元からだ。あ!

 この後来るだろう展開が容易に想像出来て、すぐさま鳥籠から跳ぶ。――本当に、僅差だった。私の靴底が足場を離れた瞬間、鳥籠は勿論の事、巨大なマングローブもどきごと色が薄くなって、天へと昇るように消えてしまったのだ。


「うえぇ!? 振動で木が倒れるとか、凍って弾け飛ぶとか、砂になって崩れるとかじゃ無いの!?」


 始めはあんなに喧しかった癖して、最後はなんて静かな崩壊!

 ツッコミを入れようと思った途端にまたあの騒音。次の標的は、私が着地する予定の場所だった。

 何してくれんだあんにゃろう! アレいきなり消えたら困るんですけ――グサグサグサグサグサッ――は?


 私は目を見張った。


 頬、一ヶ所。右肩、一ヶ所。両腕、計七ヶ所。胴の両サイド、計三ヶ所。腿、計五ヶ所。総計十七ヶ所に、致命傷とは言えない浅い傷を付けられたから。そして、魔獣の騒音をぶつけられたはずの木が、今さっきとはまるで違う変貌を遂げたから。

 率直に言うと、私が着地する予定だった大木は消えず、代わりに針山になってしまった。しかも、針が飛ぶタイプの。


「そんな鬼畜仕様も可能とか、最低ッ!」


 私は跳んで来る針を槍で薙ぎ払い始めた。が……、これ本気でヤバイ。このままだとハリネズミにされる! 腕痛いし。腕痛いし痛いし痛いし! ……でも、このままだとハリネズミ。

 銀の針山と絶望が覆い尽くす寸前、


「ミカさん!! 地中深くを狙う勢いでッ、真下に槍を投げてくださいッ!!」


 リトの声が聞こえて、言われるままに真下目掛けて槍を投げた。リトの声に続いたのは、ガシャンッという破壊音。そして私の腹部に食い込んだ――木の鳥籠だ。

 どういう事? 針山は?

 キョロキョロとしていれば、リトに言われて投げた槍が見えた。

 あの魔獣のように、勢いのあまり地面に穴を空けた槍は、魔法陣の書かれた石盤らしき物に突き刺さり、ヒビを作って破壊している。


 あれは……フェアリー・ミードのあちこちに有る幻覚魔術の道具だ。そっか! あの魔獣、木に直接何かしてたんじゃ無くてあの魔術道具に何かしてたのか。そっかそっか、それだと疑問に思ってた事の説明がつく。どう見ても同じ事やってるのに効果の違う雄叫び。木と同じように騒音をぶつけられたのに、幻覚と同じ末路を辿らなかった私の体。

 前者はたぶん脳内イメージで変えられる幻覚だったから。後者は、サキがあの石盤の出す光に手を当ててマカロン出してはいたけど、手がそのままマカロンになる訳じゃ無いように人体自体が何かに変わる事が無いから。


 リト凄いよ。敵のカラクリ見抜いてくれてありがとう! それから此処に居ないサキも。偶然とはいえヒントくれてありがとう。

 後で本人達に、ちゃんと感謝の言葉を言おうと決心しながらトンと飛び降り、石盤に突き刺さっていた槍を回収する。


 よかった。手足、ちゃんと動いてくれて。

 幻覚だと分かれば、それによって受けた傷は消える。あのデカい猫に食われてたサキの傷が治ってたから知ってたけど、皮膚の下まで治ってるのかどうかは少し疑っていた。

 よし、もう大丈夫。コツも掴んだ。魔術道具が根本にある木には近寄らない事。あと槍の本来の使い道は――斬る事じゃ無い。

 私はこっちに向かって来る魔獣を確認した。猪みたいに一直線に来るな……。


 槍を構える。

 大丈夫。絶対に、失敗しない。


 私の目には、何故か魔獣の体内にある心臓が見えていた。人間とは違って首のすぐ下で、激しく血を送り出している。

 勢いを上げて近づいて来る的。外す? あり得ない!


 私の手から離れた槍が魔獣の心臓を貫いた音は、落雷のように周囲を揺らした。






 目から光を無くした魔獣が地面に崩れ落ちた後は、風すらも音を発する事を躊躇していた。


「……っ! リト!」


 そんな沈黙を私が破る。それは、スウっと空気に解けるように姿を消した槍を見たからだ。駆け寄った私は、リトに怪我が無いか確かめる。


「痛いとこ無い!?」

「ミカさん、落ち着いてください。顔が近いです」

「怪我が本当に無いか確認してんだよ。私の質問に答えて今すぐ!」


 怪我の有無がハッキリすれば、普段通りの距離に戻ると促したら、リトは困ったような表情を私から逸らして「擦り傷程度ですから」と、呟いた。


「ミカさんは……魔力持ちだったんですか?」

「あー……今さっき持っちゃった感じ?」

「そんな事ってあるんですか?」


 いや、知らんて。魔力の話なんか軽ーく小学校で聞いた程度だし。


「まだ木の上に居るフワモコちゃんに聞けば分かるかもね」

「フワモコ?」

「そ。見た目はウサギっぽいんだけど鳴き声は猫に近くて――」


 ドンっと。話の途中で私の体が押された。左肩から地面に倒れこみ、動揺する。私を押したのはリトだ。そして、リトは………左上半身を蜂の巣にされていた。


「……え?」


 鉛筆の芯みたいな細い穴が、数えるのも嫌になるくらい開いて、リトと私を汚す。


 うそ。……ウソ。…………嘘って、誰か言ってよ。


 地面に倒れたリトの体からヌルッとしたものが滲み出したのを目視した瞬間、私は悲鳴を上げていた。


今回は久々の4000字以上の投稿になりました。

ふだんはだいたい3500字前後なのですが、今回はキリが良いところがあまり見つからず、良さげな所は後々の話で微妙に邪魔してくると思いこうなりました。

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