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09.結界


 サキは、騒動の外ではあったが、帝や小夜曲とは別の場所で村への侵入を拒絶する現状に気付いた。


 ボォ――パチパチプスプス……。


 不意に辺りを侵食したのは、人体の一部が燃えた臭いと、一瞬で点火したものが消沈する音。

 それは、そっと前に伸ばされたサキの腕から奏でられたものだ。

 醜く焼けただれた己の皮膚を、サキはただ訝しい表情で眺める。痛がりも叫びもしないその光景は、常人にとって奇妙――否、異常以外の何ものでも無いだろう。

 だが、より異常な現象が起きる。一瞬にして、サキの腕の皮膚がミルクのように滑らかな本来の肌に戻ったのだ。


 首を傾げながら、サキは指を開いたり閉じたりする。勘違いを避けるため補足するが、彼女が首を傾げているのは、怪我が一瞬で治った現象に対するものでは無い。驚異的な治癒能力は、サキにとって日常茶飯事だ。首を傾げた理由は、訝しい表情で眺める事が出来る程度の時間は、彼女の腕に酷い火傷を負わせる事が出来た見えない壁に対してだ。


「……天魔級の結界?」


 魔力は上から神属級、竜王級、天魔級 、月属級 、陽属級、超級、準級、低級と、全部で八つの階級に分けられる。これにより生き物の多くは己の使える魔術と耐えうる魔術を把握し、戦闘となった際に相手と自分を比較して策を練る。そして、魔力は直接触れる事により階級にが分かる。


「少々、妙な方に目をつけられたようですね」


 横でパタパタと飛んでいる黒い鳥が、村を包む壁――結界とサキの表情を交互に見て眉を寄せた。


「ええ、確かに。……タルちゃん、あまり頑丈では無い場所が有るかもしれません。手分けして探しましょう」

「はい! 了解です」


 黒い鳥が去って行くと、サキは異変の起きている事が分かる壁の向こうを冷ややかに見据えた。


 ***


「んんん? これはまた随分ときつい臭いですわね。……三人はお亡くなりになってるかしら?」


 小夜曲さんの口から飛び出した爆弾発言に、私は反応がワンテンポ遅れた。


「この施設の警備体制、普通のものよりはるかに甘かったみたいですわねぇ」


 内容に合わない落ち着いた口調だけれども、小夜曲さんの言ってる事に嘘偽りは一切感じられない。

 『空気に血の臭い』。『三人はお亡くなり』。それって……リトが怪我してるか、それとも――。

 最悪の展開を推測し、背筋が凍り付く。


 ゲームではこんな展開無かった。ライバルキャラと私しか、死人なんか出なかった。ゲーム通りのシナリオに沿っていない事に内心ちょっとは嬉しい気持ちがあったのに……何で? 何でこんな事になってるの? ……まさか水族館に、行かなかったから? 私が、フェアリー・ミードなんて提案しなければ良かったんじゃ――


「土筆寺さん。何を考えていらっしゃるのかは知りませんが、この忙しい時にトンチンカンな思考が働いているならシメますわよ」

「ごめん、それからありがとう。小夜曲さんに睨まれたら落ち着いたっす」


 はぁ……、本当に一瞬変なこと考えた。まるで世界が自分を中心に回っているかのようなとんでもねぇ勘違いして、被害妄想に陥る鬱陶しい人になってた。


「土筆寺さんはマグマに付けても溶解しない鋼の精神の持ち主だと思っていましたが、意外と小心者ですわね」

「うぅ~……一般ピープルだもん。魔術関わる系は専門外なんだよ」


 苦笑している小夜曲さんに恥ずかしながら正直に言えば、なんかちょっと驚いた表情をされた。え? 何で?


「そう、ですの?」

「うん? 何そのリアクション?」

「……いえ、なんでもありませんわ」


 フラグが一つ立ったように思えるのは気のせいだろうか?

 つつー、と。小さな汗の雫が頬を流れていく感触を私が覚えていれば、小夜曲さんは再び真剣な表情を見えない壁に向けた。


「さて、それでは私は中の問題を解決してまいりますわね」

「え?」


 一介の女子高生が何をおっしゃっているんだろう?


「こういうのは専門家に任せるべきじゃ無いの?」


 漫画じゃ無いのだ。巻き込まれただけの高校生が死傷者出てる大事件んに首を突っ込むなんて無謀というか馬鹿の所業だ。が、小夜曲さんは僅かにキョトンと目を丸くしただけで、次の瞬間には微笑んでいた。


「日々の業務で慣れっこなのですわ。ご安心くださいな」


 ギョウム? ……業務!? え? この人ただの学生じゃ無いの?

 困惑する私に相変わらず綺麗な笑みを向けてる小夜曲さんは、左手を前に差し出し、人差し指と小指をツンと立てた狐の形を作る。

 何で狐なのか不思議に思っていたら、魔術を使う時に一番失敗しない形だからだそうだ。杖を持っていない魔力持ちは、各々が自分の手で魔術を使用するのに適した形を作るらしい。


「何で杖ゲットしないの?」


 複雑な形じゃないとイメージしにくい人とか困るだろう。


「杖は自分で手作りしないといけませんの。魔力階級で材料が異なり更に自分の魔力に馴染ませなければなりませんから。魔力が低級の人の杖は簡単に作れるのですが、中級以上は材料採集が困難で死ぬ事も珍しくないのですわ」


 あ、そうだった。確かゲームでも主人公が杖作りに奮闘する話があった。


「では、無駄話が済んだところで……」



 「お留守番お願いしますね」と付け足された。

 小夜曲さん、中に入る気だ。

 戦力外だから置いていかれるという安堵と、役立たずという現実に凹む気持ちがせめぎ合う。


 そんな私の内心など知る由もない小夜曲さんは、強い魔力の風で周囲の景色を揺らした。足元から溢れ出た彼女の魔力は、藍と紫の波のようだ。キラキラとした粒子がその波に乗り、次第に手で作った狐の鼻先へ向かう。


「お嬢様」


 魔力が集まり球体を作り膨らむ最中、さっき一瞬だけ姿を見せた執事の香山さんが、木の上から忍者のように降りて来た。


「あら、絶妙なタイミングで戻ってきましたわね。警備員さん達の様子はどうでした?」

「全員、結界の外で顔色を青くしています」

「でしょうね」


 鼻で笑った小夜曲さんの目がとても鋭い。


「都会から離れた場所には魔獣がいつ現れてもおかしくありませんのに、危機感が無さすぎですわ此処の方々」

「後でジックリと折か……失礼、話し合いをする必要がありますね」


 この執事、絶対に今『折檻』って言いかけたな。


「そうですわね。ですが今は、中に居る不届き者の粛清が先決ですわ」

「お供致しましょう」

「いいえ結構。この結界に私が開けられる穴は、サイズ的にも時間的にもたった一人分ですから。貴方には土筆寺さんの護衛を頼みます」


 小夜曲さんが言い終えるのと同時に、サッカーボールくらいにまで膨らんでいた魔力の球が、急に弾ける。そして思わず目を見張った瞬間に、弾けた残骸が鞭のように前方へ撓った。


 ――バリイィィイン!!


 耳をつんざくような音がなると同時に、鞭と化した魔力の叩き付けられた場所が、溶かした金属のように縁をドロリとさせた風穴に変わる。私にも……見えない壁――否、結界がようやく見えた。

 まじまじと私の目がそれに釘付けになっていれば、前、つまり穴に向かって足を進めた小夜曲さんも自然と視界に入ってくる。彼女の言った通り、既に歪な形状の縁が風穴の中心へ向かって居る事から、一人しかあれを通る事が出来ないと分かる。

 分かった瞬間に、胸の鼓動が、不自然に大きく鳴った。


「……ッ!?」

「土筆寺様? どうかなさいましたか?」


 胸を押さえてうずくまりそうになった私の状態を機にする香山さんの疑問は、私自身が声にしたいものだ。

 大きく、速く。速く。冷たい汗が背中から吹き出す。


 ――……ぷーいにゃ~!


 ……何だろうか? 今の鼓動が元どおりになる代わりに、一瞬で全身の力が抜けるような間抜けな声は。

 拍子抜けするにも程があるだろうと、体制を戻そうと思った矢先、


「土筆寺様!?」

「へ? ……ぴィッ――――」


 私の体が宙に浮いて、とんでもない速さで何かに引っ張られて……。今まさに中に入ろうとしていた小夜曲さんを追い越した。

 唖然とした小夜曲さんの表情が脳裏にこびりつく。咄嗟に彼女に手を伸ばしたが、不運にもその一瞬に出来た驚愕の時間が邪魔をした。

 足を止めた彼女との間に、また結界が境界線を引いたのだ。


「ちょ、ちょっと……勘弁してよ何この展開ー!?」


ミカさんの運命や如何に?

(※たぶん、あまり大層な展開にはなりません)

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