召喚師という名の何か、誕生!
乱筆駄文の上不定期です。
皆様の暇つぶしにでもなれば幸いです。
目の前の、ポッド型のVR機材を見る。
長かった。
これでやっと『ヴィルナールサーガ・オンライン』がプレイできる。
剣と魔法の幻想世界。
会社の同僚が騒ぐのを見て購入を決意し、申し込んでから半年。
新車並みの値段と引き換えに我が家にやってきた筐体。
「さっそくログイン!」
年甲斐もなくワクワクしながらポッドに入って蓋を閉める。
『ようこそ、ヴィルナールの世界へ!』
柔らかい声。
うらやましい。
目の前には八頭身の美女。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。
妬ましい。
幼少の頃より爺様に無銘の武術を叩き込まれ、近所のガキ大将から高校の裏番長まで武闘派系サブジョブは一通りこなした骨太の身体が少しだけ恨めしい。
思わず目の前のメロンをフニフニし、自分の絶壁に(大胸筋はかなり豊か)手を当ててため息を付いてしまった。
「…」
目の前の美女はびっくりして固まっている。
「あ、ごめんなさい。ちょっと羨ましくて」
「あ、あはは…」
美女は顔を赤らめつつ笑った。
「ではキャラクターメイキングに移りましょう」
名前は『ユラ』
決めておいたが、使えてよかった。
「次は加護若しくは潜在能力の設定です」
ヴィルナールサーガ・オンラインでは、初期ステータスの他に自己の能力を潜在能力として設定できる。
潜在能力が低い者は神の加護を代わりに設定できる。
これ以外に、クエストで別の神の加護も得ることができる。
これは先人の検証で明らかになっている。
「ユラさんは潜在能力がとても高いですね~」
「そう?」
「はい、是非潜在能力の設定をお薦めします」
ならばと了承。
「ステータスは潜在能力の設定の時点で自動配分されます。続いて種族の設定です」
ふむ…普人、森人、山人、鬼人、竜人…魔人、神人、真人
「あの、神人と真人って何でしょう?」
「えっ!?」
美女が非常に驚いている。
何でも神人までは出ているが、真人は未だかつて出ていない激レア種族らしい。
「…サービス開始して3年だよね?」
「ええ、それだけ珍しいということです」
【真人:ヴィルナールの世界を創造した神オリジンが自分の姿に似せて創り上げた『原初の人』。極めて高い身体能力、あらゆるものへの高い適性を持ち、状態異常への耐性・無効化能力を持つ。なお、これまで現存した真人はすべて神になった】
うわー、これはすごい。選択っと。
「ではジョブを選びましょう」
これは決めている。
召喚師だ。
「えっ!よろしいのですか!?」
「うん」
召喚師…ヴィルナールでもっとも使えない地雷ジョブ。
ヴィルナールにおける最大の地雷ジョブ、召喚師。
そう呼ばれるようになったのには理由がある。
まず、最初に契約できるのが小さい妖精のみ。
そしてこの妖精、好感度が低いのか、こちらの指示を聞かない。
戦闘に入ると逃げ出す。
敵に倒されても復活しない。
かと言って、戦闘で倒されなくてもそのうちに契約を解除され、勝手にいなくなる。
そして召喚師はそこで詰むのだ。
ジョブコマンドが灰色になり、直接攻撃しかできない時点で、既に召喚師ではない。
この辺、運営は沈黙を守っている。
だから私は、正解があるのだと思っている。
だがそれ以上に。
妖精と触れ合いたいのだ!(ここ大事)
別に戦闘に出る必要はない。
町中を妖精を連れて歩けるのはヴィルナールサーガ・オンラインだけなのだ。
密かに可愛いものに憧れている私は、この機会を逃すつもりはない。
モフモフはカフェで堪能できるが、妖精はファンタジーなのだ。
「分かりました。では召喚師をお楽しみ下さい」
容姿がほとんど弄れなかったのは残念な仕様だ。
体毛を濃いめのエメラルドグリーンに、瞳を深い青に変え、初期装備をもらってチュートリアルに突入した。
※※※※
私は、固まっている。
目の前の妖精が可愛すぎるからだ。
契約の際、固まる人は結構いたらしい。
「…あなたの名前は、リル。私はユラ。よろしくね」
ようやっとそう言うと、リルは頷いて私の周囲を飛び回った。
感動。
もうこの瞬間だけでも、ヴィルナールに来た甲斐があった。
「では次は戦闘を…」
リルが震え始めた。
「リル」
私は優しく話しかけた。
「下がって、私を応援していてね。守ってあげる」
リルは頷いて下がった。
現れたのは中くらいのトカゲ。
既に戦闘態勢にあった私は全力で攻撃した。
トカゲは何が起こったのか判らなかっただろう。
震脚が地面を揺らした時にはトカゲの頭部が砕け散っていた。
その後のチュートリアル戦闘ではリルは応援。
全部私が一撃で仕留めて終わらせた。
チュートリアルの成績はC。真ん中だ。
だがリルはニコニコ笑い、私の周りを飛び回っている。
別に成績などどうでもいい。
リルの笑顔が大事だ。
さて、チュートリアルが終わって放り出されたのは始まりの町アイン。
とりあえず通りかかった老婦人に挨拶し、情報収集しようとした。
だが、私は忘れていた。
堅パンマラソンと呼ばれる悪名高いお使いクエスト。
その依頼人が、目の前の老婦人だということを。
※※※※
現在、パン運び中。
走ってはいけない。
埃がかかってもいけない。
リルが横で懸命に魔法を使ってくれている。
…パンが緑に光っている。
配達先は同じエリアのシェフのところ。
ちなみに、都合30回目。
(これで報酬がなかったら、評判悪くなるに決まってる。)
そう。
この堅パンマラソン、正式には『老婦人の心意気』というのだが、拘束や条件がひどい上に報酬が渋い。
判明しているのが
① 少なくとも25回以上堅パンを配達する必要あり
② その間他の行動は受けられず、強制ログアウト時は失敗扱い
③ 走った時点で最低評価、理由は『住民に迷惑をかけた』
④ パンに埃がかかると評価低下、防ぐ方法は今のところ布をかけるくらい
⑤ 隠し要素があるらしく、最後の評価は今のところ聞けた者がいない(ゴニョゴニョと聞こえないらしい)
そんなクエストに、いきなり突っ込んでしまった。
やっとシェフであるガンザさんのところについた。
「おう、悪いな、何度も」
お?
台詞が変わった!
「大した礼はできないが、これ位はせめてさせてくれ」
《調理スキルを得た!》
《初心者調理セットを手に入れた!》
《夢の調味料を手に入れた!》
…えっ、何事?
おー!
調理きたー!
「それからこれは俺からの気持ちだ。妖精の好物だぜ?」
ハチミツクッキーをもらった私は、思わず振り返って訂正していた。
「ガンザさん、この子にはリルという名前があります。名前で呼んで下さい」
彼は頭をかいて謝った。
「そりゃそうだ。すまねえな、リルちゃん」
リルは首を振り、気にしていないこと示した。
老婦人のところに戻ってガンザさんが満足した旨を伝える。
「ローザさん、戻りました」
「ありがとうね」
それから講評が始まった。
走らず住民に迷惑をかけなかった:合格
堅パンに埃が全くついていない:合格
寄り道もせず、礼儀正しい:合格
おお、全部聞けた!
しかも高評価!
「これまで125,383人の異邦人がやってきたけど、貴女は383人中1番の成績で、最高の成績よ。これ、亡くなった夫が使っていたものだけど、貴女にあげるわ。大切にしてね」
《釣りスキルを手に入れた!》
《釣仙の釣り竿を手に入れた!》
《2000ミルを手に入れた!》
…えーっと…
ふおっ!?
思わず変な声出ちゃったけど、釣りスキル!?
現在、移動してアイン南側の港にいる。
あれから一度ログアウトして、ネット検索した。
結論から言うと、調理も釣りも、他の先人たちはクエストではなく力業で修得したようだ。
しかも関係ギルドというべきものがない。
スキルを上げる術がない。
道具もレシピもない。
ないないづくしのお寒い状況で、生産職が育つ訳がない。
そんな訳でクエストの報酬やモンスタードロップの装備品が重宝され、素材は店売りが基本。
「今日は休日!釣るぞ~!」
私がガッツポーズをとると、リルもガッツポーズをとる。
何この子可愛すぎる。
擬似餌っぽいものがついているのでそのまま釣り開始。
投げたと同時にアタリが来て、釣り上げると中くらいのサバっぽい魚が釣れた。
《港サバを手に入れた!》
《釣りスキルがアップ!2になった!》
「おお…これは…」
その後無言で釣りまくり。
※※※※
はい、現在港横の公園にあるキャンプ場らしい場所にいますよ。
管理人のゴンさんに聞いたところ、異邦人だろうが自由に使っていいと教わったので、釣りまくった魚とゴミで調理にチャレンジ中。
① 釣り上げたゴミの『木片』から『木の串』を作成。
② 魚を捌いて下処理
③ 調理セットの魔導コンロで焼く!ひたすら焼きまくる!
堅パンマラソンは調理と釣りがセットのクエストなんだね。
調子に乗って焼き過ぎた。
うん、焼き鯖はしばらく見たくないかな。
インベントリは焼き鯖で埋まっている。
鯖釣りまくりで釣りスキルが32アップ、串作成で木工スキルを修得して3アップ、鯖を焼きまくりで調理スキルが25もアップした。
ちょっと上がり過ぎなんじゃないかと思ったけど、よく分からないのでスルー。
まあ爺様が家事できなかった分、私ができるようになっていたし、問題ない。
これでもリアル家事は一通りこなせるのだ。
いつでも嫁に行けるよ、私!
「ありがとうございました。これ、よろしかったらどうぞ。」
ゴンさんにお礼を言いつつ焼き鯖を渡す。
「こりゃありがたい。あんたならここは自由に使っていいぞ!」
《アイン港キャンプ場がフリーパスになった!》
《称号【友誼を結ぶ者】を手に入れた!》
…む?
称号。
ヴィルナールサーガ・オンラインで賞賛される、行動の結果得られる物だ。
稀に嫌悪されるものもあるらしいが。
で、【友誼を結ぶ者】の効果だが。
『住民等との親愛度が上がりやすくなる』
ま、嫌われるよりはいいよね。
ここで警告音が鳴った。
連続ログイン制限時間だ。
ログアウト地点である女神像の横でログアウト。
「リル、またね」
手を振ると、リルも寂しそうに手を振った。
くぅ~!
可愛い!
可愛すぎる!