元凶
青々と茂っていた草木は徐々に黄色や陽の色に移り変わりはらはらと舞落ち、元気に飛び回っていた虫たちは少しずつ身を潜める。そんな冬の訪れを感じさせるころ、いろとりどりの花が季節に関係なく咲き乱れる温室で、いつもどおり甘い花々の香りに包まれながら淹れたてのお茶を楽しんでいたときのことだった。
「アレット、アレット!」
普段は物静かで微笑んでいるだけの父が珍しく慌てた様子で駆け込んでくる。
何やらよろしくないことが起きそうな気がする。いや、起こる、とアレットの女の勘とやらが告げている。女の勘はなかなかに鋭く、直感のいいアレットに至っては外れる事の方が珍しいくらい頼りになる勘なのだ。
アレットは自分の傍らに立って焼き菓子を用意しているヨアンと顔を見合わせた。
「ごきげんよう、お父様。ここへいらっしゃるなんていつぶりかしら?」
「いつぶりかな、ずいぶん長い間来ていなかった気がするよ。相変わらず綺麗な場所だ」
とりあえずは気をそらしてみようかと話題を振ると、 いい意味でも悪い意味でもーーどちらかというと悪い意味で単純な父は案の定花々が仰々しく咲き乱れる温室をぐるりと見回して感嘆の息をもらした。
思わずといったような父の様子にアレットは嬉しさのあまり頬がゆるむ。
この温室は屋敷ができた当初からこの場に建てられていたらしいのだが、特に使われておらず雑草が生えているだけの廃園のようだった。アレットが幼かった頃たまたまここに迷い込んで以来気に入ってしまい、ヨアンと共に少しずつ手を加え二人で作り上げた自慢の温室だ。それを褒められれば嬉しいのも当然といえるだろう。
アレットはすっかり機嫌がよくなり、お茶菓子を一口頬張った。
「ところでだなアレット」
「ヨアン、この茶菓子おいしいわ」
「そうですか、それはよかった」
「アレット?」
「お茶も変えたのね。以前のも美味しかったけれどこれは香りがいいわ」
「ええ、実家から送られてきた茶葉を使って淹れてみたのですが、お気に召されたようで」
「・・・」
だからといって父の話しを聞くかというとそれはまた別だ。
よくないことが起こるとわかっているのに自らその元凶となりえそうなものの話しを誰が好んで聞こうと思うのか。
まるで父の話しなど聞こえていないかのように振る舞うアレットとその従者に父は切なげに肩を落とした。
「ヨアン・・・」
アレットに声をかけることを早々に諦めたらしい父は話しの矛先を従者に向けた。
ヨアンはアレットの教育係兼執事もとい、世話役ではあるが、雇い主はやはりこの屋敷の正統な主であるアレットの父であるブランシャール侯爵にあるのだ。無視ができないとわかった上での判断だろう。
「旦那様いかがなさいましたか?」
「うむ、実はだな」
「ヨアン、お茶がなくなってしまったわ」
やっと用件に入れる、と神妙に頷いた父の言葉を遮るようにアレットがカップを差し出す。ヨアンが応えると同時に飲み干したのだ。
「アレット、お前は・・・」
どこまでも話しの腰を折る娘を父は嘆かわしげに見た。
だがその視線までもを無視し、アレットはヨアンにあれやこれやと話題を振っている。
ブランシャール侯爵が大きくため息をついた。
「ヨアン、そろそろ戻りましょう」
話しを聞く気はないと言いたげに静かに立ち上がったアレットは、ヨアンを従えて温室をあとに、
「アレットの縁談が決まった」
しようとしたのだが、ブランシャール侯爵の唐突な言葉に、二人は足を止めて振り返った。