魔法建築士ってなんですか
【魔法建築士】には階級がある。
まず二級――都市自治体から認可を受け、設計・工事監理等の業務を行うことができる者のことである。
具体的には延べ面積五百M以下、高さ十三M又は軒高九M以下の建築構造物まで設計可能である。
続いて一級――これは国から認可を受け、設計・工事監理等の業務を行うことができる者のことである。
具体的には延べ面積千M以上、高さ十三M又は軒高九Mを超えるものの建築構造物を設計することができる。
そして特級――これは国の王族より認可を受け、設計・工事監理等の業務を行うことができる者のことである。
具体的には全てを設計・工事監理等の業務を行うことができる。
特級資格者は城を設計すると云う、正に特権と呼ぶに相応しい待遇が得られる。
エルムナード大通りをエリーと共に歩きながら、パルムは彼女にそう説明した。
エルムナード大通りは今日も盛況だった。
道幅は馬車が五六台並んで走ってもまだ足りない程広い。
広い道の両脇をびっしりと埋めるようにして露天商が軒を連ねている。
果物屋には赤や黄色や緑や紫、様々な色や形をした物が並び、その隣では魚屋が、その隣では山菜屋が、その隣では花屋があり、最早何でもありな様相を呈している。
ソルティオは背後に海を従え、少し北に行けば山もある。
食材には事欠かない。
建ち並ぶ家々も又、高さが綺麗に揃っている。
法律で景観を損なう恐れのある建築物は禁止されている為だ。
高さだけでなく、奇抜な色も当然禁止されている。
建築都市の名に恥じぬ風光明媚な景観を護ろうと云うことらしい。
ちなみにアリとマリは事務所で留守番をして貰うことにして――付いてこようと駄々をこねたが――パルムはエリーと二人で彼女の家へ行くことにした。
犬小屋と聞いたときはショックで失神しそうになったが、しかし依頼は依頼だと割り切ることにして、とにかく見積もりをする為に赴くことにしたのだ。
依頼人の要望にはできるだけ応えたい。パルムは常にそう思っていた。
「パルムさんは一級魔法建築士なんですよね。どうしてエルムナード大通りに店を出さないんですか。
他の、二級の魔法建築士だって殆どの人がここで店を出してますよ。私知っています。魔法建築士って儲かるんでしょ。あこぎな商売で人々から悪行三昧するんだって聞きました。酷い人たちです」
「......誰から聞いたのか知らないけれど俺は違う。そもそもそう云うのは前時代で終わっているんだよ。大陸間戦争終結後、どの都市にもきちんと司法制度が設けられているし、監視官もいる。
幾ら魔法建築士と云ったって都市や国には逆らえない。違法な営業をしていたら即刻資格剥奪されるのがおちさ」
「でもこの通りの魔法建築士さんたちは誰一人私の言うことを聞いてくれませんでしたよ。子供だと思って馬鹿にしているんですか」
それは犬小屋を作れと言われたらなあ。
魔法建築士は国家資格である。
それもとびきり上級資格である。
つまりは単純に云えばエリートだ。
死に物狂いで勉強し、難関な試験を突破した自尊心もあるに違いない。
その彼、彼女らもまさか「犬小屋を作って欲しい」とお願いされるとは夢にも思っていないだろう。
「エリーはどうして魔法建築士に頼もうと思ったんだ? 犬小屋ならご両親にでも頼むか、それか自分で作ることもできるじゃないか。
知っているか? 魔法建築士に頼むとお金、沢山取られるんだぞ。払えるのか?」
「私はパトラの為にきちんとした家を作ってあげたいの。私にはできないから、だからちゃんとした人に頼もうと思って、お金だってちゃんと準備してきました。ほら」
そう云ってエリーは腰に提げた巾着袋をパルムに差し出してきた。
パルムが中を確認すると、なるほど、確かにお金が入っていた。
一級魔法建築士の報酬としてはとても足りない位の金額。
それが彼女なりの精一杯。
八歳の少女がこれだけ貯めるのに一体どれだけのものを我慢してきたのか、パルムは想像して涙ぐんだ。
「パルムさん?」
「ん、何でもない」
パルムはエリーから顔を背けて目元を拭うと、
「大丈夫。これだけあれば充分さ」
と笑顔で言った。
エリーの顔がぱあっと明るく輝く。
エリーは「じゃあじゃあ」とパルムの外套の袖を引っ張る。
「それじゃああのお城は? あれは作れる?」
「あのお城――【ソルティオ城】のことか? あれはさすがに無理かなあ」
エリーが指す方向、ソルティオの北西部に座する一際大きな建築物――白い漆喰で塗り固められたそれを見上げる。
【ソルティオ城】は五十年前、さる有名な建築士が設計したとされる大陸随一の建築物の一つである。
通常なら三人以上で設計する城建築に際し、その建築士はたった一人で全てを設計してしまったらしい。
それも寸分違わぬ精度と、常人の十数倍の速度でもって、設計してしまったそうだ。
彼はその後、建築業界からは姿を消し、行方も知れずとなっている。その人の名前は建築士の間でも伝説となっていた。
「――レイバン・キャニング」
「レイバン・キャニング? その人があれを作ったの? すごいね」
「ああ、そうだな」
パルムは頷いた。
本当に立派だよ。
郷愁と憐憫が混じった瞳を向けるパルム。
しかしその表情も直ぐに元に戻る。
しばらくく歩くと、エリーの家に辿り着いた。