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1.出逢い


 

――王国軍所属、リン・シュバルツ少尉へ



  ミリア王国王女、リース・アルメイツの死刑執行の任を命ずる。



    王国軍元帥、コール・ミストラル。――





 今朝方、自分へ届いた封書の中身を見て、僕は気分が海より深く沈んでいくのを感じた。


 二年に及ぶ長い戦争が終わったのは、ひと月ほど前のことだった。

 勝利を手にしたルミーナ王国は、敗北したユリア王国の王家『アルメイツ一族』の全員を捕虜とし、そのすべてを死刑とすることを決めた。

 そして、国王、王妃、第一王子、第二王子の順に刑は執行され、残すは王女一人となっている。その処刑も、5日後に決まっていた。

 その最後の死刑執行を、僕は任されたのだ。


「今回はまわって来ないと思ってたのになぁ……」


 いや、正確にはまわってこなければいいと思っていた……か。死刑なんて普段だってやりたくないのに、今回の死刑囚は敗戦国のお姫様。別に殺人やら強盗やら暴行やらをして捕まった凶悪犯なんかじゃないのだ。


「ま、断ったら今度は僕が死刑囚になるし、やるしかないけど」


 そうと決まれば、少し体を動かしておこう。腕が鈍っていては、死刑執行はできない。

 僕は、愛用のハルバードを肩に担いで、軍の演習場へと向かった。







 ハルバードが、空気を切り裂く音が響く。

 一通り、型の素振りを終えて、最後にハルバードを手の上で回してからガシャンと地面に突き立てた。

 その時、後ろに誰かの気配がして、僕は振り返る。


「おーおー、相変わらずスゲエなあ、リン」


 パチパチと拍手をしながら、やってきたのは、同僚のパル・ミジーノだった。


「パルか、脅かさないでくれよ」


「よく言うぜ、声かける前に気づいてたくせに」


 ポンと、何かを投げ渡される。水筒だ。


「ありがと」


「おう」


 パルは、もう一つ水筒を取り出すと、僕の隣に座って中身を飲み始めた。僕もそれにならって、地面に座り込んで水筒の中身を煽る。水筒の中にはよく冷えた水が入っていて、それが喉を下りていくのは火照った体には気持ち良かった。


「また、死刑執行の任でも受けたのか?」


「えっ?」


 どうしてわかったんだろう? パルにはもちろん、まだ誰にも今朝の命令書のことは話していない。死刑執行人への死刑執行命令は、死刑当日まで極秘事項のはずだ。

 パルは、そんな僕の動揺すら見抜いているかのように言った。


「お前、死刑執行の前はいつもここで同じ型の素振りしてるだろ? しかも、暗い顔でさ。見てりゃわかるって」


「……」


「死刑囚は、例のお姫様か?」


「うん」


「そうか……そりゃ、きついな」


 パルは水筒の水をグッと飲み干してしまうと、おもむろに立ち上がった。

 それから、わざとらしいくらい明るい声で言う。


「なあ、今からその姫さんを見に行こうぜ」


「はあ!?」


 僕は、驚き立ち上がる。なにを言い出すんだと思った。


「パルも知ってるだろ? 死刑執行人は執行する死刑囚とは執行当日まで会っていけないって」


 これは、軍法に規定されている決まりだ。死刑囚に情が移らないようにと、執行人と死刑囚の間で取引や買収が起こらないため、死刑執行人は死刑囚と必要以上の接触を禁じられている。


「まあ、そうなんだけどさ。噂じゃ、ユリア王国のリース・アルメイツっていやあ女神の再来リターン・オブ・アグライアなんてあだ名がつくほどの美女らしいぜ? 一度見ておきたいと思わないか?」


「女神……」


 確かに、それはちょっと見てみたいかもしれない。

 でも、軍法を破るなんて……さすがにマズいし……。


「ほら、迷ってんなら行こうぜ!」


 悩んでいるうちに、パルが僕の腕をとって歩き出した。


「わっ! ちょっと、パル!?」


 ぐんぐん歩いていくパル。

 どうしたんだろ? いつもより強引なような気がした。

 不安がる僕に、パルは振り返ってニッと笑ってみせた。


「大丈夫だって、上は戦後処理でバタバタしてるしさ。今は、俺がこの辺りじゃ一番偉いんだぜ?」


「……そっか、パルはもう少佐だもんな」


 パルは、僕の同期の中じゃ一番の出世頭だ。僕だって19歳で少尉は早いほうだけど、パルは20歳で少佐まで上り詰めた。パルはその索敵、計画立案能力から、数々の戦場で手柄を挙げおり、今回の戦争でも大きな戦果を挙げて少佐に昇級したのだ。


「わかった、付き合うよ」


「おお、それでこそ友だ!」


「おおげさだなぁ」


 まあ、こんな嫌な仕事を押し付けてくれた軍の連中に反抗してみるのも悪くないか。そう思った僕は、素直にパルについていくことにした。


 演習場から、歩くこと訳10分。ここの軍の施設の北端にある収容所に、リース・アルメイツはいる。パルが入り口を見張る兵士に何か言い、すぐに奥に通された。

 パルは、最奧の鉄扉を数回ノックすると、中に向かって叫んだ。


「面会だ、リース・アルメイツ」


「……はい」 


 弱弱しい声が返ってくる。それは、びっくりするくらい澄んだ響きを帯びていた。僕は思わず唾を飲み込む。

 パルが、魔法と鉄の鍵で二重の構造になっている施錠を外し、鉄扉を開けた。油が足りないのか、ギギギと金属のこすれる嫌な音がする。 


 鉄格子の向こうに、手足に魔封石の枷をはめられた状態で、小さな窓の外を眺めている女性がいた。まだ少女と言っていいくらいの年齢に見える。多分、二十歳は越えていない。若き姫は、僕らが鉄格子の目の前までやってきて初めて、こちらへ目を向けた。さらりと、長い髪が僅かに揺れる。


「……刑の日程でも早まりましたか?」


 感情のない声音。水晶のような瞳は強い意思と、生への諦めを半々くらいで写していた。痛々しい生傷だらけの身体とボロボロの衣服が死刑囚であることを意識させる。それでも、女神アグライアと呼ばれるにふさわしい美貌と雰囲気を彼女は持っていた。

 パルは、笑いながらそんな彼女に近づく。交渉の時みたいな張り付いた笑顔だ。


「そんな堅苦しい話じゃない。ただの面会さ」


「……随分お暇なのですね。戦勝国の軍は」


「ははは、確かに下っ端は暇になるね。上は次の戦争のことで頭が一杯だからな」


「そうですか。それは大変でしょうね」


「ああ、大変さ」


 あははは、うふふふ、と愛想笑いの応酬。

 こういう会話には慣れているのかリース・アルメイツに怯えや戸惑いはなく、むしろ軍人としてそれなりの交渉術を身につけているはずのパルに付け入る隙を全く与えていなかった

 ひとしきり建前だらけの奇妙な会話をした後、パルは突然ポンと僕の肩を叩いた。


「……疲れた、リンあとは頼む」


「はい?」


 止めようとする前に、パルはさっさと出ていってしまった。


「ちょ、パル!?」


 どうやら、パルには手におえない相手だったようだ。そんな人と二人きりにしないでよ……パルに無理なら、僕にはどうしようもない、僕は肉体労働専門なのだ。

 恐る恐る振り返ってみると、リース・アルメイツはこちらを見ながらにっこり笑っていた。


「ふふふ、こんにちは、兵士さん?」


「こ、こんにちは」


「……あなたは、少しは話せそうですね」


「あいつ……パルの方が、話せる奴ですよ?」


 リースは、何故か驚いたように目を瞬かせた。


「面白い人。死刑囚なんかにどうして敬語なのかしら」


「え……理由なんて、特にないですけど」


 本当は、リースから出るオーラというか、滲み出る品格というか、そういうなにかに気圧されて、自然と敬語がでてきてしまったのだが。それはなんだか負けたみたいで言いたくなかった。


「ふうん、そうですか」


 リースは立ち上がると、鉄格子の前まで歩いた。枷についた鎖がジャラジャラと音を立てる。

 そして、また座ると、自分の目の前を指し示す。


「少しだけ、話相手になってはくれませんか? ここは退屈で仕方なくて」


「……」


 少しだけ、迷った。

 目の前の、傷だらけで死を待つだけの不幸な少女の願いを無下にするのは気が引けた。でも、これ以上言葉を交わせば情が湧いてしまうかもしれない。僕は、この少女を殺さなければならないんだ。今だって死ぬ必要なんかないと思っているのに、それが死なせたくないに変わってしまったら死刑執行は今よりもっとつらくなる。

 だけど……


「いいですよ」


 僕は頷いて、彼女の前に腰をおろした。

 僕はこの時、一つの決意をした。これを最後に、死刑執行人を、軍人を辞めようと。戦後需要で今なら再就職も楽だと思うし、何よりもう嫌だった。僕には、この仕事は向かない。どんなに適正があっても、精神がいかれてしまっては意味がない。

 だから、最後に自分が殺す相手のことくらい、知っておきたいと思ったのだ。


「ありがとうございます」


 愛想笑いではない、リースの本当の笑みに、僕はドクンと鼓動が跳ね上がったのを感じた。

 頭を振って、気を落ち着かせようとしたが、それは叶わなかった。彼女の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。僕は無理矢理、意識を会話に集中させようとした。


「えっと……何の話をするんですか?」


「そうですね……あ、こっちに来てから知ったんですけど、私の国ではこことは違って……」


 落ち着かない気持ちのまま、楽しそうに話だしたリースを見ながら。初めてのこの感情を、僕はどう名付けていいのかわからないでいた。




 ――死刑執行まで、あと5日。




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