#034-2 ヒミツの始まり
「当たり前じゃないか。僕は毎日、ここに来ていますし」
「……ふふ、そうね。でも、来なくても良いのよ」
「それはないって知ってる癖に」
「……そうかしら」
「そうだよ。僕は君の顔を、ずっと見ていたい」
「ウソばっかり」
「ウソじゃないさ」
「こんなに傷だらけなのに?」
「そんなに傷だらけだからだよ。僕たちが生き残った勲章だろ。一つ一つ僕は舐めて、消えるまで癒したいと思っているよ」
「……なに言ってるのよ。ばか」
良かった。
予想外なセリフだったらしい。
プイッと火蜜さんは赤く染まった頬を背け、病院の窓の外を眺めていた。傷だらけになったのは体だけじゃなく、その表情も以前と少し違っていた。前みたいに鋭さを隠し持っているわけでも、鬼みたいな殺意を抱いているわけでもない。火蜜さんは、爽やかな日差しを楽しめるような落ち着いた空気を纏っていた。
初めて見る淡い笑みを浮かべ続けていたのだった。
それが、本当の火蜜さんの顔なのだろう。あんなにも暗い過去がなければ、そうなっていたであろう透明感がある美しい表情だった。今まで心の奥底で眠らせていた感情が、ゆっくりと芽吹き始めているのかもしれない。
これで良かった、と僕は思った。
本当に心の底から感じていた。だって、もう何も言わなくて良いのだ。今の2人の関係なら、もう何も言う必要がない。それが何よりも僕は嬉しかった。心苦しいほどの安堵のため息が口から零れずにはいられなかった。
あの夜、狂えば狂うほど秘密が濃くなると、僕は火蜜さんに言ってしまった。
そうしなければ助からなかったのも事実だが、そうする事によって別の危険性が生まれてしまうのも事実であった。もし、「あの時、僕を殺そうとしたの? それとも僕を殺さなかったの?」そんな、疑問を少し投げかけてしまうだけで、火蜜さんは喜んで再びイカレた策略を実行してくるだろう。
だって、その疑問を狂った方向に持って行くだけで、より僕らの秘密は深まるのだ。それは、強い秘密が欲しい火蜜さんからすれば、絶好のチャンスでしかなかった。狂うだけで秘密が強くなるなんて、火蜜さんからすれば魔法の言葉のように感じている事だろう。
そう、仕向けたのは他でもない、僕。
そう、拍車を掛けたのは僕だ。
常識から離れ、狂えば狂うほど2人の秘密は濃くなると言ったのは僕自信なのだ。
あの時の言葉に責任を取らなければならない。また、生き残るためには、それを受け入れなければならない。これは僕が死ぬまで抱えなければならない闇であり、平穏に生きるための矜持なのだ。もう、あの時の真意は永遠に聞けない。
本当に、これで良かった。
僕は固まった笑顔を浮かべ続けていた。
そして、立ち上がった。
―――今は、まず先にやらなきゃいけない事があったのだ。




