#034-1 ヒミツの始まり
そこは秘密の場所だった。
建物の一番奥にあるような、人気がないような、誰も来ないような、物音すらしないような、とても寂しい部屋であった。置いてあるのも、白いカーテン、白い花瓶、白い椅子、白いテーブル、白いベッドというような物ぐらいしかない。とても寂しい感じがする場所であった。
普段だったら来る用事も無いだろう。
ただ、ここを毎日訪れるのが最近の僕の日課になっていた。
「……失礼します」
そう言って僕は、白い部屋のドアを開けた。すると、窓から入り込んできた風と共に、フワリとした消毒の匂いが鼻孔をくすぐっていく。何だか子供の頃のイヤな記憶が蘇るようで、僕はこのニオイが苦手だった。
「……元気にしていた?」
僕は白い椅子に腰を掛けつつ、そう尋ねた。しかし、部屋は静かなままだった。シューシューという加湿器と、静かな機械音だけが部屋の中に響いている。いつまで待っても、ベッドの上に寝ている女性から反応は無かったのだ。
スッ―――
僕は彼女に近寄った。
長くて艶やかな黒髪を一本に束ねており、瑞々しい肌、相変わらず日本人形みたいに綺麗な顔をしている。だが、その姿は以前と異なる。顔の半分に白い包帯を巻き付け、手と胴体が石膏で固定されている。
―――それは、火蜜さんの姿だった。
全身がボロボロに傷つき、以前とかけ離れた状態ではある。
だが、生きている。あの日、あの時、あの状況から無事に生還し、今は入院している所だった。普通ならビル4.5階分の高さから落下したら生きてはいないだろう。幸運だったのは、2つ。まず、下が撒かれたばかりセメントだった事であった。特殊な材料が使われており、固まる前はゴム状の柔らかさになっていた。もう一つの幸運は人間の体がクッションになった事。落下する前、縺れている間に殺人犯の方が下になっていたのだ。
この、2つの偶然が重なり、奇跡的に火蜜さんだけが助かったのだった。
「……あら、来ていたの」
甘い声。ベッドの上で寝ていた火蜜さんが、目を覚ましたみたいである。包帯が強く巻かれているので、まだ上手く表情が作れないらしい。かなり引きつった笑みを浮かべていた。




