#032-3 ヒミツの死
火蜜さんは、完全に取り乱していたのだ。
たぶん、彼女は両親と殺された弟の話をしているのだろう。
体験した過去と、今の状況を織り交ぜて話しているので、全てを理解することはできない。ただ、それが最も苦しい心の闇なのだという事だけは、歪んだ表情から見て取れたのであった。
「……もう止めましょう、火蜜さん」
僕は再び呟いた。
もちろん、同じ言葉を繰り返しても、混乱している人間には通じないだろう。それは、分かっていた。だから、彼女が最も求めているモノを、僕はできる限り渡そうと思った。
「……そんなことをする必要はないんですよ」
「うるサいっ!」
「聞いてくださいっ! 貴方は理解できないかも知れませんが、秘密を分ける事だけが信頼の証しというワケではない。それは、確実に狂っている価値観です」
「うるサいっっっ!」
「聞いてください」
「止めろッッ!」
「良いから聞けよッッ!」
思わず、そう僕は初めて怒鳴ってしまった。すると、火蜜さんも予想していなかったらしく、初めて表情を変えていたのだった。
「……な、なによ」
「君は狂ってる」
「……それが何」
「まだ、分からないのか。君の狂った価値観を、僕だけが知っているだ。それこそが、最も強い秘密になるんじゃないか。君が狂えば狂うほど、秘密の濃さが増さしていく。僕の前で荒れれば荒れるほど、濃密な絆は深まっていく。そう―――僕が黙っている限りは、永遠に続く……」
「……」
「もう、楽園の輪廻は作られている。つまり、秘密を共有したいのなら、僕たちは初めからできていたってことだろッ! 初めから、僕だけが火蜜さんの狂った本質を知ってるんだからっ!」
僕は必死に訴えた。
火蜜さんは、普通じゃないモノを密かに求めている。しかし、その価値観こそが、最も強い秘密になるんじゃないか、そう僕は思ったのだ。いや、初めから、これを言えば良かったのかも知れない。僕がずっと感じていた違和感を共有すれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
―――この後。
直ぐ。
それを痛感した。
「あ……」
火蜜さんは目を丸くさせた。
そして、鋭くさせていた目付きが静まり、全身から生臭いぐらい放たれていた殺気も薄れていった。悪鬼が抜け落ち、抜け殻になったような表情に変わっていったのである。
「火蜜さん……」
僕の言葉が、届いたのだろうか。
分からない。
ただ、動いた。
火蜜さんは黙ったまま、一歩、また一歩と、僕たちの方に向かっていたのだ。
この時、彼女は何を考えていたのだろうか。
まだ、僕たちを殺そうとしていたのだろうか。
それとも、僕を許してくれたのだろうか。
やっぱり秘密に縋ろうとしていたのだろうか。
―――分からない。
そう、永遠に分からなくなった。
この時、グッタリとしたまま僕の肩に捕まっていた筈の、殺人犯が急に動いたのだ。ナイフを手にしていた火蜜さんの腕を掴み取り、強引に引っ張ったのだ。おそらく彼には今までの会話の意味が分からなかったのだろう。刃物を持って追いかけてくる相手を倒そうとした。ただ、目を催涙スプレーでやられている状態では、周囲の状況を全く理解していなかったらしく……。
消えた。
火蜜さんと殺人犯は揃って―――
高さにしてビル4.5階分。
むき出しのコンクリートらしき所にバランスを崩したまま、一瞬にして崖から落下してしまったのだ。
僕は、暗闇に吸い込まれていく2人を見つめていた。ただ、耳元でイヤな音が急になり出していたのだ。それが自分の悲鳴だと気がついたのは、もう少し後の事であった。




