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#032-1 ヒミツの死

 


「に、逃げるぞっ!」


 気がつくと僕は叫んでいた。そして、考える前に走り出していた。暗い森の中を、方角も分からないのに全速力で動き出していた。ただ、この場に居たらヤバイ、そういう直感にも似た感情だけが脳みそを支配していた。心の底からわき上がる何かが、僕を衝動的に突き動かしていたのだ。


「って、ほら、頑張ってよ」


 そう僕は肩を貸している人間に呟いた。

 強い光で眼が完全に潰されて、まだ何も見えないのだろう。僕は足下がおぼつかない連続殺人犯、チギライを持ち上げるため更に踏ん張っていた所だった。ジーパンに安っぽいガラシャツを着ているだけの、見窄らしい太ったオッサン。襲われる事にはなれてないので、取り乱したように怯えてる。


 ―――本当なら、こんなヤツを助けたくはない。


 とっとと警察に付きだし、永遠に刑務所から出さないで欲しいと心から思っている。だが、この場で見捨ててしまえば、100パーセントの死が彼に襲いかかるのが分かっていた。殺人が今宵の目的なのだから、確実に実行されるのは心の底から理解していた。


 火蜜さんの手によって―――


 それだけは、させちゃいけない。憎たらしい人間とはいえ、放っておけるはずもなかった。悔しいけど、火蜜さんのために殺人犯を助けるしかない、そう僕は思ったのだ。誰も死なずに、誰も殺さず、この危機を無事に乗り越えたいんだ、と僕は強く決めていたのだった。


 しかし、その固いハズの決心が直ぐに揺らぐ。


 ダダダダダッッッッ―――


 激しい足音と共に轟く。


「……まておらぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 夜の森に怒号が響く。

 一瞬、それは女性の声だと思えなかった。まるで、錆びた鉄と鉄を擦り合わせたように嗄れたモノだったのだ。これは彼女の発した声なのか、そう僕は思うと、ゾっとした寒気が背筋に走っていた。

 恐怖から、つい振り返る。


「あ……」


 一瞬にして僕は血の気が引いた。

 だが、直ぐ見なければ良かったと反省していた。

 そこに居たのだ。

 暗い森の中に、ボンヤリとした姿があったのだ。真っ直ぐの軌道ではなかったが、此方に向かって来ていたのだ。たぶん、LEDライトでは、眼を完全には潰せなかったのだろう。もしくは、光が逸れたのか。片眼の毛細血管が花開き、血が流し込まれたように赤黒く染まっている。

 その目で此方を睨む。

 片手を振り回しながら、火蜜さんが追いかけていたのだ。

 いや、違う。

 暗くて見えにくかったが、何かを持っていた。

 ああ、そうか。

 そういえば、1つしかないか。

 黒いナイフ。

 火蜜さんは、さっきまで殺人犯に使おうとしていた刃物を、今度は僕達に向けていたのだ。




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