#031-2 ヒミツの裏切り
「さあ、持って……」
そう言って火蜜さんからナイフを差し出されてきたので、その意味を理解した僕は一緒に柄を握りしめたのである。まるで、結婚式のウエディングケーキにやるのと同じく。共に苦労を分かち合い、共に困難と立ち向かい、共に歩んでいく。そんな願いを込め、僕たちは一本のナイフを手にした。
鋭い切っ先は、赤子のように無抵抗になった殺人犯。
喉もと。
このまま、皮膚を裂き、肉を断ち、管を割り、血を浴びる。秘密の赤い結婚式が、いま実行に移される。そう思うだけで僕の手は震え、体の芯が凍ってしまう。だが、全てを包むように火蜜さんが指を優しく絡めてきたのである。
「大丈夫、私に任せて……。後は全てやるから、君は今の事だけを考えて」
火蜜さんは、透明感のある笑みを浮かべていた。全ては最も強い秘密を作るため。僕たちは一本のナイフを握りしめ、藻掻いている殺人犯に目掛けて振り下ろした。
―――これだ。
この時しかなかった。
相手は、どんな肉食獣よりも鋭い獣なんだ。
最後の最後、土壇場の土壇場でもない限り、気がつかれてしまう可能性が高い。排泄、睡眠、食事、というような、一方的に快楽を貪ろうとしている瞬間を狙うしか弱い僕には勝ち目が無かった。
「ゴメン」
僕は微かに呟く。
そして、ずっと犯人を押さえていた手に離し、忍ばせていた鉄のペンを火蜜さんに向けたのだ。と、同時に指先でクルリと捻る。本体と先の付け根を回す。すると、カッと白い光線が火蜜さんに突き刺さった。
ずっと隠していたのは、以前、彼女から受け取っていた護身具。
一時的に眼の網膜を焼き尽くす、800ルーメンという光度のLEDライトペンだった。
「……き、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!」
耳奥に残るような悲鳴。
そして、転倒。もろに光が目に突き刺さった火蜜さんは、仰け反ったまま大地に倒れ込んでいた。
「やった!」
作戦が成功した僕は、思わず喜んだ。
これしか無かった。火蜜さんの視力を奪い、全ての作戦を殺すしかなかったのだ。こうやって一時的にでも目を殺さなければ、火蜜さんは止められなかっただろう。後は警察に通報するだけで、誰も死なないまま逮捕できるのだ。申し訳ないけど、これしか無かったんだ、そう僕は思った。
いや、思いこんでいたのだろうか。
もしくは甘かったのだろうか。
あるいは見誤っていたのだろうか。
秘密を求める、彼女の執念をッッ―――
この後、僕は驚くしかなかった。
確実にライトで目潰しをした筈なのに、火蜜さんは普通に立ち上がっていた。




