#030-1 打算
僕たちの作戦は決行された。
最後にして、最初にして、悪夢のような、吉夢のような、ウソの殺人計画だ。
強い秘密を共有するため、一緒に凶悪な殺人犯を殺すつもりでいる火蜜さん。殺人犯から命を狙われているから、彼女を利用して捕まえようとしている僕。2人の思いはどうであれ、今後の運命を左右する作戦が実行に移されたんだ。
たった1つの利点を頼りにして―――
「……それでは殺害方法を簡単に説明するわね」
作戦実行前、そう火蜜さんはテスト勉強するように呟いていた。彼女の自然な態度に若干の寒気を感じつつも僕は黙って耳を傾けた。
「まず、ハッキリ言えば、手順そのものに特殊な技能を必要とする事はないわ。ただ、決められた順番通りに行動できれば、私達の勝利は間違いない」
「……はい」
「ふふふ。良い返事ね。通常の殺人とは異なり―――私達には、決定的に有利な点があるんだから安心していてね。ふふふふふ」
と、火蜜さんは笑っていた。
これから先の事を想像し、甘い息を吐きながら快感にふるえていた。日本人形のように白い肌を紅潮させ、開いた毛穴からイヤらしい女の匂いが漂いだしていた。たぶん、普段なら妖艶だな、そう僕は感じた事だろう。
だが、今は目的を遂げる事だけで精一杯だった。
なにせ、自分よりも感性が鋭く、知識があり、行動力の高い、という完璧な人間を僕は騙そうとしているのである。その上、殺人犯までも追い詰めなければならないのだ。これしか生き残る方法は無い。それは分かっているのだが、神経をギリギリまで尖らせても成功する確率は低いように思えてしかたなかった。
「……いや、何を考えてるんだ。こんな時に弱音を吐いてどうするんだよ。ここまで来たら、もうやるしかないだろ」
僕は静かに呟いた。闇夜にかき消えてしまうぐらいか細く、そして強い意志を込めて口にしたのだ。こんな事に意味はない。ただ、こんな馬鹿げた事でもしないと、僕は不安に押しつぶされそうだった。
―――正確には、暗い森の中に一人で居る恐怖、とでも言えばいいのだろうか。
いまの時刻は深夜。
少し前に火蜜さんとは別れ、最後の殺人計画が本当に実行されていた。月の光すら遮るような黒い森林に一人でジッとしている状況は、余計に僕の不安を煽っていく。暗すぎて足下さえおぼつかないし、虫たちの鳴き声だけが奇妙なぐらい耳に残るし、生暖かい風が体にまとわりついてくるのだ。
―――この近くに殺人犯が現れ、そこを火蜜さんが狙う。
たった、それだけなのに、事実を想像しただけで悪い思考が脳裏の中で駆けめぐった。言ってみれば、殺し合いを始めそうな2匹の獣を僕が止めようとしてる状況なのだ。そんなの怖いに決まっているじゃないか。
「……もう一回、確認しておくか」
僕は手にしていた最新のスマートフォンで、辺りをじっくりと探っていた。暗視モード、サイレントスナップ、距離測定、サーモグラフィー。これは、全て携帯端末で実行可能な安いアプリである。本物とは異なり有効範囲は10メートルぐらいだが、今ほど文明の力を僕は心強く感じる事はなかった。
「……あ」
ふと僕の手が止まった。
サーモグラフィーで周囲を探索していたら、人影を見つけたのである。だが、その人物は直ぐ誰なのか分かったので、僕は何とか胸をなで下ろしていた。なぜなら、向こうも同じように携帯で僕の事を監視してたからである。しかも、可愛く手を振っていたのだった。
「……余裕あるなぁ、火蜜さん」
僕は疲れたように呟いた。
同じ場所に隠れていたら、ミスが発生した場合に取り返しの付かない状況になるかもしれないだろう。だから、一定間隔でお互いを見張りつつ、辺りを見張ろうというのが火蜜さんの考えだった。
確かに僕たちは犯人を誘き出す事には成功した
だが、具体的な日時と時間は分かっていない。つまり、相手を見つけられるまで、こうやって何日も、何回も待機していなければならなかった。ただ、どうしたって、疲れるものは疲れるよなぁ、そう僕は思った。
―――時だ。
ふいに、そのタイミングはきた。




