#003-2 ヒミツを嫌う
悪い時に、悪いことは重なるモノで……。
住んでいる土地が、中途半端に片田舎にあるからだろう。
引き起こした騒ぎがご近所に知れ渡ってしまい、僕は同級生から陰口を叩かれるようになっていた。本来なら注意するはずの親同士が波紋を更に広げ、その下にいる子供達にも粘っこい悪意が伝染していったのだった。
ウソだろ。
善意から警察に通報したハズなのに、どうして……。
そう僕は思うも、悪意に壁はない。明くる日、教室の自分の席に座ると、背後からヒソヒソと黒い声が聞こえていたのだった。
「……あいつだろ。パトカー達が走ってた元凶はさ」
「ああ、バカなんじゃないか。狂言なんかしてさ」
「ちょっと、みんなからヒーローみたいに扱われたかったんだろーよー。普段が普段だからさ」
「ねえ、聞こえるよ。っていうか、そういうのやめなのよ。可哀想だから男子は近寄ってあげなって」
「いやだよ、狂言病が移るじゃん! あははは」
事情も知らないのに、クラスメートのヤツらは口々に勝手なことを話していた。お前らだって同じ目にあったかもしれないんだぞ、そう僕は思った。ただ、それが口から飛び出すことはない。自分の席に座ったまま早く休み時間が終わってくれと、度胸のない僕は寝たふりをして願う事しかできなかった。
「……ちょっと、うるさいわよ。そこ、退いてくれるかしら」
僕が耐えていたら、そう凛とした声が急に響く。
少し顔を上げてみると、集団になっているクラスメートをかき分けて歩く火蜜さんの姿があった。別に僕を助けてくれたワケではない。偶々、近くを通り過ぎただけのようで、僕の顔をチラリと覗くだけで遠ざかっていったのだった。
しかし、それだけで……。
品のある立ち振る舞いに、みなの心が奪われた。堂々と僕の悪口を続けていく人は減っていた。若干、陰口を続けようとする男子は残っていたが、無理にしているのが見え見えなので変な空気になっていた。
火蜜さんのたった一言で、クラスの全てが変わっていったのだった。きっと他の人間が同じ事をしても、同じような結果にはならないだろう。大げさかもしれないが、火蜜さんは自分と違う世界の住人なんだな、と改めて感じずにはいられなかった。
「……ふう」
雑音が静まってきた事に、ひとまず僕はホッと一息付いた。
マシになったとはいえ、今のクラスでの状況は良くない。ただ、1つだけ救いがあるとするなら、火蜜さんは決してヤツらに加わらなかった、という事実ぐらいだろうか……。
僕の陰口を叩くようなマネは一切せず、以前と殆ど変わらぬ態度のままでいてくれたのだ。そのことは素直に感謝したい、そう僕は思っていた。
ただ―――
彼女に変化がなかった、というワケではない。
なぜか、あれ以来、学校が終わると火蜜さんは早々に帰宅してしまうようになっていた。以前のように放課後の秘め事は行われないし、僕から話し掛けようとしても避けられてしまうのだ。元々、クラスでも話す方ではなかったので、以前のままと言えば、以前のままの状況ではあるが……。
タイミングさえあるのなら、正直、僕は火蜜さんに色々と尋ねたかった。
森の中でヒトの指を発見したよね、とか……。
なんで、あそこに落ちていたのを見つけられたのか、とか……。
どうして、森の中なんて所に向かったのか、とか……。
そう、僕は理由を知りたかった。
しかし、今は会話する切欠すらない状況なのだから、頭の中に悶々(もんもん)とした疑問だけが蓄積していったのだ。こんな事になるのなら火蜜さんの携帯電話の番号でも聞いておけばよかったなぁ、そう僕は後悔を噛みしめていた。