#028-3 相手
「……な、何でそんな所にSMの道具があるんですか」
「淑女の嗜みよ」
「……そんな淑女いませんよっ! いやだぁぁぁぁぁあああああああああ!」
「待ちなさい! 往生際が悪いわよ!」
火蜜さんの本気の目を見て、僕も本気で逃げ出したのだった。確かに、殺人犯を誘き出すのには効果的な方法かもしれない。そう思ったけれど、僕は本能的に走らずにはいられなかったのだ。
―――ダダダダダダダ。
暫し追いかけっこは続く。ただ、場所が狭い部屋という事もあり、直ぐに僕は荒縄で取り押さえられそうになってしまったのだった。
「や、止めて……」
「ふふふふふふ。君を可愛がってあげるわよ」
「イヤだぁ」
「ふふ。ゆっくりと全身を痛みと快感の虜にしてあげる。よく、自分の事をSとかMとか例える人がいるけど、殆ど意味を間違っているわ。正しいSMというのは、社会性の内側から相手の価値観をコントロールする事にあるのよ。ふふふ。変えてあげるわ、君の全てを」
「……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああッ!」
絶叫が響く。
そして、火蜜さんの白い手が、ズボンの中に入り込む。僕の一部を柔らかく掴もうとして、奥深くまで入れてきたのだった。このままでは、本当にSMプレーをやらされるだろう。それだけはイヤだと、僕が最後の抵抗をした時だった。
「きゃっ!」
「うぐぐぐ」
「ち、ちょっと、そんなに動かないで―――」
僕がジタバタと暴れると、2人の体が隠し棚に当たったのである。すると、秘密の道具の隙間から、一枚の写真立てがカランと落ちてきたのだ。
「……え?」
「あ、ダメっ!」
僕が荒縄で縛っている途中だというのに、火蜜さんは血相を変えて写真立てを奪い取っていた。もう、いつもの表情はなく、リップが塗られている唇も微かに震えている。そして、火蜜さんは大事そうに写真を抱えたままポツリと呟いていた。
「……これは見ないで」
「火蜜さん……」
その弱々しい態度に僕は驚きが隠せなかった。今まで見てきた、どの彼女の顔とも違っている。外見は似ているのだが、中身だけが全くの別人になっていたのだ。このヒトは誰なんだろう、そう僕は思っていた。
「……もうSMの写真は良いわ。この部屋の中は全て録画しているから、今の動画を編集してネット上にアップしておく」
「ろ、録画してるんですか」
「ええ。君が我慢できずに私を襲ってきたら、その動画を2人だけの秘密にしようと思っていたから」
そう言って火蜜さんは普段みたいに笑おうとした。しかし、顔が強ばり、視線が泳ぎ、写真を取られまいとして必死に抱きしめていたのだ。普段の冷たい態度からは想像もできないぐらい弱かった。まるで、迷子になった少女のように、今にも泣き出しそうだったのだ。
「あ……」
今の火蜜さんを見て、僕はハッとした。
たぶん、だけど―――
もしかしたら、あの写真に撮られている幼い少年が肉親なんじゃないか。火蜜さんが犯人と約束を破り、命を奪われた家族の写真なんじゃないか。
何となく、そう思ったのだった。




