#003-1 ヒミツを嫌う
「……ねえ、今日の事を黙っていてよ。もし、秘密にしてくれるのなら、特別なご褒美をしてあげるわ」
そう女から可愛い声で頼まれたら、大抵の男は望みを叶えてあげたくなるだろう。しかも、相手が美女となると、もう抵抗する事などできはしない。腰まで伸ばした黒髪に魅了され、高級和紙のように光沢があり肌に魅惑され、艶やかに濡れた流し目に魅入られてしまう。それが大抵の男の反応だろう。
―――だが、僕は違う。
ただ、恐怖で震えていた。
美女である火蜜さんのお願いを聞いただけで、ジワリとイヤな汗が噴き出していたのだった。
そりゃそうだろう。
だって、今宵、暗い森の奥で人間の指が落ちていたのを僕たちは発見したのだ。そんな体験をしただけでも怖くて仕方ない。しかし、あろう事か、火蜜さんはヒトの指を発見した事をヒミツにしてくれ、と言い出したのである。
「……い、いくら何でもムリだって。こんなモノを見つけてしまったのに、隠すなんてできないよ。僕は警察に電話するからね」
僕は恐怖に引きつりながらも、そう何とか答えていた。
すると、それは予想外の反応だったらしい。火蜜さんは驚いた表情を浮かべ、無言のまま先に帰ってしまったのである。その後ろ姿に、僕は何も話し掛けられなかった。いや、何か言うのが怖かったのかも知れない。
もちろん、帰宅する前に、拾っていた人間の指を下に置いてもらった。一応、僕が持つように差し出されたが、ヒトの指に触る勇気は無かったので火蜜さんに元の場所に戻してもらったのであった。
絶対に―――
この目で戻したのを確認したのだ。
そこにヒトの指を置いたハズなんだ。
でも、見つけたのが森の奥だったので、通報した警官を大通りに迎えに行ってから、再び現場に立ち返ると無くなっていた。周囲の雑草をかき分けて丹念に辺りを探してみるが、どうしても見つからなかった。たった数分、少し離れただけでヒトの指は忽然と消えていたのだ。
「ほ、ほんとうに、合ったんです。ここに、落ちていたハズなんですっ!」
状況が理解できなかったが、それでも僕は何とか必死に説明した。
だが、駆けつけてきた警察官達は、最後まで白い目を向けてくるだけであった。いや、それどころか悪戯だと判断されて怒られながら、警察署に連れて行かれてしまったのだった。
おいおい。
ふざけんなよ。
そう思うけれど、僕だけでは、どうにもできず……。
本当のことを言ったハズなのに、警察まで迎えにきた両親からも僕は散々怒られる事になってしまったのだった。