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#020-1 意味

 


 ああ、こうやって殺されるのか、そう僕は思った。


 早く家に帰りたかったから、つい一本だけ大通りから外れた道を選んだ。時間の短縮にして5分ぐらいの短いものだが、それでも今の僕には大切に思えて仕方なかった。一時も早く、殺されるかもしれないという恐怖から逃れたかったのだ。

 それは、この世で一番の甘い誘惑である。

 安心という感情に逆らえるはずがない。


 ―――そこを狙われた。


 計っていたように、待ち伏せされたホームレスの男から襲われ、暗い夜道に引きずり込まれたのだ。そして、口を塞がれ、押し倒され、手を膝で固定させられ、体は体重で潰された。僕の全てを支配し、残って右にある注射器で殺すつもりなのだ。


 つぷっ―――


 僕が暢気に現状を確認していたら、本当に注射器が刺さった。首や腕の静脈にでは無く、髪の生え際あたりに細い針がめり込んでいた。文字通り、それだけで突き刺すような激しい痛みが全身を駆けめぐり、絶叫しようと口を開こうとする。

 だが、させてくれない。

 ホームレスの男は、手に革製の手袋をしていたので噛みついたところで何の反応もなかったのだ。その間も徐々に、透明ななんかの液体が流し込まれていく。すると、ジワーっと視界がぼやけだしていた。夜が忍び寄るようなゆっくりとした速度で、僕は目の機能が弱くなっていった。


 ―――でも、たぶん、ここでは殺されないだろう、そう思っていた。


 火蜜さんが前に言っていたのだが、この注射に危険な薬剤はたぶん入っていない。手軽なお酒を注射し、ゆっくりと意識を混濁させたまま何処かに連れて行く気なのだろう。いくら夜道とはいえ往来だと死体を運んでいる途中で見つかる可能性が高いのだ。尚かつ細い針(静脈用ではない)を選び、髪の生え際に差し込めば良いのだ。これなら、かなりの名医でも丁寧に観察しなければ注射跡を見分けられないらしい。そして、この後、運ばれたところで全ての血が抜かれて殺されるんだな、そう僕は思った。


 ほんの少し状況と時間が前後するだけで最後の結末は変わらない。まだ今は動けるが、もう少しで体が弛緩してしまう。もう諦めるしかないんだ。そう思うと自然に涙が溢れていた。無意味に殺されると分かって、ただ大量の悲しみが目から溢れ出していた。


 だからだろう―――


 ホームレスの男の背後に、もう一人いた事に初めは気がつけなかった。

 大きくない。

 いや、細い。

 男ではない。

 真っ黒い服。

 こちらを、見下ろしていた。

 静かな瞳で……。

 敵意もなければ、怒りも、愛情も、優しさも、何も存在しない。

 無機質で、不気味で、悪趣味な視線をしていた。

 ただ、美しい。

 彼女の外見は、どんな男でも魅了するぐらいに怪しげな美があったのだ。



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