#002-2 笑顔
「これ、たぶん冷凍される前に、血が全て抜かれているわ。手触りが乾し肉みたいだったから勘違いしたけど、生乾きなのに軽く潰しても血が絞り出せないのよ。きっと、生きている間に、完全な血抜きをされたのね。ほら、鶏を解体するのと同じように天井から吊したまま頸動脈を切ると、重力の影響で殆ど血は絞られるから」
火蜜さんはつらつらと説明する。
だが、僕の耳には届いていなかった。いや、言わんとしていることは理解できるも、それが判断できるこの人はダレなんだ、そう驚くしかなかった。いつも教室で優等生の顔をしている彼女とも、放課後の教室で足を舐めている彼女とも違うのだ。あまりの異様さに、僕はゴクリと唾を飲み込んでいた。
「……ねえ、聞いてるの?」
僕が黙っていたら、そう火蜜さんが拗ねたように尋ねてきた。珍しく唇をとがらし、恨めしそうな瞳を向けていた。その顔が愛らしくもあり、まるで恋人に甘えてくるような仕草だったので少し僕はドキッとした。
「うん、聞いて……ん」
そう返事を仕掛けた所で、僕は止まっていた。
ゾクッッッ―――
気がついてはいけない非日常を、僕の脳が発見してたのだ。火蜜さんが持っていたソレの先端に、見覚えのあるモノが付いている事に気がついてしまった。いや、一日に何度も目にしているのだから、他人のモノでも絶対に間違いようがなかった。
―――ツメだ。
乾いた細い棒の先に爪の欠片が張り付いているのだ。それが分かると、今までゴミにしか見えなかったものが、急に禍々しくて危険な何か思えてしかたなかった。
「うわっ!」
無意識のうちに僕は飛び跳ねた。一歩、二歩、三歩と後ずさり、バランスを崩してドスンと尻餅をついた。痛い、そう思いはすれど動けなかった。ただ、目の前の女性に視線が奪われていたのだ。
「ほら、間違ってなかったでしょ」
僕が驚いくと、火蜜さんは自慢げに笑っていた。
まるで、子供のように純粋で、透明で、汚れなど何もない顔で微笑んでいた。ああ、きっと、その手の平の上にあるのがヒトの指でなければ、これほど美しい女性もいないだろう、そう僕は思った。
空の上から木々の隙間を縫った月の光だけが、染みこむように照らしていた。