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#018 再会

 古い日本家屋の前に、姿が消えていたはずの彼女は居た。黒く長い髪が風で靡かせ、口元を赤紅で整え、金と朱が栄える和服を召している。その姿は普段の学生服とは異なる美しさというか、まるで日本人形のように艶やかであった。


「……火蜜ひみつさん」


 僕は彼女の名前を呟いた。

 と、同時だった。和服姿の火蜜さんが、反対方向に走り出したのである。なぜか、急に逃げだそうとしたので僕も反射的に追いかけたのだった。


「ちょ、ちょっと、待ってよ、火蜜さん!」


 そう叫んだのだが、振り向いてもらえない。反応してもらえない。中々近づけない。火蜜さんは草履を履いているというのに、僕は簡単には追いつけなかったのである。どうして逃げるんだよ、そう混乱するしかなかったのである。

 ただ、流石に和服のまま全速力で走るのは限界があったらしく、徐々に2人の距離が縮んでいったのだ。

 よし、もう少しで手が届く、そう僕が思った刹那―――

 火蜜さんは急に立ち止まって、落ちていたビール缶を蹴り上げたのだ。フワリと和服の裾が捲れ、白い生足がむき出しになっていく。細い足首、むっちりとした太もも、下腹部の隙間に布らしくモノはなく……。


「……あ」


 淫靡な光沢に目を奪われていた僕は、目の前にまでビール缶が迫っていることに全く気がつかずにいた。そして、数秒後、ガコーンという音が響き、女性みたいな悲鳴を上げてしまうことになったのだった。


「……ご、ごめんなさい。中身が入ってるとは思わなくて」


 火蜜さんの肩を借りたまま、僕は近所の公園にまで運ばれる事になった。さっきのビール缶は、まだ蓋が開いていなかったのである。それが、まともに命中したのでクラクラと僕は倒れてしまったのだった。


「いや、僕の方こそ、ごめんね。男を公園まで運ぶなんて重かったでしょ」


「ううん。私のしたことだから」


 と言って、火蜜さんは和服の腕をまくり、濡らしたハンカチで僕の額を拭ってくれた。丁寧に、優しく、ゆっくりと。公園のベンチに座ったまま耳元に息がかかる距離まで近寄り、ずっと痛みを和らげようとしていたのだ。


「そ、そんなにしなくても、もう大丈夫だよ。それよりも、どうして逃げたりしたの?」


「……それは」


「それは?」


「この姿を、君に見られたくなかったからよ」


「そんな綺麗なのに、どうして?」


 すると火蜜さんは一瞬キョトンとしたが、珍しく頬を染めて微笑んでいた。


「……褒めてくれて、ありがとう。でも、私は好きじゃないの。この格好は両親が無理やり着せたものだから。私が昔みたいな格好をしている事を喜んでいるのよ。今の私を見ず、過去の記憶を反芻しているの」


「過去の自分……」


「だから、君のことが嫌いになったとか、そういうんじゃないから安心してね」


「―――じゃあ、どうして僕の前から姿を消したの?」


 そう、僕は率直に尋ねた。

 駆け引きも、裏も、引っかけもない。ただ、僕はストレートに感情をぶつけたのだ。もしかしたら自分の心の中で、心配させるな、そういう怒りが少しあったのかも知れない。

 でも、返ってきた答えは意外、そのものだった。


「……君の質問に、今は教えられないわ。ごめんなさい」


「え」


「他の秘密なら貴方と共有したいと思ってる。これは本当よ。2人の間には誰よりも深い、秘密を作りたいと思っているの。ただ、今は私がどうして姿を消していたのかは、聞かないで欲しいのよ」


「火蜜さん……」


 僕は言葉に詰まった。

 彼女は、信頼を積み重ねてから秘密を打ち明けるのではなく、秘密を打ち明けることで信頼すねような性格をしている。そんな彼女が……。今まで、どんな質問にも最終的には答えてくれた彼女が……。


 ―――いま、初めて秘密を隠したのだ。


 その理由を考えるだけで、なぜか僕はギュッと胸の辺りが苦しくなっていた。もしかしたら、自分は信頼されてなかったのか、と少し落胆したのかもしれない。

 ただ、それは自分の気持ちという問題であり、とりあえず今は火蜜さんの無事が確認できた事だけでも喜ぶべきだろう。下手したら連続殺人犯に殺されていたかもしれないし、そう僕は思った。いや、そう思うしかなかった。


「……分かったよ。火蜜さんがどうして、この一週間、居なくなっていたのかは聞かない」


「ありがと」


 僕の返事に、火蜜さんは満面の笑みを浮かべていた。

 そして、何を考えたのか僕の手を取ると真っ赤な舌で指をペロリと舐めていたのだ。一本一本、丁寧に。そして、皮膚の上を滑るように。ぴちゃぴちゃと。爪を嬲り。頬を窄め、唇を尖らし、吸い上げ。甘い唾液でビチャビチャに濡れそぼつ。まるで、僕の指が男の象徴であるかのように、火蜜さんは丹念に舐め上げてくれた。ずっと上目遣いのまま、愛らしい視線を向けてくれたのだ。その可愛らしさと淫靡な香りに当てられた僕は、心臓がドクドクと激しく脈打っていた。


「あ、あの、何を……」


 そう顔を赤らめたまま呟くので僕は精一杯だった。


「私の秘密を守ってくれたお返しよ。これで私達の絆は、より深まったと言えるでしょ」


「深まったと言いますか、恥ずかしくて誰にも話せないと言いますか……」


「ふふ。どっちでも良いでしょ」


「まあ、確かに……」


「ふふふ。今の私達の関係は無敵。誰も勝てないぐらい強くなったわ。―――これなら、連続殺人犯に今から会いに行っても平気よね」


 そう火蜜さんは妖艶に嗤う。

 ドクン。

 今度は別の意味で、僕の心臓が激しく動いていた。



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