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#009 警察

 

 

 誰かに殺されそうになったら、その後にする行動は決まってる。


 よそ見なんかせず、全力で一番近い交番に駆け込むしかないだろう。これ以外の選択肢は強がりや妄想でしかない。他の事なんて考える余裕がある人間なら、そもそも命を狙われる立場になんかならないさ。


 ホームレスから殺されそうになった僕は、血相を変えて交番に足を踏み入れた。そして、自分がされた行為を懇々(こんこん)と警官に話したのであった。


「……え」


 だが、真実というのは時として、それだけでは無意味なものだと僕は再び思い知らされた。ぞわり。イヤになるほど教室で痛感させられた、あの苦い味が。また、同じような黒い感情が、僕の弱った心に染み込んでいく。

 いくら見知らぬヒトから殺されそうになったと力説しても、交番にいた警察官は全く信じてくれなかった。いや、それだけならまだしも、本当かなと僕の言葉を嘲笑いだしたのであった。


「……だって、きみ生きてるじゃないか」


「そ、それは当たり前じゃないですか。死んでいたら、交番にまで来られませんよ」


「まぁねぇ。でもさ、注射器で殺されそうになった、って所が嘘臭いよねぇ。いかにも子供が警察官を騙して楽しもうと考えました、って感じがしてさ。ははは」


「な、なら、この首の傷を見てくださいッ! ほら、注射器でヤラれて血が出てるじゃないですか」


「そういう引っ掻き傷みたいなの見せられても証拠にはならないよ。どうせ、彼女にでもやられたんじゃないの。まあ、もう少しウソに付き合ってもいいけど、これぐらいにしてねぇ」


「……そ、そんな」


 僕は唖然とした。

 本当の事を言っているのに信じられないなんて、そう肩を落とすしかなかった。散々、イヤな感じを味わったというのに、また同じ気持ちになるなど想像もしていなかった。どうして僕の言葉だけが信用してもらえないんだ、という苛立ちすら感じていたのだった。


 この後、僕は外の世界に放り出されてしまった。


 暗闇の道に、孤独のままでいる。その事実を少し想像するだけでも、僕の顔面から赤い色が引いていた。実際、あのホームレスと再び遭遇したら今度は本当に殺されてしまうかもしれない。悪い考えが止められず、喉の奥から酸味のある黄色い液体が逆流しそうであった。


「……くそ、アイツは誰なんだ。なんで、僕を襲うんだよ。僕が何をしたっていうんだ!」


 深夜に近所迷惑だと分かりつつも、僕は叫んでしまった。いや、いっそ誰かに怒鳴られた方が清々したかも知れない。自分は誰からも信じられないダメなヤツだと言われた方がマシに思えてしかたなかった。

 この世界は理不尽だ。

 何もせずとも幸運になるヒトもいれば、何もせずとも不幸になる人がいて。自分が、どちらかといえば、不幸の火の粉が降りかかりやすい人生なのは納得できる。だが、いくら何でもこれは無い。こんな目に合わなきゃいけないほど、僕は悪い事なんてしてないんだぞ。


 どうして、殺されなきゃならないのだろうか。

 分からない。

 頭の芯が動かない。

 僕には何も考えられなかった。

 ただ、これからどうしたら良いのかだけは、何となく肌で理解していたのだった。


「……よし、行こう」


 暗い夜道を、一人で歩き出した。

 少し前に狂言騒ぎを起こしているので、血の繋がった両親でも僕の言葉を易々とは信用してくれないだろう。同じような理由で、友達やクラスメートや教師もダメ。警察はもっとダメ。かといって、目の前の不幸を放っておくのもマズいだろう。


 現状のままだと、再び同じ事が繰り返される可能性がある。


 人の気配がまだらな場所で、わざわざ自分だけの為に待ち伏せしていたのだ。明らかに狙われた。そう考えられる。イヤなことが続いたので、つい悪い方に考え過ぎなのかも知れない。思い過ごしという可能性もある。

 だが、マヌケみたいに殺されるのは一番ゴメンだった。

 比べるまでもなく、無駄骨の方が良いに決まってる。

 

 ただ、何が起こっているのか分からない僕一人では、進む事も、引き返す事も、立ち止まる事もできない。


 なら、残された道は一つ。

 この街に連続殺人犯がいる事を見抜いた彼女なら。

 僕との関係を大事にしてくれている彼女なら。

 あの日本人形のように美しい。


 ―――火蜜さんなら。


 僕の話を信じてくれるかもしれない。

 少なくても白い目を向けないでいてくれる人に、どうしても今は会いたかった。この廃れた世界で自分は一人っきりじゃない、そう心の底から感じたかったのだ。

 僕は止まっていた足が、再び自然と動き出していたのだった。


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