#006-1 話し
「……ねえ、私の家に行きましょう。そこなら時間を気にせず、ゆっくりと2人だけで話すこともできるしねぇ」
妖しげな笑みを浮かべる美女から甘えた声で誘われたら、普通は誰だって喜ぶのかもしれない。だが、僕は素直に受け入れる事ができなかった。彼女の顔はかなり美しいのだが、その瞳の奥に泥土のような濁りを微かに感じていたのだった。
「どうしたの? さあ、行きましょ」
クラスメートの美しい少女、火蜜さんが耳元で甘く囁いていた。強くも、弱くもない。柔らかな吐息が首元の産毛を擽っていく。
そのまま、火蜜さんは優しく僕の手を取って、絡め取るようにように握りしめてきた。一本一本の指を丁寧に触り、手の平のジンワリとした汗の感触すら好んでいた。緊張した僕の反応を、とても火蜜さんは楽しんでいたのだった。
「ふふ」
火蜜さんは艶々とした頬を擦り寄らせるようにして、僕の腕をギュッと抱きしめていた。彼女の肉体は柔らかく、とても熱かった。生地の厚い制服の上からでも伝わってくるほど、内側から燃えるように女性の肉体は火照っている。ずっと側にいると、この熱に飲まれるのではないか、そう思わせる淫靡な魅力があった。
抱きしめた腕から、まるで恋人を独り占めにするように情熱的な意志を僕は感じていた。しかし、同時に離さないという黒いヒミツの意志もヒシヒシと伝わっていたのだった。
この時、逃げた方が、もしかしたら良かったのかもしれない。ただ、さっきまで泣いていた女性の手を僕は無碍に振り払うことなどできず、引き摺られるようにして歩く事しかできなかったのであった。
「……ふふ。椅子に座ってくつろいでて。いまコーヒーでも煎れてくるから」
火蜜さんは笑っていた。
辿り着いた家は大きなマンションの一室だった。病室よりも真っ白い2フロア。汚れもなく、他に誰かいる様子もなく、殆ど家具が置いてない。ただ、真ん中に古い椅子が二つと、ノートパソコンがあるだけだった。まるで、部屋があるから住んでいるのではなく、住んでいるので部屋っぽく見える場所、そういう風に僕は感じていた。
「さて、それで、どこからお話しをしましょうか」
熱いコーヒーを両手に抱えたまま、そう言って火蜜さんは戻ってきた。それを聞いた僕は、思わず一番気になっていた可能性を尋ねずにはいられなかったのだ。
「あの、僕は火蜜さん」
「なに」
「あの日、森の中で、アレを見たじゃないですか。でも、その後、僕が通報して戻ってきたらアレが無くなっていたんですよ」
「そう」
「……聞きにくいんですけど、もしかして火蜜さんが人のユビを隠したんじゃないの?」
遠慮気味に尋ねていた。
だが、心の中ではコレしかないと僕は思っていた。少なくても、火蜜さんとヒトの指を見つけた光景は夢や妄想じゃないし、モノが独りでに消えて無くなるはずもない。それなら、誰かが、自発的に落ちていたヒトの指を隠したとしか考えられなかった。
ただ、あの場に居たのは、まず僕。
そして、残りの1人である火蜜さんは妖しく笑っていたのだった。
「ふふふふ。あら、笑ったりして、ごめんなさい」
「……いえ」
「カイナさんを利用してまで貴方が必死になるから、どんな話しがしたかったのかと思えば、そんなことが聞きたかったのね。でも、残念だけど私はアレを動かしてないわよ」
「ほ、本当?」
「ええ。ウソを付いても、私が得をすることはないでしょ」
「……確かに。それじゃあ、どうしてヒトの指が無くなったんだろう。いや、こんな事を聞いても、分かるハズもないですよね」
「―――分かるわ」
「え」
「だって、そんなの決まっているじゃない。広い森の中で、小さなモノを発見できる確率は低いわ。しかも、落ち葉のように汚れている代物よ。まず、無関係の人間に発見はムリね。そして、見つけた人間が違うのなら、それを置いた人間しか居ないでしょ」
「あ」
「つまり、あの人間のユビを凍らしてから切断した―――犯人が持ち去ったのよ」




