#005-2 ウソ
「……それで、2人して追いかけてきたけど、何のようなのよ」
教室に入ると、乱れた黒髪や制服の胸元を整えつつ、火蜜さんが鋭い視線を送っていた。不思議な事に涙の跡は全て無くなっている。早く理由を話せ、という不機嫌な空気を隠そうともしなかった。
「用事もクソも、話す前にテメェが逃げ出したんだろ」
と、答えたスポーツ係女子のカイナは、敵対する火蜜さんよりも凶悪に眼光を光らせていた。こちらも、テメェが嫌い、という本音を隠すつもりは微塵もないらしい。外見の美しい2人が睨み合う姿は、どこか眺めていたくなるような魅力的な光景ではある。ただ、2人の間に挟まれた僕としては、銀行員のように爽やかな笑みを浮かべるしかなかった。
再び、目尻を鋭くさせた火蜜さんが口を開いた。
「貴方にテメェ呼ばわりされる謂われはないと思うけど……えーと、なんでしたっけ、スポーツ推薦でもなければ登校できなかったローマ字も知らないお馬鹿さん?」
「テメェこそ、友達が困ってるのに反応しない冷血漢さんかよ」
「……ちなみに、かん、は男って意味よ」
「し、知ってらぁあああっ!」
カイナさん、それは明らかに知らない人のリアクションだよ、と僕は思った。もちろん、そんなの怖くて口にできるはずもなかったが、敵対している火蜜さんは露骨にクスリと嗤っていた。
「まあ、良いわ。私も丁度、彼と話したいと思っていたところだったから。ただ、貴方はだめよ、カイナさん。今すぐこの場から離れてくれるかしら」
「……ふぅん。アタシだけのけ者かよ。2人っきりで何をするんだか」
「ふふふ。貴方が、想像したとおりの事かもれしないわね」
火蜜さんとカイナは睨み合ったまま笑っていた。
なんだか、その2人の空気は張り詰めており、容易に近づける雰囲気ではない。ただ、やがてカイナが肩をポンと叩いてから、その場を無言のまま後にしたのだった。たぶん、火蜜さんを追いかけていた目的を思い出し、僕のために怒りを静めてくれたのだろう。
本当に、気の良いヤツだ、そう思うしかなかった。
「……あ、あの」
ただ、唐突のことに口べたの僕は何と言って良いか分からず、オロオロとするしかなかったが……。
「ふふ」
そんな僕を見かねたのか、ふと火蜜さんが抱きついてきたのである。ふわっと甘いミルクパイのような匂いが漂い、薄い制服の上から柔らかい女の感触が伝わった。そして甘えるような、攻めるような、優しいような口調で呟いたのだった。
「……もう、どうして、あの事を、あの女に話したのよ! どうしてよ」
「え」
「私は、それが悲しくて、悲しくて仕方なかったんだからね。私の誘いを断ったのもイヤだけど、秘密を広めた事が許せない。秘密を教えたのは私なんだから、私だけが友達でしょ。それとも、私は大切な友達じゃないの?」
「……と、友達だよ」
「それなら、どうして、あの女にも秘密を教えたのよ。もしかして貴方は、あの女と友達になれって私に言いたいの? ばかばか、ばかっ! そんなのイヤなんだからっ! もう、他の女に秘密を教えたりしないでよね! 私は君さえいれば良いのよ」
「あ、う、うん」
気圧されるように、僕は何度か頷いていた。
ただ、それは場の空気を察しただけの、から返事であった。正直、火蜜さんが何を言いたいのか分からなかった。日本の言葉としては伝わってくるが、モヤモヤとした何かが僕の中で引っかかっていた。火蜜さんには、変な違和感が隠れているような気がしてならなかった。その奥底を覗きたいような、覗きたくないような、矛盾している感情が僕の中でぶつかり合っていた。
しかし、それでも、今やる事は決まっている。
泣いている女の子は慰めなければいけないというチープな言葉だけがハッキリと頭に浮かんでおり、僕は抱きついている火蜜さんの背中にソッと手を回したのだった。




