#001-1 ヒミツの終わり
「私の足を舐めたいんでしょ。いいわよ。ただし、指の間もね」
2人きりになると、そういう事を言い出すのが火蜜さんだった。
容姿、性格、成績という3つの要素が完璧に整った美女である。艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、古い日本人形のように清楚な魅力を秘めている外見。その美貌をひけらかすようなマネはせず、上品で穏やかな物腰をしているのだ。
しかも、成績が県内一というのだから、普通は同じ女性から妬まれるものだろう。しかし、例外あるものの、どんなタイプの同性からも火蜜さんは好かれていた。この人は1つランクが違う、そう初めから思わせるような空気を纏っていたのだ。
大抵の男子は話し掛けるのすら躊躇している。
しかし、なぜか僕と2人きりになると、妖しい目付きに変わるのだった。
「……ほら、早くしなさいよ」
火蜜さんは淫靡な白い足を揺らす。
放課後、2人だけの静かな教室。教壇の上に座ったまま、火蜜さんはスラリとした細い生足を僕に差し出していた。明かりはない。窓の外から月の淡い光が差し込むだけなので、その白い足は甘い宝石のように輝いている。男を惑わす魔性の香りが漂ってくるようで、吸い寄せられるように火蜜さんの生足を手に取ったのだ。
僕は、ただ黙って彼女の白い足を舐めていた。
「……そうよ、いい、イイのぉ」
恋人にするような優しい囁き。
とろとろに蕩けそうな甘い女の呟き。
それが、変わったのは僕の舌が、火蜜さんの剥き出しになった足先に触れた時だった。生暖かく湿った吐息が口からこぼれ落ち、艶めかしい首筋にはスッと赤みがさしていく。皮膚の隙間から女の濃い匂いが香り立ち、桜色に火照った体が小刻みに悶えていったのだった。
「ふふ。イタいのは嫌いだから、そのまま丁寧にお願い。私を押し倒す妄想ぐらいなら許してあげるから。落ち着いてね。……あぁ」
暗い教室に、荒い呼吸と甘い声だけが木霊する。
普段は、みんなが勉強をしたり、普通に話したり、子供っぽく遊んだりする学校の場所。それなのに、この時だけは全く別世界のような空気が広がっていた。とても普段と同じに思えない、現実と離れた、インモラルな時間を僕たちは共有していたのだった。
中々できる体験ではない。
熱い高揚感が僕の心を包んでいた。
―――ただ、1つだけ不思議なことがあって。
どうして、美しく知的な彼女が、僕みたいに冴えない男子を誘ったのか分からなかった。