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公園の鳩  作者: 望月
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後編

「おい、おっさん。こんなところで寝てるなよ。超邪魔」

 揺り動かされて、俺はようやく自分が寝ていたことを思い出した。

 胸ぐらをつかむ手の先をたどると、茶髪が半分黒髪に戻りかけた青年がいる。

 自販機に倒れ込んだおかげで、頭をぶつけないですんだらしい。

 鞄がとられたことも、思い出した。

 だからどうしろってんだ。

 俺はあれがないと生きていけないけど、今までずっと貧乏暮らしだ。

 とられたんなら、それでいいような気もしてきた。

 そうだ、劇的なきっかけがあったじゃないか。全財産じゃないけど、これで俺は有り金とカードを失った。

 カードなんて、持ってたことに笑ってほしい。

 なんだかんだいって、金持ち気どってたんだ。いいように悪用されれば、周りのやつも失望してうんざりするだろう。

 ま、なんだかんだいってもかわらないんだろうな。

 俺が持たされてる財布がなくなったくらい、群がる鳩は気にもかけない。むしろ、俺に持たせるのは危険だから云々いってくるかもしれない。

 ごもっとも。これで財産なげうってもいいかもとか思ったやつに、金なんて持たせるもんじゃない。

 さて、青年のいう通り地面は寝るところではないから起き上がることにした。

「これ、お前のだろ」

 鞄が差し出される。

(こいつ、馬鹿だろ)

 持って逃げろ。持ち逃げしろ。親切心の固まりか。正義の味方かうっとうしい。

 それがあると困る。それで出ばなをくじかれた俺は、またうじうじと悩むんだ。

「取り返してきてくれたのか、どうもありがとう」

 かけらも思っちゃいねぇけどな。それが礼儀なら、大人の対応だ。

「いや、とったの俺」

 こいつは馬鹿か。頭がおかしいのかもしれない。そうだ。そうに違いない。きっとそうだな。

 なんで返しにきた。

「っていうかお前、金持ちすぎててキモイ」

「ならはじめからとるな。キモくていいからもってけ」

「え、なにこれイラネーの? 金持ちウゼー」

 人のものを勝手にとっておいて、なんて言い草だ。

 青年に手を貸すように言いつけて、公園のベンチにたどり着いた。

 多少横柄な態度を取ったのは、金持ちといわれたからかもしれない。警察に連絡しなかったのは、相変わらず頭が痛いのと、こんな馬鹿にはそうそうお目にかかれないからだ。

 警察にお世話になって、その後の面倒くさいやり取りがあって連絡がいくのはあの女。なんて最悪のシナリオだろ。

 リュックをあけて財布の中身を確認する。

 ヤバい、こいつマジでとってない。

 元がいくらだったか覚えてないが、財布には金もカードも入ったままだ。なんで、こいつこんなに馬鹿なんだよ。

「それ、いくらいれてんの?」

 声が大きい。頭が痛い。

 なんでこんな頭の悪そうなやつにリュックをとられたのか、自分の馬鹿さがほとほと嫌になる。

 厄介事が一つ持ってかれたとおもったら、厄介者がくっついて戻ってきやがった。

 自分の人生にうんざりする。

 空を見上げる。もう完全に日が暮れたらしい。犬の散歩をする人間と、会社帰りらしい人間が通り過ぎていく。

 昔も俺はあの中に居なかった。

 マジで、仕事がなかった。たまにある仕事は、もっと遅くまであったからこんな時間には歩いてないしもっと死んだ目をしていた。

 街頭がぼんやりとついている。ぼんやりして見えるのは多分俺の頭がぼんやりしているからだ。

 よけい頭が痛くなるだろうか。そんなもん吸ったら。

 俺の隣に座るな、うっとうしい。腕時計をみる。主婦が通りすぎる。横目で俺たちをみて、蔑むような顔をしていった。

 いつまでここにこうしてるんだ。

 横目で青年を伺う。みたところまだ、高校生かせいぜい大学生。未成年なのにタバコだとか、そういうことは関係ない。

 そうじゃなくて、こいつは幸せそうだと思ったんだ。若いっていうことか。もう少し将来を心配しろよ。


 俺みたいに、なっちまうぞ。


「っていうかさ、あんたみたいな冴えないやつが、どんな汚い手使ったらそんな金手に入るんだよ。怖いんだけど」

 俺も怖い。だから、大金が欲しいのに受け取れずにこんなところにいるんだろ。

 お前が奪ってってくれたら、それで終わりにする決心がついたのに。

「俺も怖いから、こんなカッコしてんだろ」

「あー、そーいうことね。わかるわかる。きもいもん。なに、それ宝くじでもあたったの」

 親の遺産、って言っていいのか。

 いっそすべて捨てられたら、楽だと思っている。だけどそれだと俺は生活できない。捨てるだけの勇気がない。

 鳩並みの脳みそに明け渡すのは癪で、あの女の言う事も聞きたくない。

 俺は黙っていることにした。

 この男をどうするべきなのかを、考えよう。

 街はいつもよりいっそう暗い。広い敷地の家っていうのはこういう日には、全然よくない。どこの電気をつければ無駄じゃないのかわからない。電気をつけないでいる暗い家ほど、重たいものはない。

 ぽつり、と手に水滴が落ちてきた。

 見上げたその顔にも、もうひとしずく。

「やべ、降ってきた。おっさん家近い?」

「自転車でちょうどいい距離だ」

 つまり昼は結構長く歩いたのだ。

「じゃ、俺んとここい」

「待て、ごめんだぞそんなの」

 仲間が待ち構えてたりして俺は、リンチにあったりそんな目に遭うんじゃないか。

 目の前の大金にビビって、返しにきたやつである事も忘れて俺はそんな事を想像しておびえた。

 服を引っ張るな。頭が痛いしめまいがしてるんだ揺らすな。

 遺伝の偏頭痛がひどい。何の因果でこんなやつに遭うんだ。俺の周りには、公園の鳩並みに頭の単純なやつしか居ない。

 だから、頭がよけいに痛くなるし疲労がたまって風邪を引いて、あげくにリュックをとられるんだ。

 ひったくり犯の家を訪ねるやつなんて世界にいるだろうか。

 三十秒も走らなかった。

 俺はたどり着いた場所をみて、唖然とした。

 野外である。布団がある。

 脇には道路。車が走っている。何を隠そう歩道橋の下である。

 確かに、俺のとことは言ったが、俺の家とは言わなかった。それで、これか。

「おい、ちょっと待て」

 その若さで、お前。

 っていうか、ここに住んでたのお前かよっ!

 親はどうした親は。

 と口をついて出かけたが、俺も親に育てられた記憶がない。金だけ残して馬鹿野郎が。高校出たのが奇跡なんだよ。

 親戚に、感謝しろ。

「はー、最悪だ。なんだよ、その目、金持ちうざいんだけど。バーカ。ヤクザ」

「なんだそのヤクザって」

 俺がヤクザ見えるなんて、日本は平和な国になったもんだね。

「お前みたいなやつがそんな金持ってるのはおかしい。汚い仕事をしているに違いない、ってことでヤクザの使いっ走りに違いない」

 びし、と指を指した。片手で布団を持ち上げて自転車にかけた。湿気対策か。

 通行人から、今まで青年にだけ向けられていた視線が、俺にまで注がれた。

 ホームレスにしちゃ、身なりがいい。まだ日が浅いのか若さ故かもしれない。

 総合的にいって嫌いじゃないんだ。多分馬鹿さ加減が公園の鳩にそっくりで、でもむかつく感じはないからだとおもう。頭空っぽなのに十二分に強かで人懐っこい、公園の鳩。

 こういうやつになれたらいいな。そうしたら、この金ももう少しまともに運用しただだろ。

「お前、家ないのか」

「家、ここ」

 ないってことか。馬鹿だけど悪くない。

「屋根がある家欲しくないか? 風呂と飯と」

「かわいい女の人居たら、言う事ないね」

「美人ならいる」

 あの、鳩その一は見た目だけならそれなりだと思う。第一印象が最悪の俺には、全く女性としてみる気にはなれないが、こいつならいけるだろう。

 今は塒にかえってすっかり姿が見えない公園の鳩は、頭が空っぽそうだがまだ愛着がわく。エサにたかるだけでもかわいげってもんがある。

 ただ金にたかるだけの人間ってのは、頭の中身が鳥類と一緒でもうっとうしさが増す。

 こいつは頭の空っぽさが鳩に似ている気がする。鳩並みに、強かで十二分に馬鹿。

「俺の全財産の管理、お前に任せる。借金さえ作らなきゃ好きにしていい。お前雇うからうちに来い」

「は?」

 これなら、わがままな俺も満足するぞ。

 金にたからないし俺に媚びを売らない。俺に対するのは、冴えないやつっていう正当な評価。分不相応な金もこいつにやるなら悔いはない。

 公園の鳩と一緒だ。施しを与えて、満足できる。単純すぎて愛着がわく。こういうのがいい。

 頭痛をひどくする位ほど声がでかいのが困り者だが、年に数回も会うつもりはない。

 青年は、惚けた顔をして俺をみた。みていると、その顔からいきなり血の気が引いて自転車にまたがった。ハンドルにのった布団の重みで転んで、歩道橋に頭をぶつけた。

「やっぱ、やっぱお前ヤクザだろ。言う事おかしい! 金は確かに欲しいけど、その金気持ち悪い。気持ち悪いっていうか、無理! なんかそういうので手に入れる金は、いらねー。金は欲しいけど、そういうのは遠慮する」

 貧乏生活で苦しんでたら、行方知れずだった親の遺産が転がり込んできました。もうつらい労働はしなくていいです。一生遊んで暮らせます。

 うれしいんじゃないか。幸せだ。ものすごいシンデレラストーリー。豪華な家に秘書が居て、専属の弁護士は白馬の王子みたいに俺を迎えにきた。

 ハッピーな人生だろ。普通そうだろ。

「やっぱ、そう思うよな。お前も思うよな」

 俺が人の数倍わがままで、馬鹿だからじゃないかと思った。鳩と俺はどっちが幸せなのかとか、布団と俺はどっちが不幸なのかとか。

 顔も知らないやつの金、いきなり渡されて好きに使っていいとか言われても、断れないくらい助かるけどでもやっぱ気持ち悪い。

 それで、即日知らないやつにこび売られても、底辺の方に居た俺にはその辺のことよくわかってる。

 不幸に、思えて仕方がなかった。

 幸運だとか、そういう事をいろいろ言われるけど俺は全然幸せじゃない。

 布団と、幸せ比べなきゃいけないくらい、幸せじゃない。

 なんでよりによって、俺の気持ちを代弁するのがこんな頭の悪そうなやつなんだ。俺の頭も空っぽってことか。

 頭は痛いし、結局コーヒーもかえてない。ビビって折角のうまい飯も食わないでコンビニのものばっかりだ。

 情けなくて泣けてくる。鳩の方がもっと図太い。

「金持ちウゼー」

 青年は、困った顔とおびえた顔が混ざった表情で自転車から布団を引き離した。

 こいつ、直球で楽だな。根本が馬鹿な人間だから、そういう言動に安心する。神経を使わなくて楽でいい。声が大きくなければ、頭も痛くならない。

「飯と美人くらいなら、もらいにいってやるよ。全財産はいらねぇ」

 あー、俺もそんなんでいいのかな。

 頭、痛いから、難しい事考えたくない。そういう感じでいいんかな。

「ついでにうちこいよ、部屋あまりすぎてんだ」

「断る。遊ぶ金の使い道くらいなら相談に乗ってやる」

「いや、俺友達いないんだ」

「みればわかる。自転車とってこいよ。公園に放置だろ」

「飯の分働けよ」

 マジかよ、といって青年は自転車にまたがった。

 全く、こんな雨の中走ったら風邪が悪化する事請負だ。ただでさえ頭痛持ちなのに。

 頭が痛いから明日は一日寝ていよう。それくらい、やってもいいんだろ。

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