回転する日常
川に程近い突端に、少女は立っていた。数日振りの雨によっていくらか濡れている地面の上で、ぴくりともせずに立っている。表情には少しばかり無機的なものが含まれているが、少女が身にまとう目にも鮮やかな薄桃と白の振袖が、それを一蹴している。
何とも奇妙な光景であった。少女は無言のまま、ただ独り立ち竦んで、轟々(ごうごう)と唸る川面を見つめている。少女は思い返していた。生を受け、そして今、こうして濁流の前に身を捧げることになった理由を。だがそれは考えるような類のものではなく、ひどく簡単で、又理解しやすいことだった。ただ告げられたのである。
―――――――――わたしたち皆が生き残るために、お前の命は奪われる。
それは義務であった。大多数を救う為の、少数にしかできぬ義務だ。或いは「宿命」、とそう呼んでもおかしくはない。絶対的で、変えることの叶わない、そういうもの。
皆を助ける英雄となる、これほどの名誉はないだろうと皆は口々に言う。少女もまたひどく納得し、それを受け入れていた。以前に身を捧げた女性は納得のゆかぬまま、追い出されるようにして消えた。だが少女には、皆の言っていることがわかる。痛いほどわかった。けれども自我はある。苦しんだ。
――――――皆わたしをいらないと云う。
時は刻一刻と迫っている。周りに集まった皆が固唾を呑んでいるのがわかる。失敗した時、少女を落とすつもりであるからだ。
――――――皆はわたしが恐れることを心配している。そんな必要はないのに。だって
そおっと、まるで玻璃の上を歩くような仕種で、少女は宙に身を滑らせた。そのまま強い風に身を任せると、川の流れに重なった。猛り狂う水の力が少女の視界を奪い、故郷やこれからの旅路を覆い隠す。
――――――わたしはいらない子。
ふうわり、と香りが漂い、重く色づいた着物が身を包んだ。
何日を過ごしたのか、少女は流れ着いた川下の村で、サナという娘に助けられた。サナは、時折川上から流されてくる椿の花弁を集めるのが、癖である。何でも、綺麗なうちに流されているのが忍びないということで、そのおかげで少女も救われたのであった。
それから数日して、少女はあの時聞いたような、轟々と唸る音を聞いた。
その翌日、サナはいつものように何枚もの花弁を拾ってきた。皆一様に水や泥を被っていて、あまり元気はない。その中には少女の見知った顔もある。
サナの語ることを聞くに、どうにもあの日の晩、元々危うい場所に植えられていた椿の木数株が、勢いをつけた濁流に攫われて、川下へと流されてしまったらしい。岸にたどり着いた椿の状態はひどいもので、たっぷりと水を含んだ幹は、もう長くは保たない。
きれいだったろう花弁も、みんな散ったり汚れたりでみっともなくなってて。お前はまだよかったね。こうしてきれいに咲いているのだもの。
きれいに笑うサナの横で、明るい色彩が光る。薄桃に白の斑の、美しい椿の花弁だ。