第1話『隣に越してきた赤ん坊』
この物語は聖書の記述に基づく創作であり、特定の教派の教えを説くものではありません。
今夜も、あの人のことを話そう。
あの夏、隣に越してきた赤ん坊が、まさかこんなことになるとは思わなかった。
――明かりは、そのままでいい。少し眩しいくらいがちょうどいいんだ。最初は、光の話から始めたいから。
ぼくが最後に覚えているのは、オフィスの白い光と、キーボードの音と、誰かが「お先に失礼します」と言う声だった。それから、長い、長い暗闇があって、気がついたらぼくはまた同じくらい白い光の下にいた。ただし今度は、天井から落ちてくる光だった。産院の、あの特有の清潔な匂いのする光だ。
三十五歳で死んだはずの自分が、どうしてまた赤ん坊として泣いているのか、理屈は今でもよくわからない。わかっているのは、頭の芯のほうに、前の暮らしの記憶――終わらない残業、満員電車、誰にも気づかれなかった最期――が、古いシミのようにこびりついていたことだ。不思議なもので、前の人生のことはやけにはっきり覚えているのに、赤ん坊だった頃の毎日のほうは、ところどころ霧がかかったようにぼやけている。だからこれから話すことの半分くらいは、あとで母から聞かされた話だと思って聞いてほしい。
赤ん坊の体は重くて、思うようには動かない。声も、出したいようには出せない。けれどその不自由さの底で、ぼくはひとつだけはっきり覚えていた。今度は、ちゃんと誰かに気づいてもらいたい、ということを。
母は、ぼくを産んでからずっと機嫌がよかった。何かにつけて「真、真」と呼んだ。呼ばれるたびに、ぼくはその名前が自分のものだということを、少しずつ体に覚えさせていった。前の人生で最後にフルネームを呼ばれたのは、たぶん健康診断の待合室だったと思う。父は仕事で帰りが遅い人で、休みの日には縁側で麦茶を飲みながらぼくの顔をのぞきこみ、「ほんとに皮がしわしわだなあ」と笑っていた。誰にも急かされず、誰にも評価されず、ただ生きているだけでいいという時間を、ぼくはたぶん三十五年ぶりに味わっていた。それがいつまで続くのかは、もちろん赤ん坊のぼくにはわからなかった。
隣の空き地に家が建ち始めたのは、ぼくがまだ寝返りもおぼつかない頃のことだったらしい。大工の棟梁が、自分の家を自分の手で建てていた。毎朝同じ時間に、同じ間合いで釘を打つ音がした。その音は不思議と耳に障らず、むしろ昼寝の合図のようにぼくを落ち着かせた。母に言わせると、その頃のぼくは、釘の音が止むと決まって泣いたという。たかが釘の音に、どうしてそこまで安心していたのか、今考えても説明がつかない。
その家に戸田という家族が越してきたのは、その年の夏の終わりだった。寡黙な棟梁の恭平さんと、物静かだけれど芯の強そうな奥さんのまどかさん。それから、生まれてまだ十日ほどの男の子。家は急いで建てられていたが、それでも少し間に合わなかったらしい。前のアパートを引き払う日のほうが先に来て、ベビーベッドは届かず、荷物もまだ段ボールのままだった。最初の何晩か、その子は、恭平さんが道具を出して空にした木箱にタオルを何枚も敷いて、そこで眠っていたという。名前は一樹。木が一本、まっすぐに立っているような名前だと、母が言っていた。
引っ越しの挨拶に来た日、まどかさんは一樹を抱いたまま、縁側越しにぼくの顔をのぞきこんだ。母が「ほら、真。お隣の赤ちゃんよ」とぼくを抱き上げると、まどかさんは少し考えるような顔をしてから、「いい目をしてる」と言ったらしい。母はそれをただの世間話として受け止めていたが、今になって思うと、あの一言には何か別の意味が含まれていたような気もしてくる。もちろん、ただの世間話だった可能性のほうが、依然として高い。
越してきて二日目か三日目の、夜明け前のことだ。母はぼくに乳をやるために起きていて、台所の小窓から、隣の玄関先に人が立っているのを見た。作業着の男が三、四人。国道の夜間工事を終えたばかりの人たちで、ヘルメットを脇に抱え、手には缶コーヒーを持っていた。「ここで赤ん坊が生まれたと聞いて」と、彼らは言ったそうだ。恭平さんの知り合いではなかった。誰から聞いたのかと尋ねても、顔を見合わせるばかりで、はっきりとは答えなかったという。
まどかさんは彼らを玄関に上げ、木箱の中の一樹を見せた。男たちはしばらく黙ってのぞきこみ、それから、来たときよりずっと楽しそうに、何か話しながら朝の道を帰っていった。東の空が白みはじめていて、母が覚えていたのは、彼らの背中に当たっていたその光のことだった。まどかさんは、その朝のことを誰にも詳しく話さなかった。ただ、ときどき思い出すような顔をしていた、と母は言う。
前の人生のぼくは、大切なことはいつも、明るい会議室や、名前の載る名簿や、誰かの目に留まる場所で起きるものだと思っていた。だから見られる場所へ行こうとして、行けないまま終わった。あの朝、隣の木箱を最初にのぞきこんだのが、町が眠っているあいだ道路を掘り返していた、名前も知らない人たちだったことを、ぼくは長いあいだ、ただの偶然だと思っていた。今は――どうだろう。今でも、よくわからない。
同じ日の昼、母はぼくを抱いて隣へお祝いを届けに行ったそうだ。まどかさんが木箱のそばにぼくを下ろすと、一樹は小さな手でぼくの指を一本つかみ、そのまま眠ってしまった。母とまどかさんは、ぼくが指を引き抜くまでのあいだ、二人で黙って見ていたという。その場面を、ぼくは覚えていない。ただ、指を誰かに握られたまま動けずにいる、というのは、今になって思えば、ぼくとあの人との関係をずいぶん正確に言い当てていた気がする。結局、指を引き抜いたのはぼくのほうだったらしいけれど。
最初に一樹の顔をちゃんと見たのがいつだったか、正確には覚えていない。覚えているのは、生垣の隙間から見えた、小さな顔のことだ。赤ん坊というのは普通、顔をくしゃくしゃにして泣いているものだと思うのだが、一樹は妙に静かだった。まるで、すでに一度、この世界の仕組みをひととおり見てしまった後のような顔をしていた。母乳を飲むとき以外はほとんど泣かない赤ん坊だと、まどかさんはよく言っていた。
一つだけ、今でもときどき思い出す夜がある。ぼくが二歳になったばかりの冬、高熱を出して、母がずっと氷で額を冷やしてくれていた夜だ。隣の家からは、その晩に限って、ずっと一樹の泣き声が聞こえていた。これも珍しいことで、まどかさんは後に「あの晩だけは本当に手がつけられないくらい泣いた」と話していた。
真夜中のある瞬間、二つの家で同時に、何かが止んだ。ぼくの熱がすっと引いて呼吸が楽になったのと、隣の泣き声がぱたりと止まったのが、ほとんど同時だったらしい。母はそれを「きっとお医者さんにもらった薬が効いたのね」と説明していたし、まどかさんは「ちょうど寝る時間だったのよ」と言っていた。どちらも、たぶん正しい。ただ、ぼくの中には今でも、あの夜、壁の向こうの小さな生き物と自分とが、何か同じものを分け合ったような感覚だけが残っている。それが何だったのか、正直なところ、今でもよくわからない。たぶん、わからないままでいいのだと思う。
二人がちゃんと「友達」になったのは、もう少し後、二人とも自分の足で歩けるようになってからのことだ。生垣の隙間に落ちていた蝉の抜け殻を取り合って喧嘩になったのが、最初のまともな記憶で、これはあまり神聖な出会いとは言いがたい。一樹は抜け殻を独り占めしたがるぼくに怒ることもなく、半分に割れてしまった抜け殻を見つめて、ただ「残念だったね」と言った。二歳児にしては、ずいぶん落ち着いた物言いだった気がする。もちろん、これもぼくの記憶の中で後から整えられた言い回しなのかもしれない。
笑ってしまう出来事も、もちろんあった。母が買ってきたばかりの大福を縁側で落として割ってしまった日、本気で悔しそうな声を出した母に向かって、まだ二歳そこそこの一樹が真剣な顔で「割れても、味は変わらないよ」と言った。母はしばらく笑い続け、父にまで「隣の子、やけに悟ってるわね」と報告したらしい。一樹にとっては気の利いたことを言ったつもりなどなく、思ったことをそのまま口にしただけなのだと思う。けれど、その癖こそが、周りの大人たちを何度も拍子抜けさせることになった。
不思議なことに、一樹のそばにいると、ぼくはいつも少し落ち着かない気分になった。安心するのと、何かに置いていかれるような気がするのとが、同じ重さで同時に存在している感覚だった。前の人生で覚えた「頑張っても、どうせ誰にも気づかれない」という諦めのようなものが、一樹の静かな目に見透かされているような気がしたのかもしれない。と言っても、それは今の自分がそう感じるというだけで、当時のぼくに、そこまで複雑な感情があったとは正直思えない。
だいたい、そんなふうにしてぼくらは隣同士で育っていった。生垣の隙間から蝉の抜け殻を取り合い、恭平さんが庭先で木を削る音を聞きながら並んで昼寝をし、一度だけ、同じ夜に眠れずにいた。特別なことなんて何も起きていないように見える、ありふれた年月だった。
ただ、ぼくが小学校に上がった年の夏、縁側で並んで西瓜を食べていた日のことだけは、よく覚えている。一樹はひと粒の種を手のひらにのせて、しばらく眺めてから、庭の隅にそっと埋めた。「いつか木になるかもしれないから」と、そう言って笑った顔を、ぼくは今でもはっきり覚えている。
それまでぼくは、前の人生の癖が抜けず、年下の彼を妙にかしこまって「一樹くん」と呼んでいた。その日、初めて「いっちゃん」と呼んだ。
口にした瞬間、ぼくの中で小さな警報のようなものが鳴った。これ以上近づいたら、いつか何かを失うことになるかもしれない、という、まだ言葉にもならない予感だった。ぼくは急に喉が渇いたふりをして、麦茶のおかわりを取りに台所へ立った。恥ずかしかったのだと、自分では思っていた。何かに近づきそうになると、さりげなく用事を作って離れる。その癖は、たぶんこの夏からすでに始まっていたのだと思う。
台所から振り返ると、一樹はまだ庭の隅にしゃがんで、種を埋めたあたりを見ていた。誰も見ていない土の下の、小さなひと粒を。
あの種がその後どうなったのかは、また別の夜に話そう。
……今夜は、ここまでにしよう。少し、息が続かなくなってきた。
――その続きは、また次の夜に。
出典:ルカによる福音書2章1〜20節(誕生と羊飼いたちの訪問)、創世記1章3節を参照しつつ創作。本文中に聖句の直接引用は使用していません。
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話末解説
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■原典
ルカによる福音書2章1〜20節。ローマ皇帝の人口調査のため旅をしていたヨセフとマリアに男の子が生まれます。宿屋に場所がなかったため、赤ん坊は布にくるまれ、飼い葉桶(家畜のえさ桶)に寝かされたと記されています。その誕生の知らせを受けて最初に見に来たのは、夜通し羊の番をしていた羊飼いたちでした。本文の「夜間工事明けの作業員」と「道具を空けた木箱」は、ここから移したものです。
■本質
当時の羊飼いは、社会の中心から遠いところにいた人々だったと考えられています。大切な誕生が、王宮でも名士の家でもない目立たない場所で起き、目立たない人々に最初に知らされた。この場面は、そう読まれてきました。
■原典を開くなら
ルカ2章1〜20節は数分で読めます。物語では、作業員たちは「誰から聞いたのか答えなかった」ことにしました。原典には、羊飼いたちがその夜、野原で何を見聞きしたのかが書かれています。まどかさんがその朝のことを誰にも話さなかった場面は、2章19節に当たります。誕生の場面はマタイによる福音書1〜2章にもあります。そちらに羊飼いは出てこず、別の訪問者がやって来ます。読み比べると、二人の書き手がそれぞれ何を大切にしたのかが見えてきます。
■今夜の問い
あなたのまわりで、誰にも気づかれずに続いている大切なものは何でしょうか。




