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第42話 南西部攻略会議

 将軍たちの苛烈極まる糾弾によって、プライドも魂も塵となるまで削り取られた新王クロヴィス。

 しかし、彼を待っていたのは更なる冷酷な現実であった。

 父である前王アルベールは、執務室の窓から眼下に広がる王都の灯を無言で見下ろしていた。

 数千の蝋燭が彩る夜景は、本来ならば王の権威を象徴する光のはずだった。

 しかし、振り返ることもせず放たれた父の声は、冬の氷河のように冷たく息子を突き放した。


「クロヴィス。お前は、聖女マリエールがいなかったら、今頃自分がどうなっていたと思う?」

「父上……それは……。彼女は、その……私を支えるために、一生懸命に頑張ってくれているとは、重々承知しておりますが……」

「一生懸命? 頑張っているだと?」


 アルベールが吐き捨てるように言い、ようやく息子を振り返った。

 その瞳には、新王への期待など微塵もなく、ただ底知れぬ絶望が澱んでいる。

「お前がその空っぽな頭に乗せた王冠の重み――それはな、すべてマリエールが削り取った己の命の代償なのだ。彼女が自らの命をまきとして燃やし、その灰の上に、今のお前の贅沢な暮らしがある。でなければ我が国の領土は今の八分の一……いや、彼女がいなければ、お前は今頃、亡国の王子として敵軍に捕らえられ、首に鎖を繋がれて家畜のように泥の中を引き回されていただろうな」


 実の父にさえ『空っぽの頭』と断じられたクロヴィスは、その夜、自室の隅で震える声で老執事に問いかけた。

「……王とは、これほどまでに叱られるものなのか? 私は、王として少しばかりの特権を享受したかっただけなのだ……」

「殿下。ご自分の浅はかな行動を、今一ご自身の中で反芻なさいませ。……叱ってくれる者がいるうちは、まだ見放されてはおりませぬよ。本当に呆れ果てられ、価値なしと断じられれば、誰も貴方に言葉などかけませぬ。……今の貴方は、王としてはまだ幼すぎるのです」


 翌朝。

 重苦しい空気の中、南西部奪還に向けた「南西部攻略会議」が召集された。

 地図が広げられた長机を囲むのは、昨夜の怒気がまだ肌に刺さるような将軍たちである。

 北方の強固な海路を警戒すべく、レオンハルト、マキシム、シルヴァンの三将軍を「北の盾」として配備。

 王都の安寧を策士エティエンヌに預け、残る全軍で南西部へと向かう大遠征軍が編成されることとなった。

 しかし、その具体的な戦術を巡り、会議はかつてない熱を帯びて紛糾することになる。


「最初の三都市で、私が『ウリエルの神剣』を振るいます。圧倒的な神威を知らしめ、戦う前から敵の戦意を根こそぎ奪う。そうすれば、残りの都市は戦わずして膝を折るでしょう。それが、兵の消耗を抑え、この国を最短で救う最善の道です」


 マリエールの凛とした提案。

 その声には、一欠片の迷いもなかった。

 しかし、それを聞いた瞬間に、八人の将軍たちの咆哮が会議室の壁を激しく揺らした。


「断固、反対にございます! マリエール様、貴女の奇跡は、ご自身の命を削り、魂を摩耗させるもの。これ以上、安売りをさせてはなりません!」

「ですが、ガストン将軍。ここで時間を費やせば、それだけ前線の兵たちが死ぬのです。彼らの命を救えるのは、私の力だけではないのですか?」

「それでもです! 神剣に頼らずとも、我らがこの腕で、この剣で、城壁を抉じ開けてみせます! 我らのこれまでの戦いを、信じてはいただけぬのですか!」


 マリエールは、困ったように眉を下げると、暗幕の背後に控えるエミリに少しだけ悪戯っぽく視線を向けた。

「……ならば、エミリにウリエルの剣を持たせて……」

「いいえ、マリエール様! あの剣は貴女の魂そのもの。貴女さましか使えないのは、全員が重々承知しておりますぞ! エミリ殿のフリをしてご自身が力を使おうなどという策はミエミエです! ゆえに、その案も却下です! 我らは、マリエール様が指一本動かさずとも勝てる軍隊であると、貴女に証明して見せます!」

 暗幕の裏にいたエミリは笑い声を抑えるのに必死だ。


 そして数日後。

 遠征軍は南西部の玄関口であり、巨大な物流の拠点都市であるオセルへと辿り着いた。

 全軍の指揮を執るガストンは、馬上で極度の緊張に晒されていた。

 彼は王都を発つ際、残った同僚たちから、呪詛よりも恐ろしい言葉を叩きつけられていたのだ。


『ガストン、分かっているな? 何があってもマリエール様に神剣を使わせるな。一振りでも奇跡を顕現させたら、我ら全員で貴殿を「再教育」してやるからな。特にレオンハルトは真剣を持って貴殿の首を狙いかねないからな。……骨も残らんと思え』


 ガストンは脂汗を流しながら、片時もマリエールの側を離れず、周囲に目を光らせていた。

 ふと、馬上のマリエールが、隣を歩むガストンの巨躯をチラリと見上げた。

 目が合った瞬間――彼女は、春の陽だまりが綻ぶような、この世のものとは思えぬほど清らかで、透き通るような美しい笑顔を浮かべたのである。


(ひ、ひいいい……!)


 歴戦の猛将ガストンは、背筋に凍りつくような戦慄を覚えた。

 彼には分かった。

 この「慈愛に満ちた笑顔」こそが、彼女が何かを企んでいる時の合図なのだ。


(あの笑顔……絶対に、絶対に一人で勝手に動こうとなさっている! 間違いない、我々が必死に攻めている隙に、独断で神剣を顕現なさる気だ! 陛下、それだけは、それだけはご勘弁を……!)


 マリエールのあまりに透明な微笑みは、今のガストンにとっては、どんな敵軍の鬨の声よりも恐ろしい「不服従の宣告」に見えた。


「ガストン将軍。あそこの時計塔……。あの上からなら、街の隅々まで見渡せますよね? とてもステキな場所だと思いませんか?」

「な、何を仰るのですかマリエール様! 時計塔になど、絶対に登らせませんぞ! あそこから神剣を振るうおつもりでしょう!? 陛下に奇跡を使わせたとなれば、私は王都に戻った瞬間、レオンハルトやエティエンヌに、文字通り骨も残らぬほど絞り上げられるのです! 私の命を、私の身体を可哀想だとは思わんのですか!」


「あら、ガストン将軍。そんなに怖がらなくても。……私はただ、少し高いところから、この街の美しい景色を見たいだけですわ?」


 クスクスと鈴を転がすように笑うマリエール。 

 しかしその瞳の奥には、一滴の兵の血も流させまいとする聖女としての慈悲深い決意と、ガストンの厳重なガードをどう潜り抜けるかを秒単位で計算する軍略家としての狡猾な光が、静かに、そして気高く同居していた。

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