第4話 村の温もり
森を駆け抜け、肺が焼けるような息苦しさの中で、マリエールはようやく見慣れた粗末な小屋の前に辿り着いた。
雨に煙るヴァル・ド・ロゼ村の風景は、前世で贅を尽くした王宮の壮麗さに比べれば、あまりにも寒々しく、色褪せて見える。
しかし、震える手でその粗末な扉を必死に押し開けた瞬間、彼女を待っていたのは、かつての煌びやかな生活では決して得られなかった「真実の温もり」であった。
「お嬢様! マリエールお嬢様! どこへ行っておられたのです、こんな激しい雨の中に!」
血相を変えて土間に駆け寄ってきたのは、老従者ピエールであった。
前世において、傲慢の極みに達したマリエールに疎まれ、疎まれながらも彼女を案じ続け、最後には彼女の身代わりとなって冷たい獄中で命を落とした老人。
世界でただ一人、彼女の罪も愚かさもすべて包み込み、最期まで心から愛してくれた唯一の存在である。
「……ピエール」
マリエールの瞳から、堰を切ったように熱い涙が溢れ出した。
目の前にいる彼は、まだ死の影など微塵もなく、その背中も記憶よりずっと頼もしく見える。
震える彼の手には、帰りの遅い彼女のために温め続けていた、粗末な野菜スープの器が握られていた。
その湯気が、凍てついたマリエールの心を優しく溶かしていったのです。
「お、お嬢様……? どうされたのです、その泥だらけの姿は。もしや森で狼にでも!? 怪我をされたのか、それとも……」
「いいえ、違うの。違うのよピエール。私……私は……っ」
言葉にならず、彼女は思わずピエールの細い体に縋り付いた。
驚き、戸惑いながらも、ピエールは慈しむように、そして壊れ物を扱うような手つきで彼女の背中を何度も撫でる。
(生きている。ピエールが、目の前で息をしている。……私のせいで、暗い地下牢で凍え死ななくていい世界に、私は本当に戻ってこられたのね)
その温もりに安らぎを覚えながらも、彼女の脳裏には、先ほど森で出会ったあの王子の、悲痛なまでの叫びがリフレインしていた。
――『この国を立て直したい! 神が我が国を見捨てていないという証を、私に!』
今のクロヴィスは、まだ権力の毒に侵されていない。
祖国を救いたいという純粋な志と、民を想う誠実さを確かに持っている。
けれど、彼がマリエールの「本物の奇跡」を確信し、その存在を救国の旗印として掲げれば、物語はまた前世と同じ破滅への坂道を、猛烈な勢いで転がり落ちてしまうだろう。
(彼がこのヴァル・ド・ロゼに辿り着くのも、もはや時間の問題だわ。あんなにも狂信的な、獲物を逃さない目をしていた彼が、私を放っておくはずがない。……でも、今度は絶対に、彼という運命に飲み込まれたりはしない)
マリエールはピエールの胸に顔を埋めながら、血管が浮き出るほどの強い力で、奥歯を噛み締めた。
(宝石も、絹のドレスも、誇り高い王妃の椅子も、もう二度といらない。私はこの村を、ピエールを……そしてレヴィオン王国の民を救うために。この『ウリエルの剣と盾』を――彼が、そしてこの国が私を『道具』として利用することなど到底できないほどの圧倒的な強さで、完璧に使いこなしてみせる)
窓の外では、嵐の去った空に、皮肉にもかつて彼女が「啓示」と見誤った彩雲が、鮮やかにかかり始めていました。
しかし、今の彼女はもう、空を見上げて奇跡を待つだけの少女ではないのです。




