第18話 罪の重み
王宮の広間に引きずり出されたド・ヴァラン伯爵ら汚職貴族たちは、真っ青な顔で床に額を擦り付けていました。
かつては豪奢な毛皮を纏い、金貨の音に耳を傾けていた彼らの指先は、今や恐怖にガタガタと震え、冷たい大理石を虚しく掻いています。
彼らの背後には、裏切りへの怒りに燃えるクロヴィス王子が氷の剣のような視線を注ぎ、その隣ではガストン将軍が、今にも巨大な斧槍を振り下ろさんと言わんばかりの威圧感で控えていたのです。
「貴公らの罪状は明白だ。兵糧を横流しし、私腹を肥やすために民を飢えさせた。何よりも聖女様を暗殺しようとは……処刑だ!王都の広場で、民の前にその醜い首を晒してくれる」
王子の冷酷な宣告が広間の高い天井に反響します。
その死の宣告を受け、伯爵たちは「お助けを!」「私は指示に従っただけです!」と、見苦しく絶望の悲鳴を上げました。
静寂を求めるように、広間の空気が張り詰めたその時、マリエールが静かに一歩、前へと歩み出しました。
「お待ちください、王子」
マリエールは、先日贈られたばかりの、天使をモチーフにした真っ白な革鎧を纏っていました。
銀の羽を象った肩当てが、窓から差し込む陽光を弾き、彼女の背後に神々しいまでの光の輪を背負わせているかのようです。
彼女のサファイアブルーの瞳には、燃え上がるような怒りも、復讐の憎しみもありません。
ただ、すべてを見透かすような、透き通った真理だけが静かに宿っていたのです。
「彼らの命を奪うことは、神の御心ではありません。……どうか王子、その命だけは助けてあげてください」
「マリエール様! なぜこのような賊を庇われるのですか! 奴らは貴女様を殺そうとしたのですぞ!!」
ガストンが信じられないといった様子で声を荒らげ、斧槍を床に突き立てました。
重い金属音が広間に響き渡ります。
しかし、マリエールの瞳は揺らぎませんでした。
彼女は震える貴族たちを見下ろし、慈悲深い、けれど極北の風のように冷ややかな声を紡ぎ出したのです。
「殺してしまえば、それでおしまいです。彼らが犯した罪の重さを、死という一瞬の逃げ場に委ねてはなりません。……その命を救う代わりに、条件があります。彼らが民から不当に奪い取ってきたすべての財産――広大な土地、蔵に眠る金銀財宝、そして贅を尽くした邸宅のすべてを没収し、この国の民に返しましょう」
マリエールの言葉が紡がれるたび、伯爵たちの顔からさらに血の気が引いていきました。
「飢えた人々にパンを、親を失った子に温かな屋根を与えなさい。そして彼らには、自分たちが今まで蔑み、踏みにじってきた泥にまみれた土の上で、一人の名もなき人間としてやり直させるのです。それが、真の償いというものではありませんか?」
それは、誇り高い貴族にとって、死ぬことよりも過酷な宣告でした。
絹の衣を脱がされ、明日の食事すら自らの労働で得なければならない平民の暮らし。
贅沢に慣れきった彼らにとって、それは自尊心を粉々に砕かれ、生き恥を晒し続ける屈辱そのものです。
しかし、マリエールの瞳に見据えられた彼らは、その圧倒的な正義の重圧に、ただ「はい……」と、呻くように震えて従うことしかできなかったのです。
「没収した財産は、個人の所有物にするのではありません。すべて『王の施し』として、名簿に基づき国中に配ります。……民は、誰が自分たちを苦しめ、誰が救ってくれたのかを、その肌で、胃袋で、永遠に忘れないでしょう」
玉座に深く腰掛けていたアルベール王は、マリエールの提案に深く感じ入ったように何度も頷きました。
「……素晴らしい。マリエールよ、お前の知恵は、鋼の剣よりも鋭く、かつ慈悲深く国を治めるのだな。よかろう、即座に没収を命ずる!」
数日後、汚職貴族から没収された財産が次々と民衆へと還元されると、王都の広場はかつてない歓喜の嵐に包まれました。
飢えていた民には小麦が配られ、寒さに震えていた老人には毛布が与えられたのです。
「王家万歳! 救世主、聖女マリエール様万歳!」
その叫びは王城の壁をも揺らさんばかりの勢いで響き渡りました。
共通の敵を排除し、目に見える形で民を潤したことで、王家への忠誠心は、かつてないほどにまで高まっていったのです。
城壁からその光景を見つめていたクロヴィス王子は、隣に立つマリエールの横顔を盗み見ました。
風に揺れる彼女の金髪が、民の歓声を祝福するように輝いています。
(命を助け、なおかつ民の心をも完全に掌握する。……貴女はどこまで気高く、そして恐ろしいほどに賢い方なのだ。私には、貴女がいつかどこか遠い場所へ飛び去ってしまうのではないかという不安さえある。この命が尽きるまで、私は貴女の正義を、貴女の居場所を、守り抜いてみせる。たとえ、この手がどれほど汚れようとも……)
王子の瞳には、忠誠を超えた、暗いほどに深い独占欲と情愛が滲んでいました。
一方、マリエールは民の熱狂に酔いしれることもなく、自らの首筋に手を当てていました。
そこにはかつて、死の宣告と共に巻き付けられた縄の感触が、記憶の中にだけ残っています。
しかし今は、静かで穏やかな鼓動が脈打っているのを感じる。
(前世で私が私欲のために奪い、踏みにじったぶん……今度は私が、この知恵と力で返していくわ。……それが、私の孤独な戦いなのよ。ピエール、見ていて。私はもう、あの火刑台には戻らない)
マリエールは、民の歓声の中に、かつて自分を呪った罵声が消えていくのを聞いていました。
彼女の戦いは、今ようやく、本当の意味での「救済」へと向かい始めたのです。




