第7話 力の差
「う、そだろ……」
俺は膝から崩れ落ちそうになるのを、壁に手をついて必死に支えた。
作戦は失敗した。
いや、失敗なんて生易しいものじゃない。
これでは、余りの力の差で一方的な虐殺を受けるだけだ。
遠くから、余裕綽々とした足音が近づいてくる。
ゴブいちとゴブさんが、ほうほうの体でこの部屋へと逃げ帰ってくるのが見えた。
彼らの体も煤けており、火傷を負っているように見える。
2匹は恐怖に震え、俺の後ろへと隠れるように縮こまった。
「くそっ、くそっ、どうすればいい!」
俺は半狂乱になりながら、端末を操作した。
震える指が、何度もタップミスをする。
何かあるはずだ。この状況を覆す、起死回生の何かが。
その時、ステータス画面にあった『スキル』の項目が脳裏をよぎった。
『魔物合成』
そうだ、これだ!
スキルの詳細は不明だが、名前からして複数の魔物を掛け合わせて強化するスキルに違いない。
俺は祈るような思いで、『魔物合成』のアイコンをタップした。
画面が切り替わる。
【合成する魔物を選択してください】
・スウ(スライム)
・ゴブいち(ゴブリン)
・ゴブさん(ゴブリン)
端末の画面に表示されたのは、生き残っている三匹の名前だけ。
俺は唇を噛む。
スウは……ダメだ。
スウは俺が最初に召喚した、初めての「友達」だ。
合成素材にするなんて、俺にはできない。
それに、ゴブリンにスライムを混ぜたところで強くなるビジョンが見えない。
なら、残るはゴブリン同士の掛け合わせだ。
同じ種族なら、純粋な強化が見込めるはず。
ゴブいち、ゴブさん……すまない。
お前たちの自我を消すことになるかもしれない。
だが、今は力を貸してくれ。
俺は震える指で、二体のゴブリンを選択し、『決定』ボタンを押した。
ブブーッ!!
無情なエラー音が、静寂な洞窟に響き渡る。
画面の中央に、赤いウィンドウがポップアップする。
『エラー:DP不足』
『ゴブリン×ゴブリンの合成には、50DPが必要です』
「……は?」
思考が停止する。
50DP?
俺は慌てて画面右上の所持ポイントを確認する。
『所持DP:40』
足りない。
たった、10ポイント。
スライムたった2匹分のポイントが、足りない。
「あ……ああ……」
端末を持つ手がだらりと下がる。
初期ポイントは100DP。
スライム6匹(スウ含む)で30を消費。
ゴブリン3匹で30を消費。
残りは40DP。
どうあがいても、足りない。
カツン。
足音が止まった。
顔を上げると、部屋の入り口に三つの人影が立っていた。
松明の明かりが、彼らの顔を下から不気味に照らし出している。
「おやおや、やっぱりここが最奥か」
軽い口調で言ったのは、先頭で歩く斥候の男。
彼は部屋の中を見回し、中央に浮かぶダンジョン・コア、そしてへたり込む俺を見て、鼻で笑った。
「なんだぁ? すげえモンスターが出てくるかと思ったら、ひょろひょろの男が一匹かよ」
「何あの男……? 変わった服装してるわね」
「ま、なんでもいいさ。コアを壊してスキルゲット、ついでにそいつを殺して身ぐるみを剥げば、今日の仕事は終わりだ」
彼らにとって、これはただの「仕事」なのだ。
害虫駆除と同じ。
そこに、俺という人間への興味も、命への敬意もない。
大剣の戦士が一歩、踏み出す。
その圧倒的な威圧感だけで、俺の心臓は破裂しそうだった。
逃げ場はない、背後はコアだ。
ゴブいちとゴブさんが、震える足で俺の前に立ちはだかる。
ナイフを構えているが、その切っ先は恐怖で小刻みに揺れていた。
彼らも本能的にわかっているのだ。
俺たちでは勝てない、と。
「どきな、雑魚ども」
戦士が大剣を片手で軽々と持ち上げる。
死の予感が、俺の肌を粟立たせる。
俺の人生、こんな暗い穴の中で、わけもわからず終わるのか。
その瞬間だった。
プルンッ!
俺の足元から、青い塊が飛び出した。
「スウ!?」
俺は叫んだ。
戦闘能力なんて皆無の、最弱のスライム。
俺が守ってやらなきゃいけない存在。
それが、弾丸のような勢いで宙を舞った。
狙うは戦士――ではない。
その後ろ、無防備に立っていた魔法使いの女だ。
スウは、俺の絶望を感じ取ったのかもしれない。
あるいは、主を傷つけようとする敵への怒りだったのか。
「なっ!?」
女が反応するより早く、スウは女の顔面に張り付いた。
粘液質の身体を平たく広げ、目と鼻、そして口を完全に塞ぐ。
「んぐっ! んーっ!!」
女が杖を取り落とし、顔をかきむしる。
魔法使いにとって、視界と呼吸、そして詠唱を封じられることは致命的だ。
あの炎さえなければ、ゴブリンたちにも勝機はある。
スウは本能でそれを悟り、捨て身の特攻を仕掛けたのだ。
「なっ! このスライム、ミーシャに何しやがる!」
ダンジョンコアに剣を向けていた男が、慌てたように女の方を振り向く。
斥候の男が舌打ちし、素早い動きで女に駆け寄った。
「てめぇっ、こんの汚ねえゼリーが!」
逆手で持った小刀が、ギラリと光る。
俺は必死にスウに手を伸ばす。
「やめろぉぉぉっ!!」
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