第4話 ゴブリン召喚
何はともあれ、まずは現状把握だ。
俺は改めて『ダンジョン』のアイコンをタップし、マップを確認した。
3つの空間がいくつかの通路で繋がっている構造。
俺がいるのは真ん中の空間だ。
そして、マップの右端にある、俺が最初にいた空間。
その壁の一部に、点線で新しいルートが表示されていた。
おそらく、明日そこが開通し、外の世界への入り口になるのだろう。
「敵はあそこから入ってくる。迎え撃つなら、通路か、部屋か……」
そして、ストーリーに気になる記述があった。
『ダンジョンコア』だ。
これを壊されたら終わりだと書いてある。
つまり、俺自身の命と同じくらい重要な防衛対象だろう。
だが、今いるこの空間にはそれらしいものは見当たらない。
「残るは、あっちか」
俺は視線を、まだ行っていない奥の通路へと向けた。
マップ上で一番左にある、最後の空間。
いわゆる「ボス部屋」にあたる場所だろうか。
「行くぞ、スライム。……名前がないと呼びにくいな。お前は『スウ』だ」
スライム改めスウは、プルンと一度跳ねて肯定の意を示した。
俺は端末のマップと光を頼りに、水と食料の入った段ボールを抱えて奥へと進む。
15分ほど歩くと、通路の先に空間が開ける。
そこは、今までで一番広い部屋であった。
そして、その中央には、異様な光景が広がっていた。
直径1メートルほどの、巨大なガラス玉のような球体。
それが、台座もなく、宙にふわりと浮いている。
内部では赤と青の光が螺旋を描くように渦巻いており、薄暗い洞窟の中で、そこだけが幻想的な光を放っていた。
「これが……ダンジョンコア……」
あまりの美しさに、俺は息を呑んだ。
同時に、背筋が寒くなる。
一目見て俺は理解した。
あれは、脆い。
ガラス細工のように繊細だ。
ハンマーで叩けば簡単に割れてしまいそうな儚さを感じる。
あんなものが、俺の命綱なのか?
強化ガラス製であってくれと切に願うが、ファンタジー世界にJIS規格は通用しないだろう。
「ここを本拠地にするしかないな」
俺はコアの近くに段ボールを下ろした。
ここが最終防衛ラインだ。
入り口からここまで、敵を到達させてはならない。
俺は段ボールに腰かけ、作戦を練ることにした。
所持DPは95。
これをどう使うか。
スウのようなスライム(5DP)を量産して、数で圧倒するか?
いや、スライムは所詮は最弱モンスターだ。
足止めにはなるかもしれないが、数をそろえても武装した冒険者を倒せるとは思えない。
となると、やはり火力を持った戦力が必要だ。
俺は再び『召喚』の画面を開き、リストを睨んだ。
ゴブリン:E(10DP)。
やはり、コストパフォーマンスを考えるとこいつになる。
人間と同じような四肢を持ち、武器を扱える可能性がある。
「……怖いんだよなぁ」
本音だった。
スライムはマスコットみたいで可愛いが、ゴブリンは違う。
どんな物語でも、薄汚くて、凶暴で、何を考えているかわからない。そんなイメージしかない。
もし召喚して、言うことを聞かなかったら?
俺を襲ってきたら?
俺はチラリとスウを見た。
スウは俺の足元で、のんびりと伸び縮みしている。
召喚した魔物には、マスターへの敵意がない。それはスウを見ていればなんとなくわかる。
この世界のシステムを信じるしかない。
それに、背に腹は代えられないのだ。明日には俺を殺しに来る連中がやってくる。
躊躇している時間はない。
「……よし」
俺は震える指で、『ゴブリン』の項目をタップした。
『ゴブリンを1体召喚しますか? 消費:10DP』
『YES』だ。
再び、端末が激しく振動する。
ブオンッ!
スライムの時とは比べ物にならない、荒々しい光の粒子が噴き出した。
光はねじれ、絡み合い、人の形を成していく。
土臭い、獣のような臭いが漂ってきた。
光が晴れる。
そこに立っていたのは、子供くらいの背丈の「人型」だった。
緑色の肌。大きな耳。豚のような鼻。
腰には粗末な布切れを巻き、手には錆びたナイフのようなものを握っている。
「グルル……」
ゴブリンが、黄色く濁った瞳で俺をギロリと睨んだ。
ひっ、と喉が鳴る。
殺気、ではない。だが、どう猛な野生動物と対峙した時のような、根源的な恐怖を感じる。
ナイフを持っているのがやばい。あんなもので刺されたら、HP10の俺なんて即死だ。
俺は冷や汗を流しながら、それでも虚勢を張って立ち上がった。
舐められたら終わりだ。
犬の躾と同じだ。こういうのは最初に主従関係をはっきりさせないと。
「……お、俺が、マスターだ」
声が裏返った。情けない。
だが、ゴブリンの反応は意外なものだった。
俺の言葉を聞いた瞬間、ゴブリンはその場に膝をつき、深々と頭を下げたのだ。
「ギャッ、ギャウ!」
言葉はわからない。だが、その態度は明らかに「服従」を示していた。
俺は拍子抜けして、へなへなと座り込みそうになるのを堪えた。
「よ、よし。えーと……立て」
ジェスチャーを交えて指示すると、ゴブリンは立ち上がった。
近くで見ると、顔は醜悪だが、どこか愛嬌がないわけでもない。
よく見れば、おどおどとした視線を俺に向けている。
もしかして、こいつも召喚されたばかりで不安なのか?
そう思うと、急に親近感が湧いてきた。
「名前は……『ゴブいち』だ。いいな?」
「ギャウ!」
ゴブいちは嬉しそうに頷いた。
どうやら意思疎通は問題なさそうだ。
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