第15話 深海の塔 -第1層- ③
蟹の視界を奪っている、今がチャンスだ。
だが、あの甲羅はまだ健在である。
どう攻撃する?
関節を狙うか?
俺は目を凝らす。
振り上げられたハサミ、その下。
甲羅と、腹部の境目。
あそこなら、多少は装甲が薄いはずだ。
「ゴブいち! ひっくり返せ! 腹だ! 腹を狙え!」
俺の叫びに、ゴブいちが呼応する。
彼は混乱している蟹の側面に回り込み、大剣を地面に突き刺すのではなく、梃子のように蟹の足の下へ滑り込ませた。
そして、全身の筋肉を膨張させ、血管が浮き出るほどに力を込める。
「ヌンッ……グオオオオオッ!!」
ミシミシと大剣が悲鳴を上げる。
ゴブリンから進化し、筋力も大幅に強化されたホブゴブリンの怪力。
数トンはありそうな巨大蟹の身体が、ゆっくりと浮き上がる。
「ギチッ!?」
蟹が抵抗しようと足をバタつかせるが、一度浮いた重心は戻らない。
ゴロンッ!
巨大な質量が、無様に裏返った。
露わになったのは、青白い腹部。
背中の甲羅に比べれば、明らかに柔らかそうな節状の腹だ。
「今だッ! そのど真ん中に突き刺せぇぇぇッ!」
ゴブいちは大剣を逆手に持ち直し、跳躍した。
体重と重力を乗せた、渾身の突き
ズプッ!!
生々しい音がして、大剣が蟹の腹の中央に深々と突き刺さる。
「ギチイイイイイイイイッ!!」
蟹が鼓膜をつんざくような断末魔を上げ、足を激しく痙攣させる。
ゴブいちは手を緩めない。
さらに剣をぐりぐりとねじり、傷口を広げる。
体液が噴水のように噴き出し、ゴブいちの全身を青い液体で濡らす。
やがて、蟹の動きが止まった。
だらりと力が抜け、巨大なハサミが地面に落ちる。
「……はぁ、はぁ……」
……勝った。
俺はその場にへたり込んだ。
心臓が破裂しそうだ。
スケルトンは全滅。ポイズンモスも死んだ。
だが、俺とゴブいちは生きている。
ピロロンッ。
死闘の余韻をぶち壊すような軽快な音が、周囲に響いた。
-----------------------------------------------------
【ミッション達成:階層の守護者を撃破】
獲得DP:70(アイアン・クラブ40、サハギン30)
ミッションクリアボーナス:100DP
【報酬】
・召喚リスト解放:水棲系(下級)
・特殊アイテム:『アイアン・クラブの大楯』
-----------------------------------------------------
「……はは、命懸けの労働に見合う報酬かは微妙だが、今はありがたい」
DPがまた増えた。これで合計370DP。
それに、新しい召喚リストと装備アイテム。
光の粒子が集まり、ゴブいちの足元に、蟹の甲羅を加工したような無骨で巨大な盾が出現した。
表面にはフジツボがついたままの、荒々しいデザイン。
大剣に、大盾。
これでゴブいちは、攻防一体の要塞になれる。
そして、俺自身にも変化があった。
『レベルが上がりました。LV2→LV3』
『ステータスが上昇しました』
『スキル【鼓舞(LV1)】を習得しました』
新しいスキルだって?
『鼓舞』……名前からして、配下の魔物の能力を一時的に向上させるスキルだろうか?
これがあれば、ゴブいちをさらに強化できそうだ。
俺自身は相変わらず非力なままだが、ダンジョンマスターとしての能力は着実に伸びているらしい。
ふと、塔の螺旋階段の上を見る。
闇の奥へと続く階段。
この先には、さらなる地獄が待っているのだろう。
だが、今の俺たちではここまでが限界だ。
欲をかけば死ぬ。これもサラリーマンの処世術だ。
「帰ろう、ゴブいち」
俺が言うと、ゴブいちは青い体液まみれの顔で、ニカッと笑った。
新しい盾を軽々と持ち上げる。
その姿は、もう単なる魔物ではない。
俺の背中を預けられる、唯一無二の「戦士」だった。
端末に表示された『帰還』ボタンを押す。
再び光の粒子が俺たちを包み込む。
ダンジョンに戻ったら、やることは山積みだ。
増えたDPで戦力を増強する。
Cランク冒険者の襲撃までに備えないといけない。
しかし、不思議と絶望感は感じなかった。
やってやる。
絶対にこの世界で生き残って見せる。
光の中で、俺は強く拳を握りしめた。
冷たい汗は乾き、代わりに熱いマグマのような闘志が身体を巡り始めていた。
三半規管をかき回されるような浮遊感のあと、俺の両足は硬い地面を踏みしめた。
鼻をつくのは、カビと土の臭い。
あの磯臭い『深海の塔』とは違う、俺の”ホーム”である洞窟ダンジョンの空気だ。
「……戻って、きたか」
面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークと評価をお願いします!




