第13話 深海の塔 -第1層- ①
俺は顔を上げる。
部屋の入り口、冒険者の死体のそばに、ホブゴブリンは仁王立ちしていた。
身長2メートル超。
岩石を詰め込んだような赤銅色の筋肉。
醜悪なはずのゴブリンの顔も、ここまで突き抜けると一種の荘厳さすら感じる。
背中には、戦士の死体から奪った、身の丈ほどもある大剣。
まさに、暴力の化身だ。
「おい……」
俺が声をかけると、ホブゴブリンは即座に反応した。
ドシッ、と音を立ててその場に膝をつき、恭しく頭を垂れる。
その瞳。
獰猛な獣の光の中に、かつて俺に頭を下げた「ゴブいち」と「ゴブさん」の面影が見えた気がした。
「グルゥ……」
低い喉の鳴りは、威嚇ではなく服従の証。
合成前の記憶があるのかはわからない。
だが、コイツは間違いなく、あいつらだ。
「お前の名前だが……やっぱり『ゴブいち』だ。いいよな?」
安直すぎるネーミングセンスに自分でも呆れる。
だが、新しい名前をつける気にはなれなかった。
あいつらは死んで、新しい個体になったんじゃない。
俺の中で、あいつらは生きている。だから名前も継承させる。
それが、俺なりの弔いであり、ケジメだった。
俺が問いかけると、彼はニカッと、口が耳まで裂けるような笑みを浮かべた。
「グルルゥッ!」
野太い咆哮。だが、そこには明確な同意があった。
そうだ。お前は新しい魔物じゃない。
あいつらの魂を継いだ、俺の相棒だ。
俺は恐る恐る手を伸ばし、その太い腕をポンと叩いた。
岩のように硬い筋肉の感触。
頼もしい。けれど、これでも足りないのだ。
俺は再び端末の画面に目を落とす。
制限時間は刻一刻と減っている。
残り1時間20分。
このままの状態で新たな敵を迎え撃てば、全滅率は100%に近い。
だが、『深海の塔』に行けば、何かが変わるかもしれない。
「挑む」というからには、行った先で試練があるのだろう。
もし、そこで何かを得られれば――強力な武器か、あるいは新たな仲間か、大量のDPか――。
それが手に入れば、この状況を覆せるかもしれない。
もちろん、その試練で死ぬ可能性もある。
だが、座して死ぬよりは、足掻いて死ぬ方がマシだ。
「よし、ゴブいち。……これから、少し出かけるぞ」
俺は自分に言い聞かせるように呟き、端末の画面に指を置いた。
『1.深海の塔へ挑む』。
そのアイコンを押した瞬間、端末が激しく発光した。
ブウンッ!
視界がぐにゃりと歪む。
三半規管をミキサーにかけられたような強烈なめまい。
地面が消え、重力が反転する。
俺の意識は、唐突に暗転した。
***
ザザァン……ザザァン……。
潮騒の音で、俺は意識を取り戻した。。
俺が知っている、湿った土とカビの臭いではない。
もっと濃密で、肺にねっとりと張り付くような、潮の香り。
塩分と、海藻と、生臭い魚介の入り混じった、海特有のあの匂いだ。
「うっぷ……ここは?」
俺は濡れた石畳に手をついて身を起こした。
目に入ってきたのは、幻想的で、そして不気味な光景だった。
目を開けると、そこは青白い光に満ちた空間だった。
天井は見えないほど高く、螺旋階段がまるで天へと続くドラゴンの背骨のように伸びている。
壁面は黒く濡れた石積みで、所々に発光する苔が生えているため、松明がなくても薄明るい。
塔、というよりは、巨大な灯台の内部のようだった。
俺たちが立っているのは、円形の広場のような場所だ。
足元には薄く水が張っていて、革靴がびしょ濡れになっている。
俺の隣では、ゴブいちが警戒心丸出しで周囲を睨みつけていた。
どうやら一緒に転移できたらしい。
ピロン。
静寂を破る電子音。
-----------------------------------------------------
【深海の塔:第1層】
ミッション:階層の守護者を撃破せよ
制限時間:なし(撃破するまで脱出不可)
クリア報酬:???
-----------------------------------------------------
「……やっぱり、タダで何かくれるわけじゃないよな」
脱出不可。
つまり、勝つか死ぬかだ。
「……出られない、ってことか。上等じゃないか!」
この世界に慣れてきたのか、ヤケクソになっているのか。
不思議と恐怖心を感じることはなかった。
その時だ。
ボコッ、ボコボコッ!
広場の中央にある大きな水たまり――いや、そこだけ深くなっているプールのような場所から、大量の気泡が湧き上がった。
ザバァァァッ!!
水柱と共に、”そいつら”は現れた。
着地の衝撃で、足元の水が津波のように押し寄せてくる。
水しぶきが晴れ、その全貌が露わになる。
「ギチチチチ……ッ!」
鼓膜を削るような、硬質で不快な摩擦音。
現れたのは、巨大な蟹だった。
だが、食卓に並ぶような可愛らしいサイズじゃない。
甲羅の幅だけで2メートルはある。
その装甲は鋼鉄のように青黒く光り、表面にはフジツボや海藻がこびりついていた。
そして何より目を引くのは、右腕の巨大すぎるハサミだ。
俺の胴体くらいはある巨大なハサミが、カチ、カチ、と凶悪な音を立てて開閉している。
さらに、その背後からもう一体。
ペタペタと水かきのある足音を響かせて現れたのは、半魚人だ。
緑色の鱗に覆われた人型の身体。背中にはヒレ。
手には、刺々しい珊瑚でできた槍を握っている
「早速、お出迎えってわけかよ……!」
面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークと評価をお願いします!




